第373話 撃墜、その次
のそり、のそりと『ビッグ・ジョー』は森の中を歩む。
遮蔽物も多いこの中ではミサイルなどの誘導兵器は用をなさないし、例え歩兵が歩いて構えようとも有効射程に入り込めばセンサーが感知する。
それよりも、使い果たしたミサイル武装の再補充のほうが重要だった。
『ビッグ・ジョー』は与えられた命令を忠実にこなす無人兵器だが、この巨躯の頭脳、戦術AIにとっては自分の状態が万全ではないことにストレスを感じている。
ぎゃっぎゃ、と猿ども……パイナップルエイプの叫び声が聞こえた。
近い、自分の接近に気付いて警戒の声をあげているのだろう。ブースターを点火し、頭上の木々から木々へと飛び移っている猿どもに腕を向けた。ばすんっと射出されるアームが猿の五体に突き刺さり、非殺傷レベルに抑え込まれた電撃が対象の意識を奪う。地面に落下したそれを、『ビッグ・ジョー』は巨大な口蓋で銜えこんだ。
口蓋部の破砕ユニットが閉鎖し、対象を破砕、咀嚼して飲み込む。
――もどかしい。
戦術AIに不満の意志が奔る。
『ビッグ・ジョー』にとって猿どもなど抹殺することは容易い。
口蓋部に内蔵した荷電粒子砲を20%ほどの低出力で照射すれば皆殺しにさえ、難しくない。しかし目的は捕食。対象の生体炸薬を取り込み、ミサイル兵器に利用するためだ。
強烈なプラズマの炎に焼かれれば利用するべき生体炸薬も諸共に消し炭にしてしまうだろう。
――もどかしい。
こんな猿どもを手間をかけて始末しての現地調達。
自分の生まれ故郷であれば造物主たちはすぐさまメンテナンスを行い、消耗したミサイル弾頭を補給してくれたはずなのに。『ビッグ・ジョー』の主たちと同じ小さなものはこの地にもまだいたが、主人であるはずの認証コードを持つ人間はどこにもいなかった。
センサーが劣化する。補給も補修も足りない。メンテナンスフリーであっても限界はある。
自分が万全でないことに鉄の巨獣は不満を覚えながらも……猿どもの住処を目指す。
その途中で、聴覚センサーに不思議なものを捕らえた。
通常、猿どもは木の上で鳴き声や生活音をさせるものだが、これは地面近くから聞こえてくる。しかも自分の歩行音が確実に検知できる距離になったのに、まだ逃げない。
進めば鉄の檻に囚われた猿どもがぎゃあぎゃあとわめいていた。
これはいい、捕食が楽になる。
……だが、こんな事あり得るのか?
……もし、この時『ビッグ・ジョー』が生産直後で、自分を破壊しうる高度な兵器があちこちにあった時代なら、この奇妙な状況を警戒しただろう。だが100年近くの時間が、その弛緩が、戦術AIに安易な判断を許してしまった。
この森の中で自分の装甲を貫ける兵器などどこにも存在しなかった。気に留めるものなどなにもない――そう思った瞬間だ。
四方八方から金属反応が飛来する。
当然ながら常時展開される
「着弾を確認!」
「退避!」
恐らくは光学迷彩で姿を隠していたヴァルキリーたちが、ワイヤーアンカーの射出ユニットを投げ捨てて全速力で逃げ出していく。
同時に巨大な牽引機が『ビッグ・ジョー』の五体を引っ張り始める。
馬鹿め、鋼の巨獣は敵の儚い抵抗を無感動な心の中でせせら笑った。
ブースターを起動させ、パワーを上昇させる。この程度の力で自分を引き裂こうなどと片腹痛い。久々に自分を倒そうとする敵の存在だ。脳髄があれば彼の意識はアドレナリンで煮え滾っていただろう。
だが……そのワイヤーも『ビッグ・ジョー』をその地点で固定するための撒き餌でしかなかった。
地面が突如として左右に割れて火を噴く。
それは地中埋設型の地対空ミサイル《SAM》だった。至近距離で放たれたそれは、下腹という敵に絶対に晒さない位置に設置された排熱ファンを正確に射抜き、内部の機構を貫通して致命的な破壊をもたらす。
『ビッグ・ジョー』はその巨躯を、断末魔めいて痙攣させたが……ゆっくりと身を横たえた。
彼を設計した科学者たちの一抹の理性が、彼に抵抗を止めさせた。
……内部に搭載された核融合炉。意図的に暴走をさせれば周囲を消し飛ばす致命的な破壊を引き起こせる。
けれども彼を設計した存在は、自爆による周辺への二次被害――その大爆発が引き起こす無差別破壊は人道に反すると考え、排熱ユニットが破壊された場合はそのまま抵抗を止め、システムを停止させるように命令を残していた。
その戦術AIは、与えられた任務を遂行しきれなかった申し訳なさと。
……ようやくまともに
「撃破確認」
「やっとかぁ……」
鋼の巨獣、『ビッグ・ジョー』がようやく機能を停止させる。
実際にやってみれば一時間に満たない実戦だったが、しかし上手く事が運んだのは入念な準備があっての事だろう。肉体的な疲労で言うなら、前準備のほうがはるかに大変だった。
指揮所で指示を出すアズサの声を聴きながら、ワイヤーガンで位置を固定させたヴァルキリーたちが戻ってくる。
「ポイントPにて目標の機能停止。
ガイガーカウンターに反応なし、放射能汚染の心配はありません。キリヤ装甲歩哨に頼んで回収用のドローンを回してください」
『了解、周辺警戒と搬送の準備のメンバーに分かれて作業を開始して』
「了解。さ、じゃあ始めようか」
先ほど『ビッグ・ジョー』の四肢に吸着した電磁磁石はそのままに。ワイヤーの先端にフックを装備して輸送の準備を始める。他のメンバーは周辺警戒をしたり……野に放っても危険なだけのパイナップルエイプが閉じ込められた檻へと銃を向けて引き金を引いて処分する。ちょっとむごい気もするが、危険生物なので仕方ない。
彼女達は巨大な鉄の怪物の上に乗って記念撮影するようなことはしなかったが……完全に機能停止した相手に気が少し緩んでいたのだろう。
「……ん?」
「どしたー?」
「なんか木の上で動いたような……」
拡張現実を介してズームにするが……特に何もない。
このあたりで光学迷彩を装備したモンスターはいないはずだ。問題はないよな、と確認した頃に……遠方からローター音を響かせ四機のクアッドコプターが飛来する。例えこの時に不自然な物音が起ころうとも、ローター音でかき消されただろう。
キリヤ装甲歩哨で使用されている重攻撃ドローン『睥睨』だが、武装、装備をモジュール方式で簡単に着脱できるこのドローンは今回、空輸用のワイヤーを持っている。地上へと垂れ流されたそれらをヴァルキリーたちが手に取ってフックに括り付け、しっかりと固定。
「回収したら中の核融合炉を取りだすんだっけ」
「ほっといてもいいもんじゃないからねぇ」
機能停止したとはいえ、核物質だ。核ミサイルやら原子力発電所へのアレルギーは彼女達にもある。
だが放置すれば危険極まる代物でも、適切な知識のもと処理、利用を行えば力になる。実際にここから遠く離れた『ブルー』の内部で新しい核融合炉が手に入った喜びでサンの電子回路がフィーバーしている事は誰も知らなかった。
「ワイヤー固定よし」
「フック結合完了」
「空輸の準備完了、上げていいよ!」
『了解』
遥か彼方海の向こうにいるドローンオペレーターからの頷きの声が響く。
鋼の巨獣は四機のドローンによってゆっくりと空中へと浮き上がっていった。これから海岸近くにいる『ブルー』へと持ち帰り解体作業に移る。
その姿が上空へと持ち上がり、ゆっくりと加速を始めようとした瞬間だった。地上から見送っていたヴァルキリーの一人が……木々から飛び上がり『ビッグ・ジョー』に飛び移った何かの姿を見たのだ。
もっとも距離もあったし、一瞬の出来事だったが……幸い彼女らの視覚はネットワークで接続され、仲間とも共有できる。
先ほどまでの映像を呼び出し、ズームアップして確認すれば……その物体に何が飛び移ったのか確かめるのはそう難しくはなかった。
――現地人と思わしき人間が、『ビッグ・ジョー』を輸送するクアッドコプターに飛び移った姿に異常事態発生の第一報が放たれる。
指揮所のメンバー全員に緊張が走ったのは、すぐのことだった。
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