第371話 落とし物の繋ぐ縁
ごごごごごご、と大型の機械が低くて重々しいエンジン音を響かせている。
円盤型の巨大なドリル部分を回転させてゆっくり地道に進んでいく姿を見れば、どこかの地面にトンネルでも掘っているのかと見まごう姿だ。
あながち、間違いでもない。
ユイトがこの『フォーランド』の現地人と接触する目的の一つに、化外の地扱いだったここを便利にすることがある。まぁ現地の人間からすれば余計なお世話かもしれないが。
ユイトはサンに呟く。
「作戦の内容は誘導と拘束、そして地雷か」
『最も確実で被害のない作戦です。わたしの戦術システムも妥当、適切と判断しました』
「任せるよ」
地中に穴を掘り、その真上におびき寄せる。
どうやって? と言うとそのあたりは今も詰めながら進めているそうだ。だがトドメは地雷……もしくは地雷に類する何かだそうだ。
ユイトはちょっと楽しみである。
スペックを確認すれば十分化け物と言っていい『ビッグ・ジョー』をどのように破壊するのだろうか。想像できない事を彼女らがどう成し遂げるのか。
もちろん危険だってあるだろう、心配や不安がない訳ではない。
しかしドンパチやるのが仕事の傭兵にそこまで気遣いもできなかった。神仏に祈る気持ちはこういう時に芽生えるのだろう。
欠員なく今回の仕事も終わらせたいな、と思った時だった。
ユイトは、拡張現実に写るサンが怪訝そうな顔をしているのに気づく。人間とのコミュニケーションをとる目的で作られた彼女は、ガーディと違いこういう表現が事細かだ。
「トラブルか」
『……判断に困る事態が発生しました。
ユイト、サザンカは覚えていますか』
ああ、と頷く。
以前ユーヒとマイゴの二人が卒業していったん独立した直後に拾ってきたヴァルキリーの娘だ。
二人が『マスターズ』に合流してから、サザンカはそのまま大勢の同胞らと一緒に基礎訓練に邁進。卒業生の一人として同級生らと一緒にチームを組んでいたはず。ユーヒやマイゴとの関係も当然良好で、アンジェロの歌に耳を傾けていたりと今の生活を楽しんでいる様子だった。
「何か問題でも?」
『……少し奇妙な状況に遭遇したようすです』
事の始まりはトラブル発生の日。サザンカは仲間達と一緒に『マスターズ』の設置した前線基地に慌てて帰還した。
調査自体はつつがなく終了している。予想外のモンスターと遭遇した仲間達の応援に駆け付け、戦闘が終了したタイミングで……急な帰還命令を受けた形だった。
「なんだったんだろね、あれ」
「アズサ先輩が何かヤバいのと遭遇したって聞いたよ」
「全員を帰還させるなら相当だよね」
こういう場合は上のメンバーが作戦内容の修正を行う。それまで彼女達の仕事は体調を万全に整えることだ。
シャワーを浴びて、ご飯を食べる。そのあとはお気に入りの音楽を聴いてダウロードした漫画でも読もう……そう考えていたのだが、サザンカはそこで重要なものが抜けていることに気づいた。
「あれ? ……ないっ?! 端末ない?! 落とした?! マジで?!」
「あぁ……やっちゃったねぇ。次出るときに探したら?」
仲間たちが慰めの言葉をかけてくれる。
もしこれが、『マスターズ』に入るまえだったら支給品の携帯端末を紛失したと上に伝えた場合、相当きつい折檻を受けただろう。それこそ彼女達自身よりも高価なものを失くしただと責められながら。
ただ『マスターズ』はそういう理由で責めることはない。
支給されている携帯端末は、性能はそこそこだが高価というほどではなかった。高価なものが欲しければ私物として購入もできるぐらいに貯金もある。いざ賠償を求めらても弁償できるのだ。余裕があるからこそ、人生が終わったような恐怖を感じることはない。
しかし……それでもがっかりする気持ちは隠し切れなかった。
朝からつい先ほどまで順調な一日を過ごしていたのに、突如ケチが付いたような感覚。画竜点睛を欠くとはまさにこのこと。
せっかくあの端末にお気に入りの音楽や漫画を入れていたのに。仲間の端末を貸してもらってログインしなおせばそれでいいけど入力が面倒くさい。サザンカは酒保で買える商品で、一番高いローストビーフのパックでも買って気持ちを挙げようと心に決めたのだった。
数日が経過してから、ようやく失った端末を探す機会が訪れた。仲間に用件を伝えたあと、単独で進んでいく。
『携帯端末の位置はネットワークで検知しています。位置から推測すると先日の救援に向かった際に落したようですね』
「ありがとサン!」
『……お礼と名前を呼ぶのを略されると、ありがとさんと言われてるみたいですね』
今度は自分の発言がサンをもによらせているとは思っていないサザンカ。
アサルトライフルを強化スーツを身に纏い、空中を浮遊するドローンに目を向ける。
当然だがこの『フォーランド』には電波は通っていない。そのためにWi-Fiを積んだドローンを一定距離ごとに配置し、ネットワークを形成している。もちろんサザンカの携帯端末にもGPSが搭載されていた。見つけ出すことは難しくない。電波が発信されているならモンスターが踏みつけて破壊していることもない、はずだ。少なくとも今の時点では。
「えーと、このあたりのはずだけど……」
そうして拡張現実に表示されるマップに従ってきたのだが……サザンカは首を捻った。
見当たらない。位置はここで、確かにこのあたりにあるはずなのに……?
『サザンカ、位置情報を再度更新します』
「うん」
GPSは位置情報を教えてくれるが高さに関してはそうではない。それでも間近にあるはずなのだが……サザンカは以前紛失した携帯端末の位置には木が立っていることを再度確認した。
ぐるりと周囲を回ってみるがやはりない。
『位置情報ではちょうどその木の位置なのですが』
計器が故障しているとは思わない。
しかし……携帯端末を紛失したとしてまさか木の枝に引っかかっているとも考えにくい。それでもいたずらな鳥が銜えこんで巣に運んだ可能性を疑い、強化スーツのパワーに任せて駆け上がってみたが、やはりなかった。
どこにあるんだろう? と思って首を捻ったサザンカは……そこで、木のうろがあることに気づいた。
アニメや漫画でリスが巣を作っているような、木の幹にできた空洞部分。……いや、まさかこの中にあったりなんかないよね……? と思いつつ中を覗き込んでみる。
「……箱?」
中には小箱。木製で出来たそれを手に取り、蓋を開けてみる。
サザンカがデコレーションしたシールのついている携帯端末。
それが、まるで子供が隠した宝物のように保管されていた。
「どういう事なのかな」
奇妙な事態だった。
もし『マスターズ』のヴァルキリーがサザンカの携帯端末を拾ったなら、帰還した後で渡されるだろう。
モンスターが拾った? 豚に真珠、宝の持ち腐れだ。踏みつぶしても知らん顔だろう。だからこれを拾って隠した人がいるはずなのだが……。
「……あの、サン。もしかすると……私の端末を隠したのって、現地人?」
『可能性はあります』
携帯端末の価値を知っているなら、100年間本土と断絶していた現地人の可能性が高い。
100年前の《破局》では当然携帯端末は存在していた。今も現役で動いている端末を見かけて、だいたいの操作法を知っていてもおかしくなかった。
「重要なデータはロック外れてないか」
この携帯端末は『マスターズ』が購入して全員に分配している支給品だ。携帯電話やネットワークにアクセスしたりする行動は誰でも使えるように設定されている。
代わりに個人のメールアドレスや作戦内容のデータなどを閲覧するには虹彩認証、指紋認証とセキュリティを突破しなければならなかった。
これを他の組織の人間に知られたなら事である。
サザンカは予備の端末から有線で接続して、サンに確認をしてもらう。
「サン、どう? これを取った人、何を見てる?」
『ログを確認中。
……バックグラウンドで音楽を鑑賞しながらサザンカがダウンロードしていた漫画を読んでいます』
「え?」
『試しにパスワードを入れてみた記録もありません。
漫画と音楽のみにしか興味を示しませんでした』
サザンカが実に意外そうな声をあげるのも無理はない。
それらのデータは優先度、重要度など低い。とっても。もしこれが現地人の手にわかって情報を抜き取られていたなら叱責や減給は免れないと思ったのに。
どうして、そんなものに興味を示したんだろう。
……事情を聞かされ。ユイトは首を捻った。
「――確かに妙だな」
ユイトの目の前でドローンが空輸のために発進していく。サザンカが紛失した携帯端末に第三者が触れたかどうかを確認するため指紋検証セットを積んでいた。
奇妙な話だ。
『フォーランド』の現地人が携帯端末を拾った。
もしそんなことになったなら彼らはすぐに自分たちの本拠地に持ち帰り、ネットワークに侵入して情報を抜こうとするか、あるいは分解してこっちの技術水準を確かめようとするか……そのあたりだと思っていた。
だが、作戦内容へのハッキングもなく、求めたのは音楽と漫画のみだった。
「……娯楽に飢えている?」
『可能性の一つとしてあげられます』
現地人も電力施設はあるはずだ。先日見かけた『ビッグ・ジョー』の残骸から核融合炉を摘出し、利用するだけの知識もある。決してテクノロジーに無知な蛮族などではない。拾った端末を充電して長い時間使い続けられるぐらいできるはず。
なのに、隠す様に木のうろに箱で保管していた。こっちのWi-Fiの電波が届くギリギリの位置で。
箱で保管したのは、たぶん風雪で破損するのを防ぐため。
持ち帰らずに隠したのは……想像になるが。
「……仲間に見つかると取り上げられるため?」
『……与えられる情報を限定し、上に従うように特異な教育を施しているのかもしれません』
サンの意見は頷ける。物語や音楽、普通の娯楽に飢えているのかもしれない。
ユイトは少し考え込んだ後、指示を出した。
「サン、サザンカに頼んで落した端末を箱に入れなおして元の場所へ。
メモ張も挟んでくれ。『たくさんあるから気にせずに使ってほしい』と入れてな」
『了解』
『フォーランド』の現地人は、確かに『マスターズ』『シスターズ』の上陸を受けていったん様子見に徹しているだろう。
だがそれでも監視ぐらいは続けているはずだ。その中の一人が、サザンカの落していた端末を拾った……そんなところだ。
現地人はRS-Ⅱを女神と崇める宗教染みた組織によって統率されている。その支配体制にとって自由に知識とアクセスできる端末は都合が悪いから、手に入らないようにしているのだろうか。
……『フォーランド』の知識はほとんどがオーラとウーヌスより聞いたものばかり。
もっと多方面からも知識と理解を深めたいと思っていたところだ。なら、このたまたま落とした端末が和平や友好を結ぶきっかけになるかも知れない。
駄目だとしても失うものは何もなかった。
試す価値は、十分にある。
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