第375話 なんでだろうねぇ
今回の『ビッグ・ジョー』の破壊に関しては、ユイトやレオナなど教官クラスのメンバーは手を貸すつもりはなかった。
通常兵器では撃破困難な怪物を前に、どう立ち向かうのか……これを機に一つテストのつもりで任せてみたのだ。実力に関しては信頼している。適切な戦術を用いれば撃破するのは不可能ではなかった。
だからこそ……成果を上げた彼女達の横から掻っ攫うような真似は許せない。
第一報を受ける以前から、ユイトと、
何か緊急のアクシデントがあった場合、すぐさま助けに入るためだ。
だがこの状況は予想していない。
「俺達の行動を監視するにとどめているんじゃなかったのか、クソ!」
『現地人も一枚岩という訳ではないのでしょ?』
乗っ取られたと思しきクアッドコプターは海岸部ではなく内陸部……未だに正確な調査が済んでいない現地人の領域を目指している。
ユイトは足に内功を込めて速度を上げる。軽功の奥義、銀河滑水上は以前より深みを増した内功の影響で、今や木々の上を流星のように駆けていた。
レオナの『ヘカトンケイル』は多少遠周りになるが森を避け、平地を突き進んでいる。
ユイトは走りながらサンに話しかけた。
「サン。聞こえているな、オーラとウーヌスに連絡をしとけ。どうなってんだテメェ、とな」
『了解』
いつものようにサンのディフォルメ姿が視界の端に投影されているのだが……頭に漫画的な怒りマークが表示されているあたり、その腹立ちの度合いが知れようものだ。
速度を上げる。『ビッグ・ジョー』という大物を輸送しているために低高度を飛んでいるのだが、この場合はそれが役に立った。あのぐらいの高さならば跳躍で追いつける。
「サン、接近したぞ。向こうにアクセスして目的地を割り出せ。レオナ、サンが割り出した相手の合流地点に向かってくれ。
……筋の通らないことを仕掛けたのは相手だが、今は慎重になるべき時期だ。殺しは無しだ」
『ネットランチャー、積んでおいて良かったですわね』
視界のかなたにいる『ヘカトンケイル』は、背中に抱えている20ミリ機関砲ではなく、脚部ハードポイントに設置したままのグレネードランチャーを取りだす。
中に入っているのは、射出と共に蜘蛛の巣のように広がって対象を捕縛し、高圧電流で抵抗する力を奪うネットランチャーだ。何かと
合流地点は彼女に任せよう。ユイトはスーツの各所に設置されたスローイングナイフを取り出す。
『ユイト。現在この地域はネットワークに接続されていません。スマートナイフの誘導機能は使用不能。
命中させるにはあなた自身の技量が問われます』
「任せとけ!」
ユイトの手中より投擲されたナイフは、まるで宙を飛翔する弾丸のように飛翔し――ワイヤーで牽引されたままの『ビッグ・ジョー』の残骸に突き刺さった――突き刺さったというよりは、ナイフに込められた電磁力で吸着し続けている、と言ったほうが正しいか。
そのまま矢継ぎ早に数本投擲する。
最初の一刀が命中したのならばあとは楽だ。それぞれのナイフが電磁力によって吸引され、軽快な音を響かせて次々と命中する。
「跳ぶぞっ!」
そしてクアッドコプターが最も近い距離にまで接近すると同時に、ユイトは木のしなり、己の脚力、全身に乗った勢いそのままに空中へと跳躍した――それだけではなく、命中したナイフから発生する強烈な電磁力で自分自身を吸引させて『ビッグ・ジョー』の腹の下に着地し……そのまま盗難犯と対面する形となったのである。
「そいつはさすがに……通らんだろ」
ユイトは盗難犯を睨んだ。
相手は顔を隠している。火事場泥棒の自覚があるのか、わずかに覗く目元から後ろめたさが滲み出ていた。
スタンロッドを構えながら低い姿勢で飛び掛かる機を伺っている。
ユイトは目に非友好的な感情を浮かべながら訪ねる。
「この暴挙、オーラとウーヌスは知っているのか」
「ッ?!」
その驚きようを見ると……自分たちの内情にある程度通じている事がかなり意外だったようだ。
そしてクアッドコプターに視線を向ける。
「こっちのプロテクトをあっさり破って従わせるウイルスか。
……ウイルスの出元は?」
『解析完了、本土製ですね』
「言い方を変えよう。購入ルートはどこだ」
サンの解析によれば、クアッドコプターを掌握したウイルスは『フォーランド』のモノではなく、本土から流れてきたらしい。
そこから揺さぶりをかければ、盗難犯の顔色は悪い。
(……モンスターとの勝負には慣れているかもしれないが、感情があからさまだ。対人戦の経験は少なそうか。
オーラとウーヌス、若手の中で有名らしい二人の名前を出すとこの狼狽ぶり。二人には知らせずに独断専行をやった感じか)
どのみち、言葉で語らずとも表情でわかる部分はある。
もうこれ以上会話は危険と判断したか、盗難犯はスタンロッドを構えて突撃してきた。
足場は平坦と言い難い『ビッグ・ジョー』の残骸の上。おまけにそれなりの速度で飛行中だ。落ちれば怪我は免れない程度には危険だろう。
速度を生かした攪乱は不可能と判断するや否や、盗難犯は右上から打ちかかってきた。
それに対してユイトは特に何をするでもなく――片腕を盾に一撃を受ける。
やった――と盗難犯の目元に安堵の色が広がる。
接触と同時に高圧電流を放つ非殺傷兵器の一撃。受ければ気絶は免れないそれをユイトは喰らい――。
まったく平気な顔、白けた顔で盗難犯を見つめた。
「……なんで平気なんだよ?!」
「なんでだろうねぇ」
……一撃を加え、相手を無力化したと確信した直後に、平気な顔をされれば叫びたくもなるだろう。
ユイトはお返しとして、ブレードの柄頭を相手の隙だらけな腹腔に叩き込んだ。
かつて兄レイジより10億ボルトの雷撃を叩き込まれ、雷霆神功を会得して生還したのがユイト=トールマン。
そのユイトにとっては……非殺傷レベルの電撃など……綿毛で頬をくすぐられた程度の感触である。
「かっ……はっ、はっ……!」
もはや残骸の上で立っていることも叶わず崩れ落ちる相手。
ユイトが強打したのは腹腔、太陽神経叢と言われる急所の一つ。強烈な激痛で崩れ落ち、口角より泡を飛ばす姿を見下ろしながら――ユイトはその視線を遥か彼方――この盗難犯が合流するつもりであったポイントで、連中の共犯者らしき相手を捕まえているレオナに目を向けた。
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