3

 次の日の放課後、巧也が自分の所属する卓球部の練習のために教室を出ようとしていた時のことだった。


「あ、いたいた」


 声の方に彼が振り返ると、担任の山本先生だった。30歳くらいの、ちょっと小太りの男性教員。


「中島、お前にお客さんだ」


「え? お客さん? ぼくに、ですか?」


 不思議そうに巧也は眉をひそめる。学校に、自分目当ての客が訪ねてくるなんて……こんなことは今までなかった。


「ああ。綺麗なお姉さんだったけど、航空自衛隊のお偉いさんみたいだぞ。とにかく、一緒に校長室に来てくれ」


「校長室ですか!?」


 巧也は仰天する。校長室に呼ばれるなんて……自分は一体、何をやったんだろう……?


---


「君が中島 巧也君ね? 私は岐阜基地、飛行開発実験団所属の町田まちだ 亜佐美あさみ二等空尉にとうくういよ。よろしくね」


 校長室。爽やかな笑顔でそう言いながら、その人は巧也に右手を差し出した。階級章が肩に付いた青みがかったワイシャツ。自衛隊の夏の制服なのだろうか。その胸元が大きくふくらんでいる。意外に肩幅が広く、腕も太いし黒いタイトスカートからのぞく太ももはがっしりした筋肉質。162センチの巧也と身長は同じくらいだった。年齢は三十代だろうか。二十代に見えなくもない。ショートカットの髪がよく似合う、キリッとした感じの美人だった。


「……中島 巧也です」


 おどおどと巧也も右手を差し出して、町田二尉のそれを握りしめる。


「それじゃ、さっそく話に入りましょうか」


 町田二尉がソファに腰を下ろす。その向かいに巧也が座り、彼の隣には山本先生が座った。校長先生は今日はいないらしい。


単刀直入たんとうちょくにゅうに言うとね、私は君をスカウトしに来たのよ」


「え、スカウト……ですか?」


「ええ。君に戦闘機ファイターパイロットになってもらいたいの。バーチャルじゃなくてリアルな戦闘機の、ね」


「……!」


 巧也の目が真ん丸になる。


---


 町田二尉の話はこうだった。


 一ヶ月前に日本に近い仮想敵国で政権交代が起こり、反日思想で有名な人物がトップの座に就いた。それと関係があるのかは分からないが、最近国籍不明の機体が領空侵犯することが多くなっている。しかもそれは無人機のようで、スクランブル発進してきた航空自衛隊の主力戦闘機 F-15J を、人が乗っていたらほとんど不可能なくらいのすさまじい機動で、あっという間に引き離して行ってしまうという。幸い未だに戦闘にはなっていないが、もしも戦闘になったとしたらおそらく今のF-15Jでは歯が立たない。かといって、現在最強と言われているロッキード・マーティン F-22 ラプターはアメリカが日本に輸出する気は無いと言っている。


 しかし航空自衛隊は、アメリカのノースロップ・グラマン社と提携し、アメリカ空軍で主力戦闘機を選ぶときに F-22 のライバルとなった試作戦闘機、 YF-23 の設計データを極秘に入手していた。そしてそれを参考に、ほぼ一から設計し直した新型戦闘機、F-23J を五機完成させたのだという。彼女は巧也にその F-23J のパイロット候補生になってほしい、と告げたのだ。


「ちょ……ちょっと待って下さい」混乱する頭を抱えながら、巧也はようやく二尉の話をさえぎる。「なんでぼくがパイロット候補生なんですか? ぼくはただの中学二年生ですよ?」


「理由はね、三つある」そう言って、町田二尉は右手の人差し指を立ててみせる。「一つはね、君は『ドッグファイト』のランカーで、スーパーエースの称号を持っているほどのバーチャルパイロットである、ということ。実はね、あまり知られてないけどDFは航空自衛隊の監修のもとに作られてるの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る