第387話 永遠のロリババア(お知らせあり)


「顔も名前もしらないお母さん、あなたって大変な目に遭いながら生んでくれたのよねぇ……」


 これまでカレン=イスルギは自分の五体を羽毛のようだと思っていた。

 内功を収め、軽功も研鑽した頃から、長年の宿痾の如き走火入魔は完全に消えうえ、健康とはこれほどまでに爽快だったのか、と感動したものである。

 けれどもお腹のふくらみが少しずつ目立ち、起き上がる動作に大変さを感じるようになって不思議な感慨を抱いたものだ。

 以前、ブロッサムが持ち帰ったあの写真。父親だという熱血魔。そしてその隣でほほ笑む母。

 あの母も、今の自分のような感慨を感じたのだろうか。

 カレンは車椅子に身を横たえながらからころ転がる車輪の音を聞く。後ろで車輪を押すブロッサムに目をやった。


「ブロッサム、別にいーわよ? こう見えてこの車椅子はモーター仕込んでるし、勝手に動くから」

「あたくし様が好きにやってるだけだから気にしなくでいーですよ、お姉さまっ!」


 そお? と、ちょっと困ったように答えるカレン。

 からころからころと進みながら、カレンは少し不思議な感慨にあった。

 視線を向けると……本土からやってきたヴァルキリーの娘たちが整列していた。その最前列でアルイーお婆ちゃんが訓示を垂れているようだが、なんか老人っぽい感じの特に意味のない話をあれこれ脱線しながら進めている。


「……えーと、それでどこまで話したんじゃったかの――とりあえず飯はたくさん用意しとるから腹一杯にせい、ちゅうことじゃ」

「お婆ちゃんっぽい演説してるわね……」


『シスターズ』の、再訓練が済んだヴァルキリーたち。

 軍人、傭兵という職種を選んだ人間はすべからく実力を重視する。強いやつこそが正しいという生死の境い目で生きているから当然と言えば当然であった。

 そんな訳なのでヴァルキリーたちは自分たちを指導するというロリババアを見て『なんでこんながきんちょに指導されるんだよばーかwww』という反応を当然ながらやった訳だ。

 そんな彼女らが、まるで借りてきた猫のようにおとなしくしているさまを見れば、おおよそ何があったか察しはついた。

 そうして各々が自由時間となり、宿舎の位置を確認するもの……食堂で飯食おうと言いだすもの……酒保の品揃えを確かめにいくもの……思い思いに動き。その中の何人かが、カレンに気づいた。近づいて話しかけてくる。


「カレン! 結婚と妊娠、どっちもおめでとう」

「話す暇もなくてごめん。何も手助けしなくて……ごめん」


 カレンは、穏やかに笑った。

 親友であったネイトの顔を焼き、治療代の借金を抱えていた頃、まだユイトに出会っていない風車村にいた時代だったら、いまさらなんの意味があるのか、と冷笑を持って返しただろう。

 見覚えのある顔達。

『シスターズ』で同期だった仲間達だ。

 普通にあり触れた……自分の借金を知り、そのまま遠ざかった友人連中だ。

 本当の友人とは一番つらい時に手を差し伸べてくれる人だという。その言葉で考えるなら……もう友人ではない連中だ。


「いーのよ。気にしないで、ほら。食事も用意してるから行って」


 当たり障りのない言葉をむけてカレンは彼女たちを追い返す。

 彼女らの保身を責める気はないのだ。ただ……友人でなくなっただけ。『シスターズ』を出奔する際に声をかけ、いくばくかの金銭を渡したのは、車椅子を押すブロッサム一人だけだったのだから。


「お姉さま、話さなくても?」

「……もう彼女らは好きでも嫌いでもない。どうでもいいって感じなの」


 からころと車椅子を転がし、場を去ろうとして、そこで会話の順番を待っていたアルイーがやってきた。


「おお、カレン。ブロッサム。

 お腹の子……元気になっているようじゃの」

「想像より大変だわ。世のお母さんに頭が上がらない」

「こればかりは他のものが変わってやれぬ。しかしそれ以外ならなんでもしてやるから遠慮なく言いんさい」

「それにしてもお婆ちゃん。結婚はしなかったの?」


 アルイーお婆ちゃんは100歳を優に超える長命だが、子はない。

 カレンの言葉に、アルイーは、ふ、と穏やかに笑った。


「カレンちゃんよ。

 例え話をしようかの」

「うん?」

「例えば、不老不死は未だ人類の見果てぬ夢ではあるが。テクノロジーが発展し、不老不死が普遍的なものになったとする。

 と、すれば人類は減る事がない。不老不死なのじゃから増え続ける一方よ。じゃが、いかに宇宙が広大だったとはいえ、養える人口には限りがある。

 その時人類はなにをすると思う?」


 そんな事を急に問いかけられてもすぐに答えられはしない。

 だが……カレンは、このたとえ話のきっかけが、アルイーが結婚をしない理由から始まった事を想いだした。

 そこから考えると、うっすらと答えは出てくる。


「……出産の制限?」

「わしもそう思うのじゃ。

 よいか、カレンちゃんよ。ファンタジーで出てくるエルフとか、おるじゃろ? ああいう長命の種族というのはだいたい子供が生まれにくい。

 よくできておると思う。もしエルフが人間並みに出産しておったらエルフは爆発的に増え続け、そして食糧危機に陥り絶滅するじゃろ。寿命が長いからだれもくたばらんじゃ。それを避けるなら、子供が生まれることを禁止する社会ができるじゃろう。


 子供が生まれることを、祝福できなくなる。

 それは種族としてなんか不自然じゃろ。


 わしが結婚し、子をなさぬ一番の理由。

 それは永遠を生きる人間が持つべき、自制心ゆえじゃ」

「なんだか哲学的になってきましたねぇ~、あのゲーミング義眼おじさんなら受けて立ちそうです」


 横で聞いているブロッサムがサモンジ博士の事を適当に評していたりする。

 アルイーは穏やかに視線を周囲に向けた。

 あちこちに分散して仕事を始めているヴァルキリーたちを見つめながら慈母を思わせる微笑みを見せる。


「わしが子をなさぬのは永遠を生きる人間なりのけじめじゃ。

 そしてカレンちゃんよ。子供を産み育てるのは、限りある命の人々が持つ義務であり、幸福な権利なのじゃ。

 ……わしをかわいそがる必要はないぞ? 道は誤ったが……『シスターズ』の娘らを、わしは我が子のように思うておるし。

 それにわしは子を産んだことはないが、生まれた赤ちゃんを何百人も抱き上げた。

 断じて不幸などではない」


 そうして、アルイーはカレンに視線を向ける。


「なんでもこの婆に相談するがよい。

 永遠を生きる人間にとっての幸福とは、今を懸命に生きる人々の手助けをしてやることなのじゃ」

 




作者からのお知らせ


 以前お伝えしていた通り、カクヨムコン9用の作品の書き溜めがきれました。

 そのため今後は「銃機世界の武術無双」を一時お休みして、応募作のほうに集中することになります。

 読者の皆様をお待たせしてすみません。よろしくお願いします。


『ダンジョン配信者山田オリガくん、不本意なバズり方をする~ パワーアップのために諸肌さらしただけでわざとじゃないんです!性癖を破壊する意図なんかありません!!』

https://kakuyomu.jp/works/16817330659243477627

のほうもよろしくお願いします。










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