第397話 奴には金と権力しかない
だが疑問はまだ潰えない。
「……ライゲン。あんたはこのフォーランドで生まれ育った人間だろう。
フリーパス計画自体はあんたにとっても悲願じゃないのか」
ユイトの疑問に、ライゲンは、へっ、と鼻で笑ったのみだった。
「本土人が憎いかどうか、か? ……昔はな、俺も神官どものお題目を信じていた時期があった。我々を『壁』によって拒絶し見殺しにした本土人への復讐の手段として麻薬を作った。そして麻薬の密売関係で本土人とも少数だが交流はある。だからこそわかる。
俺の麻薬で人生を破壊されるのは貧乏人で、『壁』を作ったような連中にはとどかねぇ」
この男はクズだ――ユイトは冷ややかな気持ちでそう考える。
フォーランドの人間に同情すべき点はあるが、麻薬は、麻薬だけは同情の余地がない。
「そして……困ったことに、俺が本土人と接触して至った考えに到達する現地人は……増える一方なんだよ」
「うん?」
「現地人には想像力がなかった。壁の向こう側にいる奴らは地獄の悪魔で、あの壁の向こうにいる連中へと復讐を果たす。それが悲願だった。
だが、壁の向こうから来たマスターズの連中は友好的で……そして、恐ろしいことに、その大半が自分たちよりもよほど悲惨な境遇で生まれ育っていたと知った。
山ほど送りこまれてきた漫画も想像力を高める一助になっている。物語を通して彼らは誰かの境遇を想像する力を得つつある」
……そうだな、とユイトは思う。
カレンや、ユーヒにマイゴ。それにアズサ、マコ、ミラ。アズマミヤで自分たちに助けを求めてきたヴァルキリーの娘ら。艱難辛苦を経て懸命に育ってきた。彼女たちの境遇に比べれば、このフォーランドではお互いに助け合う精神が徹底している。
本当に本土人は自分たちが思ってきたような邪悪な異種なのか、と。
「……じゃああんたがここで監禁されているのは」
「フリーパス計画の全貌を知り、本土の企業に対して直通のホットラインを持っている。そして一声かければ動く軍事力を持っている。
自由に動かしちゃ面倒な駒なんだよ」
一枚岩ではないが、ここまでとは。
思ったより自分たちの来訪や、想像力を養うために配布した紙の本は神官たちの計画を大きく揺るがしていたらしい。
「だが、本当にモンスターを制御できるのか」
「ああ?」
「スタンピードは人間の力で制御できるほど生易しい勢いじゃない。
本土直通の地下ハイウェイにすべてのモンスターを誘い込めるか? あぶれたモンスターは結局フォーランドの現地人たちに牙を剥くぞ」
「だからこそ、あんたのお友達にご協力願おうとしたんだよ。
あのシマザキ都での誘拐事件は、な」
……ユイトは最初、相手が何を言っているのかいまいち理解できなかった。
確かにシマザキ都でユイト達はレオナ、アンジェロの二人と出会い誘拐事件に巻き込まれたがもう、一年以上昔の事ですっと記憶から出てこない。
そして豪雨の中で、ユイトはアンジェロの《パフューマー》インプラントに呼び寄せられた膨大な量のモンスターと切り結んだ。
「……あの日、あの時にアンジェロくんを誘拐しようとしたのは、この『フリーパス』計画の補助のためか」
「お気づきになったか。
……可能であればオリジナルを抑えておきたかったが、お前らが頑張りすぎたおかげでモンスターの誘引物質はそこそこのモノしかできなかった。……このフォーランドに来てから《パフューマー》持ちに起きた誘拐事件は、『フリーパス』計画をより完璧にしようとした一部の人間の暴発だ」
……確かにそれなら可能かもしれない。
スタンピードによって暴走したモンスターをアンジェロくんの《パフューマー》で誘引し、地下ハイウェイに誘い込む。
ふと、ユイトは考え込んで言う。
「だが機械系のモンスターは? そこには効かないはずだが」
「本土の連中に復讐しようってんだ。大事を成すなら多少の流血は容認するしかない。それにこれまで数回、現地人はスタンピードに耐えてきた。大幅に数の減った機械系モンスターだけなら楽なもんよ」
……そして、本土に大量のモンスターが流れ込めば、いくら企業が強かろうともかなりの痛手を負うだろう。
社会経済共に大打撃。企業軍もやむを得ず軍隊を出すだろうし……その際にはPMCの需要は大幅に伸びるはず。そう、『シスターズ』も同様に、だ。だがそこでユイトは引っかかりを覚えた。
(……妙だな。
シスターズにとって『フリーパス』計画が完成すればPMCの需要は大幅に伸びる。奴らにとっては利益が出る。にも関わらず、連中はどうしてアンジェロくんがフォーランドに来てから行われた誘拐事件に顔を突っ込み、妨害に走ったんだ?)
「……ライゲン。あんたが忍んできた俺に対して、フリーパス計画を止めるために来た、と思い込んだ理由も分かった」
「俺としても本土が滅亡するのは面白くねぇんだ。
モンスターが徘徊し、まともな社会機構が維持されないと……さすがに麻薬は売れねぇからな」
「そこの善悪を論ずるのは今はやめておくが、あんた。どの程度動ける」
「……それほどは動けんな。
普通の奴程度しか動けんぞ」
ユイト個人だけならどうとでも脱出できる。
しかし……この男から彼の兄にしてカレンの父、シゲン=イスルギの情報はまだ聞き出せない。そしてここで必要な情報を聞き出そうとしてもそれは拒むだろう。ライゲンからすれば、兄の情報を掴んでいることが命綱に等しいからだ。
「……陽動をかける必要があるな」
さすがに足手まといを抱えたまま、この施設の厳重な包囲を抜けれはしない。
だが、ユイト一人でならこの施設内でも隠れたまま移動できる。
「火事を起こす。この施設の麻薬備蓄庫と内部に入るためのパスワードを寄越せ」
「はぁ?! お前、何を言ってやがる! ここの備蓄が末端価格でいくらになるか……!」
「冥土にまで金を持っていくつもりか?」
価格にすればどれぐらいになるかわからないが……ユイトにとっては興味はない。何せ他人の人生を台無しにして得られる金なのだ。悪銭の根はここで燃やしたほうが世のため人のためである。
ここで金を惜しんで脱出できずに『フリーパス』計画完成によって麻薬の販売経路をすべて失うか。
我が身一つで脱出して再起するか。選択の余地はないに等しいのだろう。ユイトとしても行きがけの駄賃に……この世の害毒を一掃できるほうが気分がいい。懐にある自動発火装置を確かめる。
携帯端末に、ライゲンから送られたパスワードを受信する。確かめてからユイトは頷いた。
「発火装置を仕掛けて一時間後にここから脱出する。身の回り品や思い出の品でもあればまとめておけ」
「ねぇよ。重要なデータは頭のインプラント内だし、思い出の品なんぞねぇ」
……そうだな、とユイトは思った。部屋の中にある調度品はどれも極めて高価だが、家族がいる人間の部屋ではない。巨大な麻薬組織の大幹部まで登り詰めたのだ。頭の切れも並みではないだろうが、その地位を争って血で血を洗うような暗闘があったはず。
その争いの中で家族なぞ、まともな家庭など持てるはずもなかったのだろう。
「すべて大金があれば買いなおせるものしか、ここにはねぇ」
「……酒は抜いておけよ」
その気になれば我が身一つで逃げ出せる身なのだ。
あるいは絶対においていけない家族など一つも持っていないからこそ、ここまで生き延びてきたのかもしれない。最後の酒を飲み干すライゲンの姿は不思議と寂し気でさえあった。
いずれにせよ、どれだけ金と権力を持っていようとも、愛する家族を持てないならそんな人生、ごめんだった。
※作者註
『全部後付けです』
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