第三章 チャンドラの苦悩
いつものように目覚ましの音で体を起こし、食卓で無心に食べ物を口に放り込み、満員電車に乗って職場へ向かう。これは多くの人がやっていることだし、こうしていれば間違いはないだろう。下を向いて歩いていると、学生と肩がぶつかる。
「あ、ごちそうさまです。」
「あ、ごめんなさい。ん?」
「あの人今ごちそうさまって言ってなかった?」
「俺もそう聞こえた。」
「なんかこわいね。」
あくまでも、平穏にみんなと同じように暮らしたいのに、その枠内に完全に入りきれないのは、この症状のせいだ。ほかの人からはなんてことなく見えるかもしれないが、枠内からはみ出ていれば、それはもう僕からしてみれば病気だ。枠内に入って楽しく暮らしている自分が理想として設定されているのにもかかわらず、それを願えば願うほど、現実は遠ざかっていく。
「おい、竜張!そんな暗い顔して入ってくるな!挨拶はどうした?職場が暗くなるだろ。」
「ごちそうさまです。」
「まーたそれだ。まあ別にここで言ってしまう分にはいいけどな、お客さんの前ではもうやるなよ。」
「はい。」
授業を始めると、教室の後ろにいる女子たちが何やら日隅を見てくすくす笑っている。
「日隅さん、昨日先生と帰ってたらしいよ~。」
「うわー、こび売ってるね~。」
「友達もいないから、先生にかまってもらってるんじゃないの~。」
「うわー、かわいそー。」
日隅は立ち上がり、その女子たちの前へ歩いて行った。
「文句があるなら直接言ったほうがいいよ。そのほうが、言われてる本人も変えられるかもしれないし、誤解も解けるかもしれない。」
「あー、そうですねー。」
「大丈夫ですー。」
「言わないんだ。じゃあ、私も気にしないね。」
僕は日隅から学べることはたくさんありそうだと思った。
「おー、風お帰りー。」
「ただいまー。」
「風、ちょうどいいからこの郵便物、ポストに届けてきて。」
「え、僕ポストの場所知らないんだけど。」
「役立たずだねー。」
「ごちそうさま。」
「あんたそんなんだから、友達も彼女もいないんだよ。いい間違えちゃうのは仕方ないとしても、もうちょっと常識を身につけなさいよ。」
「うん。」
枠内に足を踏み入れてすらいないかもしれない。そんな恐怖が僕を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます