第386話 五里霧中の動機
『間違いないぜ、ユイト。北の現地人をまとめる指導者で、
ライゲン。それがこいつの名前だ』
「あんたが気に入ってるって言ってた輩か」
『麻薬製造なんて外道仕事をしてなきゃ、神官の言葉に従わず自分で考える頭を持った男さ。
そこさえ除けばマシな部類の男なんだが、欠点があまねく美点のすべてをぶち壊しにしてるんだよなぁ』
マコ=ウララとユーヒの二人に下した支持は『情報を持ち帰り、確実に生還すること』だった。
麻薬製造工場に加えて、『シスターズ』の内情を知った事は大きい。もちろんうのみにはせず情報の裏取りをする必要はあるが、二人は麻薬生産工場の警備体制を把握すると、それ以上無理はせずに交戦を避けて無事に帰還してきた。
そうして……熱血魔と面影の似た男の映像を、『現地人』のオーラに見せて情報を掴んだところだった。
「年齢的には40から50歳代だ。……彼に親戚がいたって話は?」
『オレ様が生後一年ぐらいしか経過してねぇの忘れてねぇか? ……ジジイ連中に酒持って当たってみる』
「悪いな、頼むよ」
北の『現地人』の中で頭一つ飛びぬけて有力なのは、彼らが
兵士はともかく
少し計算が外れた。『シスターズ』のメンバーにも麻薬密売に自分たちが関わっていたことを忌避し、こちらに寝返ると思ったが……ユーヒとマコの二人が集めた情報が確かなら、そうもいかない事情がある。
「……カレンは話せば『気にしなくていーわよ』で済むだろうけど。ともかく問題はカーミラ部隊か」
以前カレン達も戦闘を行ったが、武装も練度も相当に高い。
訓練を終えたヴァルキリーたちでは甚大な被害が出るだろう。戦うならば精鋭を抽出すべきだが。
そんな風に考えていると……携帯端末にメールが来る。
「アルイーお婆ちゃんからか。ああ。向こう側もようやく片付いたか」
『シスターズ』の創始者である返老還童の神域に達した絶頂の達人、アルイー。
ユイトを除けば血魔卿に唯一対抗できる彼女は、まだ『フォーランド』に移動せず本土に残ったままだ。
アルイーお婆ちゃんと彼女の直弟子たちであるお婆ちゃん軍団は、現在『シスターズ』より移籍してきたヴァルキリーたちの再訓練のために教官役を頼んでいる。
『シスターズ』の内功を目覚めさせるやり方は過酷な訓練、生死の境い目に追い込むような激しいやり方で正直効率の良いやり方とは言えない。
そこに武学においては随一のお婆ちゃんに正式な指導を依頼していたのだ。その修練過程が終わり、増援としてこっちに来る。
「すっかりデスクワークも増えてまぁ」
当然だが必要な宿舎の数、食料生産量の増加、衣類の完備……やるべき事は多い。
その辺の書類仕事は概ねサンが0.1秒で決済してくれるから助かるのだが。
「……」
『どうしましたか、ユイト』
「……いや」
俺も仕事を任せっぱなしの『現地人』をそこまで笑えない。
そう思ったのだ。
『当たりだぜ、ユイト』
どうやら会話を終えたらしいオーラがまた通信機の前に現れる。
どっこらしょ、と腰を下ろしてから……そーいやよー、と手に持つものをひらひらさせた。
漫画本だ。それもこの時代では希少な紙製の代物。まずは試しとばかりにサンのデータベースに残されていた書籍データの版権が切れたものの中から、一冊で終わっている短編ものを選別して印刷し、まずは数十冊程度を送りこんだ。
ユイトはちょっと考えてから言う。
「オーラ。それは面白くて当たりなのか、北のリーダー、ライゲンに親戚がいたから当たりなのかどっちなんだよ」
『この場合はどっちもだな。……ライゲンには兄貴がいた。名前はシゲン。今から20、30年前にこの島にいたらしい』
確かにあたりだ。ユイトは少し押し黙る。熱血魔は元々この島出身だったのだ。
と、なると……カレンの大叔父に当たる人物が、麻薬製造を一手に手掛ける北の『現地人』の有力者というわけだ。
妻に親戚がいたことを喜ぶべきか。麻薬製造を生業とする男を嘆くべきか。悩ましい。
「了解した。後で写真の映像を送る。そっちで確認を……あ、いや。こういうのもダメなのか」
『ああ。その爺さんも神官の言いつけを守って通信機を使いたがらない』
「なら印刷したものを次の漫画と一緒に送ろう。……それからオーラ。一つよからぬ話だ」
『改まったな、なんだぁ?』
語調を変えたユイトに何か感じるものがあったか、オーラも声を潜める。
「……先日、あの神官を追って向かった先の施設だが。内部の発電施設を確認したわけだがな」
『おう』
「異常はなかった」
『……へぇ?』
オーラの言葉に……冷ややかで激烈な怒りが滲みだす。
それは、そうだろう。
あの後ユイトは持ち帰った携帯端末から、発電施設の情報をあらかた抜き出したのだが……施設には自動で稼働するメンテナンスロボットも相当数配置されていた。発電施設の性能は新品同様で、今もなお各自治体に十分以上の電力を供給する余力があったのだ。
オーラが腹を立てるのも無理はない。
電力で食料生産施設を稼働させているものからすれば、生死にかかわる大嘘をつかれたわけだ。今すぐ責任者の脳天に拳銃を突きつけて女神の身元に送ってやりたいところだろう。
ユイトとしても文句がある。
彼ら神官が余計な真似をしなければ、『現地人』との接触は盗難の加害者被害者などではなく、普通の隣人関係から始められたはずなのに。
「……だが、わからないのは用途だ」
『あん?』
「これが本土の都市なら盗電して売って私腹を肥やしている、で済む話かもしれないが。『フォーランド』でこんな事をすればどうなるかわからないはずがない。食い物の恨みだぞ? 人間が怒る一番の恨みだ。殺されても無理はないのに」
『……神官どもが、ちょろまかした電力で何か企んでるってか?』
「それが何か、調べなきゃならない」
膨大な電力を利用して何を目論んでいる?
自分たちが現地人から憎悪を一身に浴び、殺害されるリスクを冒してまで果たそうとする目的とは何だ?
答えは五里霧中のままだが……その謎を暴き立てる必要がある。ユイトはそう思った。
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