第395話 なにか行き違いのある二人




 ユイトは双眼鏡で麻薬生産工場の大まかな部分を確認すると、そのまま駆け出す。

 雷撃能力ボルトキネシスが強まっていき、己の力を掌握するにつれ、様々なことが便利になってきた。


『ユイト、前方に感圧式の地雷原を確認』

「まったく問題がないな、昔ならもう少し苦労したが」


 卓越した軽功を会得した今となっては、踏雪無痕さえも簡単になる。

 踏んだ重みで起爆する地雷だが、羽毛よりもなお軽やかなユイトが地面を踏んだところで全く作動しない。

 もし遠隔操作式で、人間が起爆スイッチを握っているなら話は別だが……地雷の良いところは全自動な点だ。警戒態勢に入っていない状況でその心配は必要がなかった。

 疾走を続ける。

 視線をかなたに向けた。

 本来なら船舶に設置されるような近接防御火器CIWS。小型の機関砲なら山ほどの弾丸を吐き出す鉄の火砲は……しかし、ユイトが視線を向けた瞬間に電源が落ちる。問題なし。

 

『そこの奴、停止しろ。認証IDは』


 だがそこで近くに鎮座していた鉄の巨人がのそりと起き上がる。

 片腕に20ミリ機関砲を抱えた人型兵器コロッサス・モジュール。さすがにこれと真っ向から交戦することは避けたい――がこれも問題はない。

 雷撃能力ボルトキネシスの一つ、兄と同じ力に目覚め徐々にパワーを増していくのは……ユイトが本来獲得するはずだった超能力。

 機械支配能力マシーンドミネーションだ。


『……よし、通行を許可する。進め』


 ユイトは感謝の意を伝えるように片手をあげて進む。


「……高度なシステムの弊害だな」


 コンピューターシステムへの信頼が厚ければ厚いほど、こういう事はよく起きる。自分自身の目と耳よりも、機械の下した判断のほうが正確で優れているという信仰だ。

 その実……ユイトの機械支配能力マシーンドミネーションによって、敵味方識別装置IFFを書き換えられている。

 もし相手が古臭い個人の記憶や、手元にある写真一覧などで敵か否かを認証するやり方を使っていたら……こうも簡単に潜り込めはしないだろう。相手がきっちり機械化してくれて助かった。


『わたしには当てはまりませんが』

「ソウダネ」


 サンの言葉を右から左に聞き流しつつユイトは先に進んだ。自分の性能に絶対の自信を持つこいつにとっては、薬死ヤクシのシステムと同じレベル扱いされると不貞腐れてストライキを起こしかねない。否定せずうんうんと適当に応えながら……ユイトは施設の内部に潜り込んだ。


(……なんだ?)


 足を踏み入れて違和感を覚える。

 この施設は外部からの侵入者を排除する構造になっているはずだ。中にだって人がいるだろうし帯銃していても何らおかしくはない。

 しかし……中を歩く兵士たちの話す声に聞き耳を立てる――女だ。

『シスターズ』……それはいい。しかし外は機関砲や地雷原、戦闘ドローンで徹底して守りを固めている。堅牢な城砦の中に籠れば、自然と人は木が緩むものだが、哨戒に当たる兵士たちの声からはそういう緩みがまるで感じられない。


(……気にはなるが、俺の目的はライゲン=イスルギ。熱血魔シゲンの弟であり、カレンの叔父、ユカの大叔父にあたる男に話を聞くためだ)


 雷撃能力ボルトキネシスによる電気を感じ取る感覚を使えば人間の位置も壁越しに把握できる。それに武功を会得した今なら気づかれずに内部を散策することも問題なく実行できる。ユイトは事前予想の情報に従い……ライゲン=イスルギのいると思わしき部屋を目指した。




(……ますます妙なことになってきたな)


 ユイトは目的の部屋を見つけたものの……さらなる予想外に首を捻る。

 ライゲンの部屋を見つけて中に入ろうと思ったものの、その室外に……シスターズの兵士が二人立っている。


(……なんだ、連中め。内紛でも起きたのか)


 薬死ヤクシの連中と『シスターズ』は同盟を組んでいると思っていたのに、これでは争っているようだ。

 いくら高度な光学迷彩で目をごまかそうとも、相手の目と鼻の先を進んで扉を開け、中に入れるはずがない。


『サン、ルートを変えるぞ。外に出て窓から入り込む』

『了解』


 もちろん窓の外も針鼠のようなセントリーガンが不審な侵入者を蜂の巣にするが……今のユイトにとっては無人機械のほうが誤魔化しやすい。ルートを変えてライゲンのいる室内に入り込むのはそう難しくはなかった。




 薬死ヤクシの大幹部。現在の麻薬王の一人、ライゲンの私室は企業のトップエリートにも匹敵する豪勢さだった。

 中にするりと忍び込んだユイトは目当ての人物をすぐに探しだす。

 テーブルの上に拳銃が一つ。その横には酒瓶。グラスの中で氷の浮いたウイスキーの類を呑んでいる。すでに杯を重ねているのか、顔には赤みがさしていた。

 話を聞かなければ、そう考えるユイトの機先を制するように……ライゲンが口を開く。


「よぉ、待ってたぜ」


 ……眼光の鋭さ、ふてぶてしい口調。頬には銃弾が突き抜けていったらしい銃創の痕跡がある。

 仕立ての良いスーツは本土から切り離されたはずの『フォーランド』ではルートがなければ入手できないであろう代物だ。

 ユイトはマントに仕込まれていた光学迷彩を切り、姿を現しながら問いかける。


「まるで籠の鳥だな。あんた薬死ヤクシにとっては麻薬生産部門のトップで、そう替えの効かない人材のはずだが」

「それはそうだが、俺の喉笛を握っているのは今は『シスターズ』だ。

 ここの守りは固い。企業の正規軍だって攻め落とすのは簡単じゃないからな。睨み合いに近いのさ。……座んな、わけぇの。意外と遅かったな」


 周りに高度な電子機器の反応はない。ただの酒、ただの椅子だ。

 一定の警戒はしつつも前に腰かける。


「飲むか?」


 質問の言葉にユイトは眉間にしわを刻んだ。


「そんなに親しくは無いと思うんだが」

「おいおい、俺に話を聞きに来たんだろ? 信じられない相手の証言を聞きに来たのかい?」


 ……まぁ、言わんとすることは分かる。

 ユイトはこの男にシゲン=イスルギ……熱血魔の事を聞きにきた。まずは相手の信頼を勝ち取るところから始めなければならない。

 それに内功を極めた今となっては下手な毒など無効化できるし、妖し気なそぶりも見せない。ウイスキーを口に含む。飲む。異常はない。体内に入れているナノマシンも異常は検知しなかった。


「今日、あんたに聞きたいことがあってやってきた」

「思ったより遅かったな」


 その言葉にユイトは内心、首を捻る。

 息子のユカが生まれて、サモンジ博士に予想を教えられ。熱血魔の弟である目の前の男に話を聞きに来た。可能な限り速やかに。

 だが知っているなら話は早い。ユイトは言う。


「なら、教えてもらおう」

「こっちもそのつもりでな」

「……あんたの兄。シゲン=イスルギのことを」

「『フリーパス』計画の真相を」



「「ん?」」


 

 

 二人は――予想とは違うお互いの台詞に……ちょっと黙ったまま見つめ合った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る