第374話 さすがに通らんだろ

 クアッドコプターの『睥睨』は強力なパワーを持つドローンだが、それでも『ビッグ・ジョー』の残骸は手に余るほどの重量であった。

 だからこそそこまで速度を上げられる訳ではない。時速にしてせいぜい40キロ程度だ。それほど高度も上げられない。パワーにそこまで余裕があるわけでもなく、深い密林を舐めるような低高度で飛行するしかできていない。


 その低速ゆえに……モンスターの残骸にとりついた人影は振り落とされることもなかった。

『ビッグ・ジョー』の残骸の上に起き上がると、彼はそのまま大型ドローンと繋がったままのワイヤーを掴んだ。

 ……時速40キロとはいえ、それなりに高度はある。その人影は強化スーツを纏っているが、それでもこの速度と高度から落下して地面に激突すれば大怪我をするだろう。

 そんな状況とは思えないほどに落ち着いた、冷静な動きでワイヤーをするすると昇っていく。そのまま腰に下げた――かなり古い型の携帯端末から有線コードを引き延ばして接続。


「よし、繋がった」


 浮かれた様子でワイヤーを伝って再び『ビッグ・ジョー』の残骸に戻り、そのまま携帯端末を広げて、スピーカーで通話を始めた。


「首尾は上々だ。本土の連中のドローンのネットワークに接続したぞ。あとはウイルスが仕事をしてくれる」

『こっちも視認した。上出来だな。本土の奴らの驚く顔が浮かぶぜ』


 液晶画面に映るのは、ウイルスの侵入と目標達成を告げる文言。

 それまで海岸線目指して直行していたドローンは上書きされた目標地点へと軌道を変え、緩やかに弧を描きながら仲間の待つ場所を目指す。

 ……そこまで来て、一仕事を済ませた青年は大きく安堵のため息を吐いた。

 彼ら「本土人」に対しては接触は禁止。今は様子見に徹せ、という神官たちの通達を受けたものの……彼らには彼らなりに止むをえぬ事情があった。

 この「フォーランド」では、電気は《破局》の時代に生産された発電施設で賄われてきたが……その供給される電力は次第に減少の一途をたどっている。経年劣化によるものだと説明は受けているし、それもやむなしと耐え忍んできた。だが、この数か月で神官たちから送られる電力の供給量は、食料生産プラントの稼働に深刻な影響を与えるものだったのだ。


 だから、彼らは数名の仲間と共に『ビッグ・ジョー』の盗難を決行した。

 どうせ本土人は安全な壁の向こうからやってきて豊かな生活をしている奴ばかり。被害者なのだから加害者から少しぐらい詫びがわりに盗難して何が悪いだろうか――そういう意識が彼らにはあった。


「……ウーヌスやオーラ様には知らせるなよ」

『もちろんだ』


 今の時期は本土人との接触が始まる直前だ。二人からは絶対にトラブルの種になるようなふるまいは止せ、と第五世代の若手たち全員に命令はしていたが……被害者意識と、切迫した電力不足の二つを前にすれば、仕方ないんだ、と自己弁護をし始める。

 彼らの掟や常識から鑑みても獲物の横取りは恥ずべき行為であり……その疚しさが、覆面で顔を隠すことを選ばせた。


 今だけは良識に昼寝をさせる。この獲物の発電装置を利用すれば再び食料プラントを再起動させられるんだ――そう思った時だった。


 急に、目に見えてドローンが速度を落とす。

 何者かにハッキングされたのか? と驚きながらも盗難犯が叫ぶ。


「お、おい、どうしたっ!? 減速してる、本土人のネットワークの外に逃げたんじゃないのか?!」

『わからない、少し待ってくれ!』


 この犯罪の共犯、電子的なバックアップをしてくれる仲間の焦りの声が響く。


『なんだこりゃ、防壁も何もかも無視していきなり命令を書き込まれたみたいに……』

「今すぐ接続をきれ、何かヤバいぞ!」


 盗難犯が通信越しに叫ぶ。予想外の事態が起こっているのは分かるが、しかしその正体がわからない。

 予想外のアクシデントが発生したならまずは身の安全を確保しなければ、そういう思いで撤収を指示するが……通信から帰ってくるのは仲間の驚きの声だった。


『……なんだ? くそ、くそっ、見つかった!』

「なに?!」

『本土人の強化外骨格エグゾスケルトンだ! 接続を切る、そっちも無事に……』


 ぶつん、と通信が切断された音に、盗難犯は背筋につららでも差し込まれたような心情になる。

 冷静に考えれば、すぐさまここから逃げるべきだろう。ドローンの飛行速度は低下する一方。第五世代の自分たちなら生身で飛び降りても問題なく着地できる。

 だが……足元にある『ビッグ・ジョー』の残骸を見るとそれもためらわれた。

 こいつの中にある核融合炉は、自分たちが抱える諸問題を一挙に解決できる切り札だ。このまま打ち捨てるには惜しい。ワイヤーを切断して地上に落してから手勢を集めて回収するか? とも思うが、回収が遅れれば神官たちに独占を許す。

 なら直接ドローンの制御にアクセスして命令を書き換えるしかないが……そういう方面に疎い自覚があるからこそ、盗難犯は実行役を選んだのだ。思わず悪態が出る。


「なんだよ、なんだってんだよ! なんでいきなり制御を乗っ取られんだよ!!」

「ジャックしたのは機械支配能力マシーンドミネーションだ。最近ようやく……能力を使えるようになってきたんだよ」


 ……盗難犯は、耳元に囁くような声を受け、昼間に幽霊に出くわしたような驚きで周囲を見回す。

 当然だが周りには誰もいない――にも拘わらず、彼の勘は近くに敵がいると伝えていた。この時腰に下げていた山刀マチェットに伸ばしかけた手を止め、代わりに相手を気絶させるスタンバトンを握りしめる。


「誰だ、出てこい!」

「盗人のわりに堂々としてるじゃないか、ええ?」


 その声は……足元よりも下、恐らくは『ビッグ・ジョー』の下から聞こえてきた。

 だが飛行し続けるドローンの、なんの足場もない場所にしがみついてついて来たのか? そう思った盗難犯は……垂直の壁に等しい『ビッグ・ジョー』の背中を、まるで自宅の庭のように落ち着いて歩いて昇ってくる相手の姿に気づいた。

 電磁吸着で、垂直の壁を昇りながら――ユイト=トールマンはブレードを抜いた。そのまま、峰を返す。相手がスタンバトンを選んだから彼も峰打ちを選んだ。そうでなかったら斬り殺していたのでは、と思えるほどに冷ややかな敵意に満ちていた。


「……この『ビッグ・ジョー』は俺の弟子たちが情報を集め、罠を張り、穴を掘り、地道な努力を積み重ねてようやく撃破した『成果』だ。

 それをただ黙って見ていただけの連中が、横槍を入れて掻っ攫おうだって?」


 切っ先を向け、ユイトは吐き捨てるように言った。


「そいつはさすがに……通らんだろ」

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