第396話 フリーパス計画
お互いに見つめ合う。
別に愛とかではない。
あいにくとその視線に友好的なものはお互い含まれておらず、相手の真意を予想し、そこからどうやって望む情報を絞りだすべきか……そのたぐいの計算が働いていた。
とりあえず間を持たせるためにライゲンの勧める酒を飲む。
当人が飲んでいたもので、変な薬物が入っている心配はないだろう。
目の前の男は麻薬王ではあるが、ああいう連中は逆に麻薬などやらないものだ。巨大な組織を運営するのはクスリ漬けになった頭では難しい。
……酒は、上手い。
良し悪しが分かるほど酒好きではないが、上物であるのは分かった。
惜しむらくはあまり酒の美味さを楽しめる状況ではないことだろう。
「……なぁあんた。俺をここから連れ出せるか」
「どうかな」
ライゲンは要求を口に出しながら、ユイトの持つグラスに注いでやる。
からころとグラスに浮いた氷を転がしながら考える。不可能、とは言わない。ユイト自身だけならもし発見されても力業で乗り越える自信がある。しかしこの男を守りながら、となると途端難易度が跳ね上がるのだ。
「そもそも、シスターズはここの警備じゃないのか」
「状況が変わったんだよ。
……ち、くそ。仕方ねぇな。こっちから折れてやる。
……兄貴について知る限りの情報を教えてやる、ただしそれは脱出してからだ」
「どうも追い詰められてるみたいだな」
本来ならば薬死の大幹部であるライゲンを守るはずだった警備が、今や彼を閉じ込める檻になっていることは察せられた。
ここに単身で侵入してきたユイトに一も二もなく助けを請い、交渉もせずに話をする当たりから本当に切羽詰まっている。
「だが、なんでだ。あんたは重要人物だろ」
「いろいろ変わっちまったんだ」
苦境に立たされているのは間違いないのだろう。やけくそ気味に酒を煽る男の憤懣は本物だ。だが逃げる前に酒を飲んで判断力を鈍らせるのはいただけない。
「脱出させるのがあんたのリクエストじゃないのか。酔っぱらいを引っ張ってくのは御免だぞ」
「引きうけてくれるんなら高価な人工腎臓をフル稼働させて酒を抜くさ。
……そもそもなぁ。俺が「フリーパス計画」が発動すれば困るのはお前の雇い主、本土の連中だぞ。わかってんのか、ユイト=トールマン」
名前を知られているのは驚くに値しない。だが聞き捨てならない言葉を前に、ユイトは居住まいをただした。
「話す時間はあるんだろうな?」
「あんたが警備に見つかるようなマヌケでないならな」
それなら大丈夫だろう。
ユイトは携帯端末で録音スイッチを押しながら話を聞くことにした。
「結論から言うが。
フリーパス計画の正体はでかいトンネルだ」
「端折りすぎだ」
「まぁ聞きな。
……アンタたちが現地人と呼ぶ第五世代。そして主導する立場にある神官たちが極秘裏に開発していた。
《破局》以前に、
交通は各段に良くなる。何百年にもわたって経済的に恩恵をもたらす超巨大プロジェクトだった。
だが、その工事途中で《破局》が起こり、この計画はとん挫した……かに、思われていた」
その言葉にユイトは眉を止せる。含みのある言葉を聞けば予想はできた。
「全自動で計画自体は続いていたと?」
「そうだ。なんせ工事現場は地下深く。スタンドアローンで動く工作マシンたちは、地上でモンスターが溢れ、阿鼻叫喚の地獄絵図となった頃もせっせこと穴を掘り続けていたんだよ。百年たっても誰も気付きやしない」
「あり得ない話じゃないが。それが「フリーパス」計画とどう……」
「そのまんまだ。モンスターを
ユイトは少しの間、押し黙った。
冷たい死神の鎌が背筋を這い、喉笛を撫でるような明確な最悪の予感。
ぐい、と酒を飲み干す。予想が正しければ酔わずにはいられない、恐るべき事態が進行している。
ライゲンは黙ったままユイトのグラスに酒を注いだ。案外この男、誰かに最悪の事態を共有したくてたまらなかったのかもしれない。
「……
「今も工事中だが完成は間近だ」
「地下を掘削するマシンが無人で稼働するとしても、相当膨大な電力が必要なはずだ。
一体どこからそんな膨大な電力を……いや、待て。そういう事か」
以前から不可解に思っていた疑問にはっきりとした答えが出てくる。
《ビッグ・ジョー》を破壊した直後、現地人たちは核融合炉を強奪しようと暴挙に出た。だが事情を聞けば、提供される電力の供給量が大幅に減少し、食料生産プラントを満足に稼働させることさえ困難になったため……そういう事情があった。
そして、神官たちのいる地下施設、血魔卿と遭遇した時に調べた発電施設には何の問題もなく、十分な量の電力が供給されていた。
なら、食料生産プラントの稼働を止め、恨まれることも承知の上で……神官たちは膨大な電力をどこに使った?
「食料生産プラントへの電力供給を止めたのは……地下ハイウェイを掘削するマシンに電力を回して。
次のスタンピードが発生するより早く完成させるため?」
「それが、フリーパス計画だ。単純だが、だからこそ成功の目は大きい」
建設当時ならともかく、《破局》によってあらゆる情報がいったん途絶した現在では企業さえもこの情報は知らないだろう。
地下通路を通って、何千何万のモンスターが、『壁』を超えて本土の地下から上陸する。企業もこれに抗するだろう。
だが、彼の力は絶大だが都市内部に浸透された場合、無制限に使える代物ではないし、しょせんたった一人だ。
上陸されれば――人類社会が受けるダメージは想像を絶するほど大きいものになる。
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