第3章 初飛行

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 翌日、10:30。昨日と同じように、石岡駅前に既に町田二尉が待っていた。


「おはよう。すごくいい天気。絶好のフライト日よりね」


 町田二尉が空を見上げる。


「そうですね」巧也も真上に視線を向ける。雲一つない快晴だった。これからこの空を飛び回るのだ。心がワクワクするのを止められない。


「じゃ、さっそく行きましょうか」と、町田二尉。


「……え?」思わず巧也は聞き返す。「川崎さん、来てないけど……いいんですか?」


「……ふふん」町田二尉はニヤリとした。「やっぱ君は、あの子が気になるのね」


「い、いや、そういうことじゃなくて……昨日は来てたのに、どうしたのかな、って思ったんで……」


「彼女は午後に来ることになってるの。横浜からここまで来るのも時間がかかるし、どうせ搭乗試験は一人ずつしかできないし、ターンアラウンドタイム(戦闘機が基地に帰投してから補給や整備を行って、もう一度出発できるようになるまでの時間。機種にもよるが、通常は短くても2~3時間はかかる)も考えたら、午前中は君、午後は彼女、ってした方がいいかな、って思ってね。彼女と会えなくて、残念だったわね」


 そこで町田二尉は、顔のニヤニヤにブーストをかけた。


「べ、別に、ぼくは……」


 言葉を続けようとしたが、ここまで自分の気持ちを町田二尉に見抜かれてしまっている、となると、もう今さら何を言ってもムダなような気がして、巧也は押し黙ってしまう。


「おっと、いけない、時間がなくなってきちゃったわ。行きましょう」町田二尉が腕時計を見ながら言った。


「はい」


 巧也は車に乗り込む。


---


 二人が向かったのは、航空自衛隊 百里基地。巧也は既に航空祭で何度も訪れている。しかし、小会議室ブリーフィングルームやアラート待機所パッドの中に入ったのは初めてだった。


 まずは格納庫ハンガー内の小会議室ブリーフィングルームで|打ち合わせ。今日彼が乗るF-15DJのパイロットは、岐阜基地 飛行開発実験団(飛実団)の加藤かとう 章一しょういち三佐だった。巧也よりはちょっと背が高い。体型は標準的で、年齢は三十台後半くらいだろうか。町田二尉の同僚で、互いに「マッちゃん」「カーシーさん」と呼び合っていた。


 優しそうな顔立ちだが、町田二尉によれば加藤三佐は飛実団きっての凄腕すごうでテストパイロットらしい。自衛隊の飛行機ならば回転翼機ヘリコプターも含めてほとんど操縦できるという話だった。


 百里基地にはF-15の部隊はないので、今日のテストで使われるF-15DJは岐阜基地所属のものだという。本来ならば巧也に岐阜まで来てもらうところだったが、たまたま別の用事で加藤三佐が百里基地に来る機会があったので、巧也の地元のすぐ近くで搭乗試験できることになったのだ。


 一通り打ち合わせブリーフィングが終わったところで、巧也は加藤三佐と一緒に装備室に入り、濃い緑色のフライトスーツに着替える。その上にサバイバルキットや救命ビーコンなどの装備が収められた救命胴衣、パラシュートにつなぐための縛帯トルソーハーネスを身に着ける。そして下半身には耐Gスーツを装着。これは太ももと腰回りを覆っているのだが、ホースから空気を送られると膨らんで、覆っている部分を圧迫しGの影響で血が足の方に下がるのを防ぐのだ。


 靴もいつものスニーカーからパイロット用のブーツに履きかえる。スカルキャップという、髪の毛の生えている部分をすっぽりと覆うキャップを先にかぶってからヘルメットを装着する。


 これらの装備を全て身に着けると、重さは軽く十キログラムを越える。この時点で巧也は既に少し疲れを感じてしまっていた。


「中島君、準備できたかい?」


「はい、”カーシー”さん」巧也がTACネームで呼ぶと、加藤三佐は笑顔になる。


「さすがパイロット候補生だな。それじゃ、俺も君をTACネームで呼んだ方がいいかな」


「ええ。ぼくは”タク”です。『ドッグファイト』ではそう名乗ってますから」


「OK。それじゃ”タク”、いよいよ出発だぞ」


「はい!」


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