第377話 気を利かせといた




『太る』というのがある種の魅力として捉えられていた時代はあった。

 だが、今は違う。《破局》以前の考えは残っている。

 肥満体は過度の食事と運動不足によって引き起こされる、生活習慣から起こる状態。太っている輩は節制もできず運動もせぬ輩の証……。


 となると……ユイト達の前でふぅふぅ言いながら降り立った白い服のデブは、あまり自制出来てなさそうだ。


「おぅおう、見事な成果ですなぁ?」

「……神官殿」


 ウーヌスが頭を下げる。

 ただし……その表情には畏敬や尊敬などの感情は浮かんでいない。神官と呼ばれた肥満体の男が担いでいる地位や権力、そういったものに対して頭を下げているのが分かった。

 男は横たわったままの『ビッグ・ジョー』の残骸に近づいてぺしぺしと装甲表面を叩いている。


「あなたたちの行動を見ても女神様は許すと仰せになっておりますぞ。奴ら『本土人』は我々を見殺しにした悪逆非道の奴らばかり。

 確かに盗みも殺しも、本来ならば人道に反するものです。ですが許されるべき時は確かにあるのです」


 ユイトとレオナの二人を見ても、その『本土人』と気づいていないのだろうか。顎と首の境目が分からないほどに太っている神官は周囲をぐるりと見回した。

 その『本土人』二人は困ったような目でお互いを見つめて首を傾げる。秘匿通信で密談を始めた。


『先ほどウーヌスが神官、と呼んでましたわね。なら彼が……RS-Ⅱを女神と信奉する人間かもしれませんわ』

『殺しや盗みも時と場合によっては認められる訳か。RS-Ⅱも嘆くだろうに』

「なぁ、よー。神官よー。オレ様一つききてーんだけど」


 そう話していると、オーラの視線が神官を見据えていた。目には不快と警戒の二つの色が相手をねめつけている。


「『ビッグ・ジョー』の核融合炉は解体なんて簡単にできるもんじゃねぇ。

 これを電力として利用できるようにするための手順、手引書ってどこにあんだよ」


 ユイトは思わず『ないの?!』と叫びそうになった。

 未だ文明全てを失った訳ではない『フォーランド』の現地人。実際に『ビッグ・ジョー』を固定砲台に利用していたのだから、手順を把握していると思ったが……解体技術は彼らからも失伝しているのだろうか。

 だが、その言葉に簀巻きにされた連中が目を白黒させる。


「え。でも女神様に聴けばどんな難題だって教えてくださるだろ?」

「そうだよ、女神様に頼めば……」


 ……ユイトは眉間にしわを刻んだ。知らんのかい、知らんのに盗んだんかい――と叫んで頬を叩いてやりたくなる。

 神官はそこで我が意を得たりと胸を叩く。


「ご心配なく、我輩は神官に許された携帯端末を持っておりますぞ。

 ええと……そうですな。そこのあなた。あなたがいい」


 そう言いながら神官はネット弾に拘束された盗難犯の一人――女性だ――に至近距離まで近づくと……実に何気ない動作で拳銃を引き抜いた。

 実用性の無い不格好な代物。

 多分、大口径の弾丸を一発だけ発射するための粗雑な改造拳銃だ。そしてよくよく神官の格好を見れば、白い服の下には旧式の強化スーツ。ただしこれはバッテリーが装着されている。パワーアシスト機能がまだ生きていた。反動の大きい大口径でもあれなら問題なく発射できるだろう。ただライフリングも小さく至近距離からでなければ当たるまい。たぶん、処刑用だ。

 いきなり拳銃を抜く神官の姿に現地人達が慌てる。 


「神官様、何を!」

「慌てずとも結構、ええ、ふり、ふりだけなんですから」


 至近距離で女性の盗難犯の脳天に照準を合わせる。

 そのまま自分の拳銃と――生殺与奪を他人に握られる恐怖で蒼褪める女性の顔を同時に取れるように携帯端末のカメラの位置を合わせる。


「女神様、あなたのしもべがここに乞い願います。

 核融合炉の正確な解体と利用の手順をどうか天啓メールとしてお送りください。

 その代償としてここにいる女性を生贄として御身に捧げます。犠牲の儀式はあと一時間で行いますから……どうかお分かりになってくださいますよね?」


 ユイトも。

 レオナも。

 だいたいのところを察した。

 胸糞の悪くなるような吐き気が喉奥までこみあげてくるのを感じた。

 そこで、今まで沈黙していたウーヌスが叫ぶ。


「やめろ!!」

「やめろ、ですと? なにゆえですかな。こうして懇願すれば、慈悲深き女神様はお答えを返してくださるのです。

 我々は何度かこうして生贄を捧げようとしたのですが、慈悲深き女神様は常に生贄を拒絶して無償で手助けしてくださるのですぞ? どうして怒るのですか」


 後ろに控えるオーラは苦苦しい顔。ウーヌスは腹立ちのあまりに頭の血管が切れそうな勢いで、満面に怒気を浮かべている。


「こんなのどこが祈りか……! 女神様にとっては俺たち皆、息子か孫のようなもの。

 なのにお前のやってるそれ、同胞を人質にとって女神様を脅迫しているのと何が違う!! おまえのそれはただの薄汚い犯罪だ!」

「……我が身は神に仕える身、我が身を誹謗なさるのは瀆神の言葉と見なしますぞ。

 と、なれば。本部より支給される電力量に関してもいろいろと考慮せねばなりま……」


 そこで……そろそろこの神官の言葉を聞き続けることが堪えがたいと感じたユイトは、つかつかと歩み寄る。

 ユイトの事を未だ自分たち『現地人』の誰か一人だと思っているのだろう。訝しむ視線を向けてきた。


「どなたですかな、今はウーヌス殿と話をして……」

「神官、あんたがちゃんと作動している強化スーツを着込んでいて助かった」


 そして、その出っ張った腹を思いっきり蹴り上げる。

 みしりと骨身にまで響くような衝撃と激痛、臓腑がひっくり返り、口から心臓を吐き出すかのような苦悶に息を吐きながら空中へと跳ね飛ばされる神官。


「げぎゃああぁぁぁ??!!」

 

 絞め殺される豚のような悲鳴をあげながら落下してくる相手を尻目にユイトは言う。


「おかげで全力で蹴り込める」

「お……おまえ」


 ウーヌスにとっては恐らく尊重しなければならないはずの相手だったのだろう。

 だが部外者であるユイトからすれば全く関係のない話だ。わなわなと震えるウーヌスにユイトは言う。


「気を利かせて蹴っといた。余計なお世話だったかな?」


 近くにいるオーラはにっかりと満面の笑顔を浮かべ。

 ウーヌスは目線を逸らしながら……返答の代わりに「よくやった」と言わんばかりに親指を立ててみせた。

 つまりは。そういう事のようだった。

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