第379話 思ったより重傷
『ヘカトンケイル』はローズウィル貴下の私設軍隊で運用されていた『上』の兵器である。
当然ながらその性能は並外れており、背中のハードポイントに設置された20ミリ機関砲を構える動作は人間じみて滑らかだった。
『発砲しますわよ、距離をとってくださいますかしら?』
ウーヌスとオーラが、未だ拘束されたままの現地人を引き摺るユイトを手伝って少しずつ離れていく。
できれば防音用の耳栓でもあればいいが、ないものねだりはできない。
「ひぃぃ!! た、たすけ、助けてくれぇ!」
「……せいぜい地獄を味わってもらおうかい」
少し離れた場所では装甲ライノが群れを成し、地響きの音を立てて殺到する光景に肝をつぶした神官が救いを求めているが……ユイトも、神官を崇めるべきウーヌスとオーラの二人も、どちらも相手にしなかった。
あのアンジェロくんのにおいと同じモンスターの誘引物質を放たなければ、そもそも奴だってこんな状況に追い込まれなかった。
ユイトは誰を守るか判断をつける。
自分とレオナの生命が最優先。交渉相手のウーヌスとオーラは守る。盗難犯であった現地人たちは……正直嫌いだがまぁ乗り掛かった舟だ、助けておこう。
そして聞きたいことは山ほどあるが……女性の脳天に拳銃を突きつけてRS-Ⅱに対する生贄にしようとした神官への心情は最悪の一言である。助けるために努力はするが、リスクが大きいなら別に死んでも構わないとさえ思っていた。
ユイト達がある程度離れたあたりでレオナはガントリガーに指をかけた。
20ミリという大口径弾。発射に伴う轟音も相応に巨大で、至近距離なら鼓膜が破け、意識を失いかねないだろう。
カメラアイが突進してくる装甲ライノの脅威度を距離順に計算。射撃モードを単射に設定。指示に従って狙いを定める。
『撃ちますわよ!』
引き金を絞るとともに――どすん、と衝撃音が響いた。
20ミリという戦闘機の機銃に使われる大口径弾は放たれるとともに装甲ライノの外皮を貫通、臓腑をまき散らしながら横転する相手を無視してさらに平行に銃口を滑らせる。
フルオートでの発砲は行わない。
的確に、適切に、必要最低限の発射音と共に放たれる大口径機関砲。
……歩兵にとって装甲ライノは驚異的だが、歩兵では運用不可能な巨砲でならばそこまで対処は難しくない。巨大な薬莢がマズルフラッシュの閃光と共に排莢され、血肉が爆ぜ飛ぶ。
『ふふ、なかなか良い角度ですわね!!』
レオナが、少し面白そうに笑っているような声がする。
先ほど神官が撒いた誘引物質の影響だろう。本来ならそれぞれ一定の距離を取るはずの装甲ライノは、大人気な神官への最短ルートを通ろうとしているせいか時折衝突までしていた。そのせいで集団としての理を今一つ生かせないでいる。
そのまま『ヘカトンケイル』は脚部より推進炎を吹き出して、まるで地面をスケートリンクに見立てたような動きを見せ、滑らかに横移動しながら弾丸を発砲する。
狙いは装甲ライノの脚部。足を撃ち抜かれて横転した一匹。本来なら同族に対して生物らしく気遣うようなはずのモンスターなのに狂奔の勢いで横転した奴をぐちゃぐちゃに踏みつぶす。
神官の悲鳴がより一層大きくなったが、レオナはあんまり罪悪感もないまま一方的に撃退していく。
最後に折り重なるようにして迫る装甲ライノに対して、発射モードをフルオートに設定。引き金を絞れば、間断ない轟音が連射され、相手を血水と変えていく。
その光景を盗難犯である現地人たちは血の気が引いた顔で見つめていた。
親から受け継いだヴァルキリーの特質、第五世代の身体能力は強靭で本土人なにするものぞ……という侮りの気持ちがあったのは否めない。だが今そういう感情のすべてが、粉砕される装甲ライノと同じく粉みじんにされつつあった。
自分たちは相手の戦果を掠め取ろうとした泥棒で、どれだけ手荒い扱いをされても文句の言えない道理なのはわかっている。
……今目の前で行使されている破壊力。
下手をすれば、あの大砲のような銃の先端が自分たちに向けられていたかもしれない。そう思うと冷や汗がさっきからひっきりなしに流れて止まらない。
はっきり蒼褪めている盗難犯たちに腹立ちの眼差しを向けながらウーヌスが言う。
「……彼ら侮れない。……わかるな」
こくこくと頷く彼ら。
「俺と、オーラ様。今彼らと話し合いをしている。
あの銃が向けられないように、だ。戦えば多くの血、流れる」
そこにユイトも口を挟んだ。
「俺たちの目的もまた流血じゃない。
お互いにとってより良い未来を構築するために交渉の真っ只中なんだが……こっちが独力で得た狩りの成果を盗まれたりすれば、仲間達だって怒って交渉を切っちまえと言いだしてくる。抑え込むのも限界なんだ」
「で、でも神官様言うに、本土人はみんな悪魔だと……」
そこで――そう言ってしまうあたり、この『フォーランド』では宗教組織の力が根強く食い込んでいるのを実感する。
ユイトは吐き捨てた。
「女性の脳天に拳銃を突きつけて、女神を脅すのがお前たちの神官だろうが!」
「し、神官の行うこと、すべて正しいはずだ。間違ってなど……間違っては……」
「そ、そうよ。女神様の代弁者の言葉なん、だか、ら……」
この期に及んでまだあのデブを弁護するのか、ユイトは目の前が真っ暗になるような感覚だった。何せ脳天に拳銃を突きつけられ、あわや生贄に捧げられていた女性が弁護などしているのだから。重傷だ。オーラがこの世の終わりみたいな大きい溜め息を吐く。
「見ただろ? ユイト=トールマン。オレ様がウーヌスをまだ一番マシだと評した訳がよ」
「想像より最悪じゃねぇか、どうするんだほんとに……」
彼らの信仰をぶち壊しにする手段……すぐに思いつくわけではないが。
ユイトは神官に近づく。手を翻し、電磁力でストーイングナイフを引き寄せれば、神官の足から刃が引き抜かれ、相手はその痛みと流血でまたひぃひぃと呻き始めた。
※お知らせ。
作中に出てくる念動力ぽい力である『虚空摂物』は武侠漫画等を読んで知った言葉だったのですが、何作か読むうちに『虚空接物』『隔空摂物』と、表記が一定しないことに気づきました。どうも作品によってそれぞれ別々の名前が付いていることが多いようです。
なので、今後は一番それらしくて意味も通じる『虚空接物』に統一しようと思います。よろしくお願いします。
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