第378話 アンジェロくんのにおい


 

「お、お前……おまえ何者です?! 神官に手をあげるなど……女神様の恩徳に仇を成す気ですか!」


 腹を蹴り込まれて吹き飛んだ神官だが、強化スーツの防護性能もあって反吐を吐く程度で済んでいるらしい。

 四つん這いで青色吐息だが、目に激しい敵愾心をぎらつかせて叫んでくる、

 その女神様に頼まれて現状をどうにかしにきたわけだが、言っても信じまい。ユイトは鼻で笑ったあと、神官の腕から跳ね飛んだ拳銃を手に取る。銃の握りを確かめ、チャンバーを開いて装填された弾丸をチェックする、拡張現実を介してサンに調査させるためだ。


『どうだ?』

『銃の形状からして本土から流れたモノではありません。個人製作レベルのものですが……弾丸は本土製です』


 なるほど、と頷いてからユイトは神官に目を向ける。


「そりゃそうだろう。……あんたはまだお気づきではないだろうが、俺は本土人だ。女神様にご恩を受けた訳じゃない」

「ほ、本土人?! お、おまえたち、こ奴を始末しなさい!!」

「簀巻きにされてる方たちにいうセリフじゃありませんわねぇ」


 ころころと鈴の音を転がしたようなレオナの言葉に、神官も顔を青くする。

 巨大で武骨な鉄の巨人。人型兵器コロッサス・モジュールほどではないにせよ、その装甲の厚みや銃の大きさは有する戦力を雄弁に証明していた。ならば、と神官が縋ったのはこの中で唯一拘束されておらず、巫女のように自分より地位の高くない青年だった。


「ウーヌス! 戦いなさい!」

「……断る」

「うぬ、貴様、神官の命を拒否するかぁ!」


 ウーヌスは首を横に振った。


「すでに俺、彼と戦った。負けた。

 それに『本土人』が『ビッグ・ジョー』を倒したのは防人サキモリとしての資格得るため。

 俺達の文化に敬意を払い、対等になるため。

 融和と友好を欲する相手に剣を向ける。それは女神様のお言葉に反する」


 その言葉に神官の顔が憤怒でどす黒く染まる。

 こういう場合、自分の地位と権力を脅かす相手が現れると喚き散らすものだが、神官もそのパターンから外れる事はなかった。


「く、く……くわぁー!!」


 彼が懐から取り出したのは……黄色の液体が封入されたカプセルだ。


『ユイト、警戒を』

「ああ」


 ただのカプセルではない。

 かなりの密封性を持つ、専用の容器。つまり外気に晒したらいろいろと不味い物質が中に入っている可能性がある。

 側にいたレオナの行動は早い。即座に『ヘカトンケイル』の操縦席を閉鎖。これで外気が侵入することがない。そのままネット弾で拘束されている現地人を両腕で掬い上げて後退する。

 神官の投擲するカプセル――それに対してユイトは腕を伸ばした。


 虚空接物。


 念動力と見まごう不可視の力が放たれ、投擲されたカプセルを受け止めて――そのまま神官のほうへとパスを返す。


「ほへ?」


 物理法則を無視した異常な動きに神官は最初、事態を飲み込めなかったのだろう。自分の掌に「ただいま」と還ってきたカプセルに呆けた声をあげて。


「つっげぇえぇぇぇぇぇぇぇ?!」


 ぶしゅー、と空気の抜ける音が響く。

 その異音にカプセルの中身が周囲に散布されているのだとわかった。

 

「た、たす、たすけ、助けてぇぇぇ!」

「やだよ近寄んな」


 ユイトはにべもなかった。

 手を翻して放ったスローイングナイフの一閃が、無慈悲にも神官の足と地面を縫い付けるように突き刺さる。

 それにしても……神官はナイフに刺されて苦悶の声をあげ、ひぃひぃと泣き喚いていたが死ぬ様子はない。最初は毒物の類を疑ったが、そうではなさそうだ。

 それにしてもこの臭い……遠くからわずかに感じる臭いにはどこかで嗅いだような記憶がある。

 どこだったのか、考え込むユイトにレオナの声が響いた。


『ユイト、モンスターが接近! 警戒なさって!』

「なんだって?!」


 さっきここに来た時には、積極的に攻撃してくる危険な奴はいなかったのに。どうして急に接近してくるのか分からない。

 遠方から見えてくるのは装甲ライノ。カタクラ都で、ユーヒとマイゴの二人に出会った時遭遇した奴だ。ただし『フォーランド』の環境に合わせてか、以前見たモノより巨大な体躯、分厚い生体装甲に身を包んだ轢殺の戦車の如き重厚な威容と鋭い衝角を備えて突進してくる。


「レオナ、ここはそっちに任せる」

『ええ、よろしくてよ。彼らは任せますわ』


 その言葉と共にネット弾で拘束された現地人たちを割と雑な動きで放り捨て、レオナの乗る『ヘカトンケイル』が20ミリ機関砲を構える。

 しかし、どうして急にモンスターがこっちに接近してきたのか――ユイトは装甲ライノ達がこっちに接近し、その向きを一番の脅威である『ヘカトンケイル』ではなく……ひぃひぃと呻いている神官に向かっていることに気づき。思わず叫んだ。


 そうだ、確かにこの臭い……どこかで嗅いだことがある。

 疑問が答えに辿り着き、思わず声をあげた。


「アンジェロくんの臭いだ!」

『ちょっとユイト、突然突拍子もないこと仰るのやめてくださる?! 人の弟の体臭に大声で叫ぶなんて、わたくしとカレン以外にモテませんわよ!?』


 ぷりぷりと怒る彼女の声も愛おしいが、今はそれどころではなかった。

 どうして、ここに、いまさらあの臭いが出てくるのだ。


「《パフューマー》インプラントの発する、モンスターの誘引成分と同じなんだよ!」

『え?』

「なんでそんな代物を……神官が持ってやがるんだよ!」

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