第376話 いらんことしやがって
「ご無事かしら?」
「ひとまずな」
ゆっくりとクアッドコプターが着陸する。牽引していた『ビッグ・ジョー』も同様にだ。
側には20ミリ機関砲を空に向けて担いでいる『ヘカトンケイル』と、その操縦席から上半身を晒しているレオナが待ってくれていた。
視線を向ければ、男女が数名。以前出会ったウーヌスと同じくバッテリーを装着していない強化スーツに身を包み、白兵戦用の槍や刀剣類で武装したままの姿でネットにぐるぐる巻きにされている。
もっとも、彼らが生体強化学の恩恵を受けているとしても、『ヘカトンケイル』の装甲を突き破れはしないだろうが。
それに、いくら刀剣で武装しようとも広域に広がり、高速ですっ飛んでくるネット弾を避け得るほどではなかったようだ。
ローズウィルの罠に嵌って『ヘカトンケイル』に抹殺されかかった身としては、さもありあん、といった気分である。
「それにしても。思ったより連中ガラが悪いなぁ」
「全部が全部そうとはわたくしも思いませんけど。少し落胆ですわね」
たぶん、ここで捕縛された連中全員が『ビッグ・ジョー』を横取りする計画に噛んでいるはずだ。
核融合炉が貴重なのはわかるが、それでも通すべき筋を通していないし……『本土人』と『現地人』が100年にもわかる長期間を経てから初めての接触なのだ。非常に慎重になるべき時期にこんな事をされては困る。
ユイトも、レオナも、もしこれが本土で行われた犯罪行為であったならもっと厳正に対処する。
きちんとした処理の施された、《破局》以前に作られた核融合炉は一生食っていくに困らないほどの大金が手に入る。盗難されかかったなら射殺は当然だし、他のハンターに話を聞いたならその処置は当然だと誰もが頷くだろう。
それを殺さずにすませたのは、ユイト達の仕事が『現地人』との交渉を持つことだ。
相手に非があるとしても、殺してしまったなら感情的なしこりがどうしても残るだろう。
レオナは『ヘカトンケイル』の操縦用コンソールに目を向けながらいう。
「ここはどうやら地上に露出した搬入用エレベーターのようですわね。たぶんここから地下に輸送するつもりだったのでしょう」
中央部分に鎮座する『ビッグ・ジョー』一機なら問題なく地下に下ろせるほどの大きさがある。
目的地がここだったことを考えると、レオナの想像は正しいだろう。
『ユイト。オーラとウーヌスです。接近を検知』
「来たか」
視線をサンの指示した方向に向ければ、どこか
それほど路面が舗装されていないこの地ならではの移動手段だろう。よく見れば機械系モンスターのパーツも利用しているようだ。後でみてみたいな、とユイトは思った。
「詫びとくぜ。悪かった」
まず……オーラは――自ら両足を折って跪き……巫女装束が汚れるのも厭わずに土下座したのだ。
ユイトもレオナも一瞬驚く……ふりをする。彼女の監督責任はオーラにはない。頭を下げ、詫びを入れるのは当然だが土下座までされるとは思わなかった。
ただ、彼女の狙いも理解できる。
「っ……」
その行動の意味を理解するウーヌスは不服そうな顔をしていたが、止めることもなく沈黙したまま。
オーラが土下座までしたのは、多分……気絶から目覚めた盗難犯全員に、そのみっともない姿を見せるためにわざとやったのだろう。
「み、巫女様! 巫女様が頭を下げる必要なんかありません!!」
「俺達が本土の連中から盗んだところで何が悪いってんだよ!」
「やめて、巫女様を止めなさいよ、なんで動かないのよ、ウーヌス!」
当然ながらユイトが柄頭を埋めて気絶させた盗難犯は気絶していた時に指錠で拘束している。それ以外もネット弾でぐるぐる巻きにされているため身じろぐ程度が精いっぱいだ。
彼らにとっては巫女は女神との交信役。地上に降り立った神の権威の代理人というべき存在なのだから。
その彼女が土下座までしているなんて、神を穢す行為に外ならない。
ただ……実のところ、これらのすべては盗難犯たちが気絶している間に行ったユイトとオーラの打ち合わせ通りだった。
盗難犯たちの言葉やふるまいには被害者意識が滲み出ている。自分たちは被害者なのだから本土人にどんな無法を働いてもいいという思い込みだ。
ユイトとしてはそんな訳あるかい、と言いたい。
彼らは自分たちを本土の連中などと言ってるが……『現地人』が憎むべき、壁を作り長い間見殺しにしてきた本当に憎むべき『本土人』はそもそもこんな前線に出てくるはずがないのだ。『マスターズ』の構成員のほぼすべてが彼らのいう『本土人』によって抑圧され、差別されてきた人間なのだから、恨みに思うなど筋違いもいいところである。
だが、それを言っても憎むべき『本土人』の区別などつきはしないだろう。
だから……こうして。自分たちの軽率な行動が、敬愛すべき巫女様に土下座までさせてしまったと見せつけるしかない。自分たちがやった事がどれほど恥ずかしいことか、見せつける必要がある。
ユイトとしても何ら関係のないオーラに土下座までさせるのは気が進まなかったし、ウーヌスもその効果が分かっていても……先走ったバカの尻拭いのために巫女様が土下座までするなんて、と不満を隠さなかった。
「そもそもお前たち、余計なことしなければこうはならなかった!」
だからこそ、ネットにぐるぐる巻きにされ、指錠で拘束された盗難犯たち無抵抗の相手にぶち込むつま先にも容赦がない。巫女様にこんな事をさせた同胞らへの苛立ちと怒りが声にも暴力にも詰まっている。
「本土の連中、『ビッグ・ジョー』を倒すほどの猛者。手ごわい、対処は慎重にすべき。
それを……おまえたちご破算にしかけた!」
ここで何か言うと内政干渉になるかもしれないとユイトとレオナの二人は沈黙してみているのみだった。
だが、盗難犯の一人が反論を試みる。
「そうはいうけど……このところは神官から回される電力量は右肩下がりだ。食料生産プラントも稼働率が落ちている。
寒さは薪と火で補えるけど、食料はそうはいかないんだ。電力が足りないのが根っこの問題なんだ! それをどうにかする術が目の前にぶら下がってるんだぞ、盗りに行って悪いもんか!」
その言葉には一定の理がないわけではない。
だが、やはり盗人の論理でしかないと知らしめるように、ウーヌスの拳骨が飛んだ。
ユイトとレオナ、そしてサンの三名は秘匿回線を用いて目の前で密談を始める。
『サン、食料備蓄はどの程度ある』
『十分すぎるほど。核融合炉を新しく手に入れれば、今まで休眠させていた施設のほとんどが復活できます』
さらに生産量が増えるわけだ。『スカイネスト』の核融合炉に加えて『ビッグ・ジョー』のものがあればそれだけのことができる。
かつてユイトがサンと契約をした際に、希望した通り、設計段階の電力を確保し、ようやく完全な状態になろうとしているのだ。
そこでレオナが口を挟む。
『けれども、何もなくただ施すだけなのもあまり健全ではありませんわね』
『そうだな』
支援の手を差し伸べるのはいい。
しかし一番いいのは相手が自立できるだけの土台を築くことだ。
彼ら自身の手で発電装置や手段を得られればいいが……ここは『フォーランド』。人類よりもモンスターのほうが優位を占める危険な大地なのだから、太陽光、風力、水力は実施困難なはず。
『海岸に近いなら……海流発電はどうだ?』
『一考に値しますね』
ユイトがそこで思いついたのは、あまりメジャーとは言えない発電手段だった。
発電方法は様々なやり方があるが、結局は『何らかの運動エネルギーを利用してタービンを回す』に集約される。
海流発電、または潮流発電は海水の流れの運動エネルギーでタービンを回して発電するやり方だ。火力や原子力などに比べればCO2を排出することもないクリーンなエネルギーが獲得できる。
デメリットがあるとすれば、タービンに付着するフジツボなどの堆積物を取り除くメンテナンスが大変な点だが、このあたりは自動機械による除去やフジツボの付着を防ぐコーティング剤がいる。あと付け加えるとフジツボはれっきとした海老や蟹の仲間だ。可食部は少ないが、実は喰うとうまい。
『フジツボ等の接着を防ぐ素材は……』
『ゲラニオール、ブテノライトの二つの構造を併せ持つハイブリット有機分子が必要です』
『なんのことだかさっぱりだ。サン、専門外は任せる』
『了解』
海流発電は《破局》以前も考慮されていた発電方法だが……このやり方では海上の漁業権との兼ね合いもあった。
ただ、今や《破局》でなにもかも破壊し尽くされたため、そういうしがらみはすべて消し去られている。
『それらの海流発電システムは彼らとの交渉材料に仕えそうだな』
相談を進めてから……視線をウーヌスやオーラに向ける。現地人たちは誰も彼もが項垂れた様子であった。
自分たちの行動が敬愛する巫女にあんな真似までさせてしまった。今後は厄介事には発展しづらくなるだろう。
だがそこでセンサーから異常を検知した『ヘカトンケイル』のの警告音が響く。レオナが口を開いた。
「誰か来ますわよ。あなた方、連絡はお済みかしら」
「いや、オレ様は知らない。ウーヌス?」
「こっちも、不明」
当然ながら『マスターズ』も連絡は受けていない。
誰だ、と視線を向ければ……。
戦場に似つかわしくない太った男が、二脚歩行ロボットに乗ってこっちにやってくる。
出た腹を上下にブルンブルンと揺れるのが遠目にはっきり見えたので、ユイトはなんだか嫌そうな顔になった。
ただウーヌスも、オーラも……そしてネット弾で簀巻きにされたままの連中も嫌そうな顔をしているあたり。
好まざる客が来たことは、おおよその察しが付いた。
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