第380話 無知蒙昧を破るもの




「ち、治療を」

「ここに傷口を速乾性で止血するスプレーがある。欲しいか」

「も、もちろんだ!」

「ではさっきのあの薬物、出どころはどこだ」 


 モンスターを引き寄せる特性を持つ液体。

 まともに考えれば重要機密だが……。


「き、北だ! 北の氏族が薬死ヤクシと組んで精製しておる!」

「予想通りか」


 ついでにいうと、この神官の口の軽さは少し予想外だったが。

 あちら方面では『シスターズ』が上陸して進行をしているはず。ユイトは目の前の神官に目を向ける。そこで後ろからオーラが声をかけた。


「北の連中は本土人も知ってるみてーだな」

「……薬死ヤクシの連中とつるんでいる可能性があるというぐらいしか知らないぞ」

『……オレ様としちゃ、こっちの連中よりも北の連中のほうが少し好きなぐらいだがよ』


 途中から拡張現実を介した声がオーラから発せられ、思わず彼女にきつい視線を向ける。

 どういう意味だ? と訝しむ視線を向けるユイト。オーラは小さくため息を吐いた。


『北の連中は、『フォーランド』の中でも麻薬密売で外部と交流がある唯一の氏族だ。

 連中は壁を作った本土人を憎み、その復讐の一環として麻薬密売と生産に手を貸してる』

『そんな悪逆非道を好く理由はなんなんだよ』

『神官に従わず、自分の意志でモノを考えてるからだよ。

 一度女神から『麻薬精製と流出を止めろ』と言われたが、本土人憎しの一心で女神の託宣すら拒否して神官を追い払った。あそこだけは神官たちの管轄外のはずなんだが。この神官の言葉通りならそれだけじゃねぇな。

 ……睨むなよ、ユイト=トールマン。

 確かに麻薬密造は文句なしの大犯罪だが、オレ様としちゃ、女神への依存から脱却した時点でまだマシって気持ちになるんだよ。

 ……時々、オレ様を慕ってくれる彼らにさえうんざりする時があるんだわ』


 ……ユイトは少し押し黙った。

 こういう時、ベルツの事を想いだす。

 ……薬死ヤクシの連中と繋がった現地人の気持ちがわからない訳じゃない。自分たちを見殺しにし、『壁』を作って逃げ込んでくる人々を拒んだ連中に復讐したいのは当然の心の流れだろう。

 だが、麻薬などに手を出すのは辛い現実に行き詰まり、人生のどん底に落ちている貧民層なのだ。

 最底辺の貧民だって『使えば苦痛が取り除かれ、楽になる薬』なんて代物があると信じてはいない。現実が最悪だからこそ、一刻の至福に惑い、さらなる最悪に堕ちる麻薬に手を出してしまうのだ。

 そして『フォーランド』の現地人が本当に憎むべき、『壁』を作り、見殺しにした憎むべき黒幕、企業のトップ層は麻薬などやらない。今、人生が十分に満たされているからだ。


 彼らの復讐など、最初から的外れもいいとこだ。




「麻薬は良くない。

 アヘン戦争がそう言ってる」

 

 憮然とした声を上げるのはウーヌスだった。

 

「そうだな……」

「ああ……間違いねぇ」

『それにしてもウーヌス。あなた博識ですのね』


 レオナが『ヘカトンケイル』の中から少し感心したような声をあげる。

 その呟きにユイトは、そういえば……と思い出した。彼は以前初対面のユイト達を見て『コロンブスの同類かもしれない』と疑いを持って接していた。歴史に学ぶのは大切だ。

 

「やはり『現地人』も歴史を学んでいるのか?」

「そ、そんなわけあるか! 我々は女神様の教えのみ拝しておればいいのだ!

 歴史を学ぶ暇があったら多くの獲物を取り、より一層深く女神の教えに浴すればいい!」


 そこで神官が口をとがらせて怒鳴った。

 その『女神の教え』というのが神官たちによって都合のいい洗脳教育であるのはもうわかっている。ユイトは白けた顔で神官を見た。

 

「ウーヌス、まさかあなたは女神の教えに背き、端末を使ったのですか!」

「違う。使ってない」


 ユイトはそこで片眉を吊り上げる。

 そう言えば、以前『マスターズ』の一員、ユーヒとマイゴが面倒を見ていたサザンカが現地人と間接的な接触を果たしていたと思い出す。

 あの時、彼女は携帯端末を持ち帰らなかった。電波のネットワーク圏外から離れてネットを使えないことを恐れていたのかと思ったが……戒律として端末を使えないのなら、木のうろに隠していた理由も察しがつく。

 その時、接触した『現地人』が見ていたのはすべて漫画だった。

 

 ウーヌスは神官の言葉に真剣な顔で答えた。


「俺、端末使ってない。俺、読んだのは歴史漫画。

 かなり古いけどとても面白い、古い紙の漫画」

「さ、左様でしたか。ならばよし」


 ……そうか、とユイトは心のどこかで腑に落ちるものを感じた。

 漫画。

 それはいわば一種の仮想現実に等しい。

 架空の世界、架空の設定を介して、『世の中にはこういう別の視線が存在する』と知るのだ。自分と違うものの味方、別の視点。そういうものは相手が冷酷な侵略者ではなく血肉の通った人間であるという想像力を引き起こす。




 ユイトは、この『女神への信仰』に縛られ、自分の考えさえ打ち捨てた彼らに必要なものは想像力ではないかと考えた。


 

「そうか……」

「あん? なにがだよ」

「女神への信仰に縛られた人々に、想像力を取り戻させる手段が見つかったかもしれない」


 この世に蓄積された漫画の中に、宗教への狂信と、その危険性を物語のアクセントとして使っている漫画がどれだけあるだろうか。

 その漫画を読んで、我が身にあてはめ……それがどれだけ危険な行為なのか、想像するきっかけになってくれれば。


 効くはずだ。


 彼ら『現地人』だって物語、面白い漫画に飢えているはず。そうでなければ……敬意を払うべき神官や仲間の目を盗んで携帯端末を隠し持つ理由がない。

 物語こそが、彼らに想像力を与え自立心を養う一手になるかもしれない。

 オーラが目を見開き、尋ねる。


「……どうやって?」

「物語。

 そして一番わかりやすくとっつきやすいものが漫画だ。

 彼らの戒律に背かない、紙の漫画こそが、この八方塞がりをどうにかしてくれるかもしれない」



※お知らせ

 カクヨムコン9に新作を投稿しました。タイトルは

『ダンジョン配信者山田オリガくん、不本意なバズり方をする~ パワーアップのために諸肌さらしただけでわざとじゃないんです!性癖を破壊する意図なんかありません!! 』です。

 それと並行してこっちも更新を続けていくつもりではありますが、カクヨムコンに集中するためこっちの更新頻度が少なくなる可能性があります。

 楽しみにしてくださっている読者さんには申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。






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