第381話 懐に潜る
この『フォーランド』の現地人を指導する人間がいるとすれば、それは女神に仕える――と自称している神官たちに外ならない。
腹のうちはともかく、タブレットやネットワークを、ひいてはテクノロジーと電力を独占している彼らが支配階級と言っても過言ではなかった。
ユイトはその身を光学迷彩式のマントに包み――二脚型の歩行ユニットで逃亡している神官を追跡していた。
捕らえはしなかった。彼を泳がせて後を付け、どこに報告するのか観察してみようと判断したのである。
神官の身にはひそかに設置しておいた追跡器。もし監視衛星が使えたなら一番簡単だったのだが……支援してくれる衛星は今はない。尾行が必要になる。
『ユイト。聞こえますわね?』
「ああ。無事に帰還したか?」
『ええ。何事もなく戻りましたわよ。『ビッグ・ジョー』は回収して今はサンがテンションアゲアゲで躍り狂いながら核融合炉の解体作業中。
それから神官の持っていたモンスターの誘引物質のわずかに残ったサンプル、サモンジ博士に回しましたわ。現在解析中』
「わかった」
『そっちはどうですの?』
「あの神官、それほど目端の利く奴じゃないな。楽さ」
ユイトは仲間達と別れて、実はかれこれ半日ほど追跡をしている。
ネットワークから切り離され、ユイトは単独で活動することも覚悟していたが……驚くべきことに、この『フォーランド』には閉鎖型のネットワークが今も生きている。今、ユイトが使っているこの回線も彼らのネットワークに間借りしているような状態だ。
神官の追跡は、実はそこまで難しくない。
二脚歩行ユニットの脚力は相当なもので、強化スーツを着用していても追跡は不可能だったろう。
ただし軽功の絶招、『銀河滑水上』は並外れた俊敏さで相手を逃さないし……神官はひっきりなしに休憩を挟んでくれるので、正直尾行する側としては実に楽だったりする。
また神官の乗る二脚歩行ユニットが進もうとした時だった。通信が入る。
『ユイトさん、誘引物質の分析が解析しましたぞ』
「サモンジ博士か、どんな具合だ?」
『……簡単に申しましょう。分析によればアンジェロくんのパフューマーインプラントで生成される誘引物質を参考にしたデッドコピーと申していいでしょう』
「ふぅむ……なぁ、レオナ」
『……ええ』
ユイトとレオナの脳裏には嫌な記憶が思いつかんでいる。
二人が出会ったきっかけの事件。ベルツと、彼を操っていた
あの時、ユイト達は彼がアンジェロを欲したのはカドケウス・ライフガード社が利用するためと思っていた。
「なんだか嫌な感じだ。念のためにアンジェロ君の周りに気をつけてくれ。身辺警護に人を使ってもいい」
冷静に考えれば問題はないはず。『マスターズ』のメンバーはごく少数を除いてアズマミヤ都で生活していたヴァルキリーや東侠連のメンバーを主軸にしている。内通者が入り込む余地はない――だが、以前のブロッサム小隊が爆弾にされた一件で、彼女たちを遠隔で起爆したのは東侠連のメンバーだったと思いなおす。……油断はできない。
『わかりま……あら、カレン。旦那様と連絡しますの?』
お、とユイトは顔をほころばせる。
最前線で指揮を執るユイトと、『ブルー』の船体内部で赤ちゃんのために安静にしているカレンは最近接触が少ない。
『ユイト、だいじょうぶだった?』
「……ああ。声が聞けて嬉しい。謎の力が湧き上がって無敵になってきたぞ」
『何よそれっ』
ユイトの言葉にカレンが笑う。
だが実際に比喩抜きでユイトは活力が下腹から湧き上がってきた。
『状況はレオナから聞いたわ。アンジェロくんの身辺警護は手配するわね。
……あー、歯痒い。子供が生まれるのは嬉しいけど……こういう時、あんたの傍にいられないのは不満ね』
「でも、何が何でも生きようという気持ちが沸いてくるよ」
『……そーね。無事で帰ってきなさい。……ええ、レオナ。そっちに連絡することは? ない?
ユイト、それじゃそろそろ切るから』
「ああ」
……神官が行き着いた先。
そこは恐らく地下に埋設された施設のようだった。周囲には蔦が絡み、木々などで巧みに隠されているが……その奥には高度なテクノロジーで生産された隔壁がある。
重々しい重低音がひびき、隔壁がゆっくりと開いていく。
神官はそこでぐるりと不安げに周囲を見回したが……誰も何もいないと思ってそのまま中へと進んでいった。
「さてと」
光学迷彩マントを羽織り、周囲との光景を同化させる。
同時に拡張現実のサポートを借りて内部に設置されている警備タレットの位置を把握。視線を向ければ……
ウーヌスやオーラの話によると、神官のみが立ち入りを許されたこの施設には発電施設があるらしい。
神官の位置は把握している。ユイトはそのまま近くにあるドアを開けて、内部を探索してみることにした。
オレンジ色の明かりの中、薄暗い施設を進む。
わずかな振動。巨獣の胎動のような音。恐らくは発電機を動かしているのだろう。進むうちにわずかな足音を感じ取り、とっさに近くの物影に身を隠した。光学迷彩は隠れるのに優秀な装備だが、至近距離ではさすがにごまかしようもない。視界の外に退避できるならそれに越したことはなかった。
「異常なし」
「こちらもだ」
(……ところがどっこい。侵入者一名)
哨戒の兵士がいるそばを息を潜めてやり過ごす。
第五世代なのかどうかは分からないが……本土から流れてきたと思わしき強化スーツに身を包んだ兵士が巡回している。彼らが過ぎ去ってからユイトは再び探索を再開。
進む先に感電する髑髏のイラストが描かれているドアを見つけた。バイオハザードマークは無し。通常手段による発電施設だろう。
「……発電装置か」
確かこの施設に故障や不備が生じていたから、電力が足りなくなった連中が『ビッグ・ジョー』を盗難しようとしていたはずだ。
ユイトは中に入り込むと、携帯端末を繋いで内部のデータコピーを開始させる。本当はサンにリアルタイム接続して分析させたいが……今は神官たちの閉鎖型ネットワークに相乗りして通信している状況だ。ここで大容量のデータ通信をすると気づかれる恐れがある。
データ回収終わり――サンの持たせてくれた《破局》前の端末は優秀で、内部データを抜く。
同時に施設の内部構造に関するデータを呼び出して確かめ――。
「なんだこりゃ……」
ユイトはその地下さらに奥深くに位置する空洞に気づいた。
地下トンネルだろうか。確かにこの『フォーランド』は山も多い。通行の弁を良くするのは分かる……が。
それだけでは説明のつかない巨大な空洞――いや、トンネルが、この地下に埋設されているようだった。
(……ちぐはぐだ。トンネルで物資輸送をやりやすくするのはいいが、この『フォーランド』ではまだ車両らしきものを一つも見ていない。
なのに地下にあるのは、大都市でもめったに見ないような巨大な代物だ。
一体どれだけの規模なんだ? ……まったく、謎ばっかり増えていく一方じゃないか)
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