第372話 巨獣殺し




 一見すれば、その鋼鉄の巨獣はまどろんでいるようにも見える。

 その巨躯を横たえ、周りのすべてに興味を無くしたように沈黙と停止する姿は、自分を害するものなど存在しないと確信する、絶対的な強者の威厳に満ちていた。

 傲慢、とは言えない。

 事実、『ビッグ・ジョー』は製造されてから百年近く無敗だったからこそ、今もなお稼働し続けている。

 だが、老いが、過ぎ去りし時間が人から力を奪うように、『ビッグ・ジョー』もその宿命からは逃れられなかった。

 経年劣化がセンサーの性能を少しずつ摩耗させ、稼働のたび関節部から異音を響かせる。電力供給を受け続ける限り半永久的に稼働し続けるはずのナノマシンも完璧ではないのだろう。

 とはいえ、問題はない――生産当時の性能は保持できずとも、その戦闘力が『フォーランド』の現地人や多種の生体モンスターと比べても隔絶しているのは確かだ。

 そんな自分を破壊できるものなど存在しない。

『ビッグ・ジョー』の戦術AIはいつものように待機状態を維持する。今日もそのまま過ぎ去るはずだった。



 ひゅ~、と独特の飛翔音が響きわたる。



『ビッグ・ジョー』の収音システムが検知すると共に音紋を確認。

 迫撃砲による砲弾の曲射だ。今まで眠るように沈黙していたとは思えない速度で機敏に起き上がると……深い木々に切り取られた小さな木々の隙間から砲弾が落下してきたのを確認する。

 至近距離で連続して着弾。

 砲弾のすべてが小型の稼働翼を備えており、観測ドローンの誘導に従って位置を調節するスマート砲弾だ。ほとんど狙いを外さずに至近距離で引き起こされる爆発。

 だが……『ビッグ・ジョー』の強固な電磁装甲ヴォーテックスシールドと素の装甲の堅牢さの前では榴弾の至近爆発さえまるで意に介さない。カメラアイを稼働させ、誘導を担当するドローンをいち早く確認すると、胴体下部に申し訳程度に設置された小型アームを動かし、射出する。ワイヤーで本体と直結したアームはドローンに突き刺さると、即座に破壊的な高圧電流を解き放ち、対象を一瞬で焼きつぶした。

 

 森の外に出る。


 障害物がなくなり、道が開ける。

 窮屈な森の中から平地に出た『ビッグ・ジョー』は後背に設置されたブースターユニットを点火。

 すぐさま飛来する砲弾の発射地点を逆算し、突撃を始めようとする――だが……それよりも早く自分をロックオンする攻撃照準波を検知。

 この時、空中には16基の浮遊物体が存在していた。

 そのうちの4機は『キリヤ装甲歩哨』の運用する重攻撃ドローン《睥睨》だ。だが、今回は積載量で大きな割合を持つ二門のミニガンや電磁装甲ヴォーテックスシールドの発生システムを取り外し、対地ミサイルを運搬するだけのミサイルキャリアーとして運用していた。


『攻撃目標を検知、攻撃開始!』


 電子空間を介し、ここから海を経て遥か彼方の安全なオフィスで戦闘をおこなうドローンオペレーターたち。

 ガントリガーを引くと同時に噴煙の尾を引きながら空対地ミサイルAGMが一斉に発射される。


 だが、『ビッグ・ジョー』にとってはこんな相手の迎撃など慣れたものだった。

 核融合炉からエネルギーを供給、腹部下の唯一の弱点である排熱ファンが高速で回転する。口蓋内部に搭載された荷電粒子砲を低出力照射開始。


 それは、まるで長大な炎の剣を一閃したかのようだった。


 低出力でも千℃を優に超える熱線がミサイルの耐熱限界を一瞬で突破。次々と空中で爆散する。

 同時に『ビッグ・ジョー』は反撃態勢に移った。背中の上、装甲の内部に格納されたミサイルランチャーを展開。敵のレーダーが一瞬塗りつぶされるほど強烈なレーダー波を照射して……空中目標16基を同時補足する。



 ……この時、投入された四機の重攻撃ドローン《睥睨》は捨て石であった。

 そして残る12機の空中目標は、そもそもドローンではなくダミーバルーンだ。事前に『ビッグ・ジョー』をつついて性能緒言を確認し、相手が画像認識式でミサイルをロックするタイプと判断してのことである。画像認識式のミサイル誘導は、熱源欺瞞フレアに引っかからないという利点はあるが、こういう場合には有効だ。




「……これは、生身じゃ無理だね」

「うん……」


 ――……その戦場を俯瞰で眺めるのは、『マスターズ』の本拠地『ブルー』から少し離れた指揮所にいるヴァルキリーたちだった。

 今回の作戦で、あの化け物に対して白兵戦を演じるより、罠とドローンで嵌める作戦を取ったが、正解だった。あの火力と防御力相手に太刀打ちできないとわかっていても、数値を見て推測するのと、実際に見るのとでは大きな違いがある。

 その中で作戦を主導するアズサが言う。


「よし、『ビッグ・ジョー』にミサイルは使わせた。後は大味の荷電粒子砲だけだよ!」

「だけとは言うねんけど、最低出力でもウチらを照り焼きにするには十分すぎんねんやけどな」

「アズサ、『キリヤ装甲歩哨』だよっ、あとはボクらにお任せするって!」


 そんなアズサの台詞に被せるのはマコ=ウララのミラ=ミカガミの二人。

 すっかり三人組として後輩たちに認識される彼女らはひとまずの作戦目標が完了したことに安堵した。


「これで、ミサイルを使い果たした『ビッグ・ジョー』はパイナップルエイプの捕食に集中。

 体内にある生産モジュールで捕食したパイナップルエイプの生体炸薬を内部の製造モジュールで濃縮してミサイル用の炸薬に使用して生産するんだったね」

「機械生命のはずやのに、マジもんの生命みたいやなぁ」

「予定通り『ビッグ・ジョー』は方向を転換。パイナップルエイプの群生地に向かってるみたいだよっ」


 パイナップルエイプからすれば心の底から迷惑な話であろうが、生かしておいてもどうせ人々を苦しめ傷つけるだけなので一同は気にしなかった。そして、相手がミサイルを使いつくして補充を行おうとするなら行動も読めるし、罠も張りやすくなる。

 あとは罠が上手くいくことを期待するのみだった。


「よし。監視メンバーを除いて一時休息に入る」

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