第385話 潜在的な味方




 ユーヒとマイゴの二人は『マスターズ』、『ブラックリボン』の中でも間違いなくトップの使い手であった。

 この育成を専門とする企業の中で、一番最初に弟子として迎えられた二人だが……今回、ユーヒは珍しくマイゴ以外を相方として森の中を進んでいる。


「もー、マコちゃん。遅いよー」

「……いや、ユーヒはんがめちゃクソ早いだけなんやけどなぁ……」


 うっそうとした森の中を走る二つの人影。前方を疾走していたユーヒは足を止めて振り返った。

 脚部には折りたたみ式の逆関節ユニットを設置している。跳躍力と速力を強化するための小道具で、非戦闘時は背中に折りたたむため、隠密行動にも適応している。その背中には光学迷彩式のマントだ。

 今回の作戦に備えて二人にはローズウィル経由で提供された、『上』の軍隊製の強化スーツが与えられている。

 特殊なコネクションがなければどれだけ金を積んでも手に入らない代物だ。


「それで、ウチら結構走っとるけど、目的地にはあとどれくらいなんやったっけ。サン」

『あと少しです』


 額に流れる汗をぬぐう。

 もしこれが大っぴらにしていい作戦であったなら、それ専用のバイクや移動用の車両を使えただろう。

 だが今回は……あまり公開できない類の作戦だった。

 ユーヒはそこで、ふと何かに気づいたように手を掲げる。ハンドサインで『第三者接近』を告げ、上を指さす。

 マコ=ウララはそれに頷いて跳躍。周りに位置する木々の木々に身を潜めて光学迷彩のマントを体に巻き付けた。



 ……こちらに接近する兵士がいる。

 それも見慣れた頭髪の色、銃を構えた二名の女性は俊敏な足取りで二人がいた地点へと接近し……ぐるり、と警戒する。何かを……恐らくはユーヒとマコ=ウララの二名を探しに来たのだろう。なにかの警報に引っ掛かったのか。


 ユーヒとマイゴの二人はいつも二人一組だった。

 そのいつも通りを止めて『ブラックリボン』内で一番隠密行動……生体強化学的には殺功と称されるスニーキング能力に長けたマコを派遣しているのは、今回の作戦が戦闘ではなく敵地の深度侵入を行い情報を持ち帰る潜入任務だからだ。

 そして二人を探しに来たと思わしきヴァルキリーの部隊。



 今や。完全に『マスターズ』の敵と化した、ヴァルキリーの傭兵企業、『シスターズ』の隊員たちだ。


 探索に来たヴァルキリーたちは周辺を注意深く確認する。

 頭上に位置する二人は息を潜めて沈黙していた。

 ユーヒとマコが装備している強化スーツは『上』の軍隊製。小型、高性能化した電磁装甲ヴォーテックスシールドさえ搭載した最新鋭だ。ただし高性能ゆえに替えのパーツも高価。一度使用すれば使い捨てる必要のある部品もある。

 それでも、カレンに代わって『マスターズ』の頭脳を務めるレオナは、危険な場所に送り出す二人へせめてもの親心として運用コストの高い最新鋭強化スーツを貸し与えていた。


「……」「……」


 足元にいる『シスターズ』の『ヴァルキリー』は周囲を確認していた様子だったが、どうも誰もいないと考えたのだろうか。その辺に思い思いに腰を下ろし始めた。

 ユーヒとマコの二人としては結構困る展開である。

『シスターズ』のヴァルキリーは生体強化学を体系だって学んだ訳ではなく、過酷な訓練を経て内功に目覚めている。

『マスターズ』に比べれば非効率的なやり方だが、その身体能力や感覚の鋭敏さは二人とそこまで劣らない。だから物音ひとつ立てられない。隠れたまま移動しようとすれば気取られる恐れがある。

 見つかったら終わりだ。二人はヴァルキリーたちがさっさとこの場所を移動してくれることを願いながら様子を伺った。


「……ねぇ」

「なによ」

「やばいでしょウチらんとこ」

「知ってる……ブロッサムの小隊を人間爆弾にしたかもって話でしょ」


 その声には精神的に疲労している事がありありと伝わってくる。はぁ……と大きくため息をつきながら一人が煙草をくわえた。慣れた様子で付けた煙草にシガレットキスして火を移している。


「同期で何人かが『マスターズ』に移籍した。

 それはまぁ……寂しいけど仕方ない。けども、おかげで一人に割り当てられる業務量も半端なくなってるわ」

「だからって使える新人がその辺から生えてくるわけでもなし」


 はー……と二人のヴァルキリーは大きく嘆息する。


「給料ってあがらないわよねー」

「一番ヤバいのはネイトよ。……一年前に『シスターズ』のトップだった祖母のマム・カルロッサから親の七光りで地位を受け取ったまでは良かったけど。実際に能力はマムの生き写しかと思うぐらいに的確だったし、指揮官としては優秀だわ。

 けれどもあの人間爆弾騒ぎが起きても無為無策だもんねぇ。

 あの一件で、『マスターズ』の調略を受けて3割が移籍したもん」

「寝返る?」

「でも繋ぎがないのよ。

 だってあたしら『マスターズ』のカレン=イスルギに結構きつく当たったじゃん? あたしらに恨み持ってるかもしれない相手がトップなんでしょ? 仕事はきついけど安定してるんだし、まだ踏ん切りつかないわよねぇ」


 はー……とまた大きくため息を吐く二人。


「誰かこの会話を、話をつけてくれないかな」

 

 ユーヒとマコの二人はその言葉を受けて、びくん、と身を震わせた。

 気取られている……相手が古く力のある傭兵企業であるということは聞いていても、その末端の兵士の練度までは分からなかった。

 二人は煙草を携帯灰皿に押し込んで消す。


「ここから30分ほど離れた北西位置に麻薬精製施設がある」

「あたしらはそこの警備メンバーだけども、現地人との仲は微妙」

「やる気が無くて『シスターズ』から離れたがってるけど、カーミラ部隊がいる。

 人型兵器コロッサス・モジュールは3体。ドローンは多数」

「下手な反応をすれば殺されるから……一時間ぐらいしか隙作れないんだよねぇ~。

 じゃ、そろそろ行こうか」


 そういう事なのだろう。

 将来の不安、カレンとの軋轢、そして……殺人に対する忌避感の欠如した冷酷な殺し屋たちの存在が『シスターズ』のヴァルキリーを縛り付けている。 

 だが、逆を言えば、そういう不安を解消できれば仲間になってくれるという密約でもあった。




「やっべウチら敵中で見つかった思ったで。さすが老舗や。兵士の練度は相当やな」

「死ぬかと思ったねー……運が、良かったよ」


 ユーヒもマコも額から汗を拭い去る。

 通気性もいいはずのスーツだが、中は冷や汗が出てひどく不快だった。こんなに不快で嫌な感覚なのは……かつてシマザキ都でさらわれたアンジェロを助けに行き、土砂降りの豪雨に晒された時以来だろうか。

 ただ、運は本当に良かった。


「今の時点でも値千金の情報だねっ」

「せやね。敵の配置や地雷原、ドローンや施設の間取りは重要やけど内部の組織関係はわからへんもん」

「ただ、カーミラ部隊がいるのは気をつけなきゃ」


 現在、『シスターズ』の中で最も警戒を要するのは彼女達だ。

 ローズウィルの『上』の軍隊から高度な武装を強奪した敵の最精鋭。今ユーヒとマコが装備しているものと同等の防具だが人数が違う。最悪、冷血魔さえ潜んでいるかもしれない。

 遭遇すれば負ける。そういう重要な任務だからこそ、二人に回ってきたのだ。




 

 

「目標を肉眼で視認」

「マークを開始するで」


 目的地の小高い丘に移動し、遠方に見える工場を確かめる。

 工場の上空には、恐らくは特殊なナノマシンを含んだらしい噴煙が人工の雲となって衛星軌道からの監視衛星をごまかしている。もくもくと煙を上げているのは木。ヘビースモーカーズフォレストと呼ばれる隠蔽用バイオプラントだ。《破局》以前に遺伝子改造された樹木の類だろう。

 二人は分担してマークを続ける。地雷原と思わしき広場。巡回を続けるドローンに、静止状態の人型兵器コロッサス・モジュール。工場の配置や位置。

 カメラを水平に動かして配置を確認する。 

 建物の中から強化スーツを纏った現地人を確認、背中にバッテリーがあるから本土から発電施設を買っているのかもしれない。

  

「……なぁなぁ、ユーヒの姐さん」

「ん? なになに?」


 姉呼ばわりが嬉しかったのか、ちょっと弾んだ声で答えるユーヒ。

 マコは拡張現実を介して彼女の視覚に映像を割り込ませる。


「えっ……」

「あいつって、どう思うねん……?」


 あいつは死んだはずだった。

 マコ=ウララは間近でその死を目撃している。

 内功を暴走させ、自らを爆弾と化してもろともに吹き飛ばそうとして……マイゴの大口径狙撃銃に頭を吹っ飛ばされた男。


「熱血魔……?」

「死んだはずやったんやけど……」

「……いや、なんか。違う、多分違う。うん。似てるけど……。

 サン、画像の取り込みはできる?」 

『可能です。分析開始』


 ユーヒは頭に走る直感に従って画像から分析を開始させる。

 骨格、瞳孔、頭髪の色、様々な顔面の情報を分析して相手が本物かどうかを確認するのだ。


『分析完了。

 熱血魔、シゲン=イスルギではありません――が、非常に近い値を弾きだしました。

 あの男……あの麻薬精製施設の厳重な区画にいると思しき男は、恐らく熱血魔の親族です』


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