第370話 怪我一つ、傷一つなく


 ここにいるヴァルキリーのほとんどは、かつてはアズマミヤ都の傭兵企業が節税対策として雇い入れていた割引クーポンたちだった。常に他の大人たちに抑圧されており、叱責や罵倒を受けないか周囲を気遣うようにおどおどした様子が印象に残っている。

 けれど、今は自由闊達に意見を交わし、胸を張って堂々と討論を続けている。

 カレンの古巣である『シスターズ』だってここまでのびのび振舞う事はできなかっただろう。



 ところで。

 カレンは変なものを見つけた。何やら自分の噂話を聞きつけたのか、ガーディ……サンを介さないと意思疎通が不可能な超高性能AIの銀髪幼女アバターが、スカイネストの性能を『へー』と感心して聞いているヴァルキリーたちの傍に一瞬で現れると両手でダブルピースしていたりする。自分に関心を持たれるのが嬉しくて仕方ない、が、通訳のサンの意見であった。

 実体を持たないスカイネストのAI、ガーディであるがVR空間なら存在できる。

 こういうAI、割と自己顕示欲強いわね……とあきれるカレンだったが、勝手に行動しているらしいサンが現れて取り押さえようと手を伸ばし……二人は瞬間移動じみた動きを繰り返して鬼ごっこを始めだした。

 ビシュン! ビシュン! とカッコいい効果音と共に目まぐるしく動く二体のAIはなんかのマンガかアニメのようである。




『ビッグ・ジョーと交戦していた時なんだけど……熱かった。

 多分排熱していたんだと思うけど』


 カレンが鬼ごっこを呆れたような目で鑑賞していると、声がする。

 実際に目と鼻の先にまで『ビッグ・ジョー』が近づいていたアズサだ。


『排熱かぁ。動力が核融合、荷電粒子砲なんてものを持ってるんだから相当強力な排熱、冷却システムを積んでるはずだけど』

『排熱ファンの位置はどこー?』


 アズサの一言をきっかけに新しい方面から攻略法を模索し始める。

 鏡のアバターであるミラ=ランの声が響いた。


『マスターがビッグ・ジョーの残骸と接触してるよ。アズサの持ち帰ったデータでは死角になって確かめられなかったお腹の部分だ。合成してみよう』


 これまで『NO DATA』の文字で埋め尽くされていた下腹部に精密な映像が補足される。

 彼女たちの疑念通り、下腹部、地面に平行になっている部分には排熱用のファンが設置されていた。


『排熱用のファンだ! ここなら通常火器でも攻撃が通るんじゃない?』

『でもここに銃弾を撃ち込むには肉薄の必要があるけど。ミサイルと荷電粒子砲を掻い潜って潜り込める?』


 もちろん『ビッグ・ジョー』を設計した技術者も、高出力の兵器であればあるほど排熱と冷却の問題が避けて通れないことを知っているはずだ。

 事実、強固な電磁装甲ヴォーテックスシールドに加え、遠距離からの射撃が通らない位置に設置された排熱ファンは弱点にはなり得ない。

 だが、光明は見えた。

 この弱点を突ければ『ビッグ・ジョー』を倒せる。


『セオリーで言うなら、こんな怪物を倒すのは戦闘機から発射された対艦ミサイルだけど』

『マスターはこれを歩兵で倒せ、と言ってるからそれは無理』

『じゃあどうにかして口蓋部の荷電粒子砲、腕みたいなアンカーアームを掻い潜って肉薄する……できそう?』

『荷電粒子砲は最低レベルの照射でも人間の防具で防げる威力を超えてるよ。難しいなぁ』


 だめかなー、と一人のヴァルキリーの声がする。

 まるで下腹部の排熱ファンに近寄るものを狙うような位置に、小型のレーザー機銃がふたつ設置されている。


『今まで分からなかったけど、映像で補足してもらったここ。

 ……二門、レーザー機銃が設置されてるよ。たぶん対歩兵用、接近する敵を始末するためのものだね』

『さすがに真っ当な手段じゃ倒せなかった超兵器なだけはあるよね』

『じゃあ有効な戦法として地雷を挙げとこう』


 全員の視界に共有される『地雷◎』の文字。

 確かにそうだ。『ビッグ・ジョー』は装甲も火力も怪物的だが、人間ほど柔軟な発想や警戒心とは無縁だ。もちろんセンサーはあるだろうが、それらを騙す手段さえあれば地雷などで相手の排熱ファンを破壊できるかもしれない。


『……ねぇ。一応確認なんだけど。

 首尾よく排熱ファンが破壊できたとして、メルトダウン起こして核爆発なんてことないよね?』

『あー。取らぬ狸の皮算用っていえばそうだけど、さすがに核爆発の阻止は事前に考えとくべきだ』

『サンに頼んで核融合炉の安全な止め方も調べてもらおう。さすがにちょっと……これは畑違いすぎる』


 よしよし、とカレンは頷きながら彼女たちの意見を聞き続けていた。

 もちろん熟練の戦士であるカレンやレオナらは、『ビッグ・ジョー』を倒すためには排熱ファンを破壊し、制御AIに核爆発を防ぐための自主的な機能停止を促すのが一番と知っていた。

 だが、彼女達はその結論に自分たちで会話し、推理し、想像して辿りついた。そういう経験こそが後々で生きてくるはずだ。

『マスターズ』のやろうとしたことが今目の前で結実している。


『ビッグ・ジョーは索敵能力をドローンや他の機械的モンスターに依存してるんだよね。

 それじゃ敢えてハッキングさせるってのはどう?』

『あ、そうか。乗っ取らせて誤情報を送りこんだり、自爆させて一時的なセンサーの機能不全に陥れるのか』

『ビッグ・ジョー本体のセンサー性能もチェックする必要があるよね。キリヤ装甲歩哨に頼んでつついてもらう?』

『どんどんいこ、どんどん。どうせドローンの払いは企業だよ』


『マスターズ』で訓練を受けたヴァルキリーは300万の費用を出世払いで払わなければならないが、その300万より高価な装備を使い潰すのも平気な様子だ、いい感じでずぶとくなりつつある。

 

『みんな、良い感じね』


 だからカレンは思わず、といった感じで穏やかに笑いながら彼女たちの会話に紛れ込んだのだが。

 カレンの言葉をきっかけに議論を交わしていた彼女らが一瞬で動きを止める。此処にいてはいけない人の存在を知ってしまったかのようだった。


『カレン教官はここにいちゃだめですー!』

『そーだよー、お弟子の晴れ舞台なんだからー』


 そうしてこのVR会議室を立ち上げたミラ=ランが管理者権限でカレン教官をログアウトさせると……はぁ……とため息をこぼした。

 カレン教官を追い出すような形になってしまったのは多少心苦しい。

 だが……今の彼女ら、『マスターズ』の卒業生は、カレン教官には自分自身の体の心配のみをしてほしかった。

 誰かが声を挙げる。


『ええなみんな! 『ビッグ・ジョー』の破壊は当然や、せやけどまず第一は全員生還やで!』

『教官にはなんの心の憂いもないように。安心と安堵のゆりかごにいてもらうからね!』


 今まで誰からも顧みられることがなかった自分たち。貧困のどん底で立身出世の芽などどこにもない、蟻地獄じみた現実に、救いの手を差し伸べてくれたのは『マスターズ』だ。

 その創始者夫婦がこの度おめでたなのだから、彼女たちの士気は本当に高かった。

 だからこそ、命は絶対粗末に扱えない。たぶん、自分たちが一人でも死んだりしたなら……あの恩人夫婦の心に影を落とすだろうから。

 生きる。生き延びて300万円分の負債をすべて完済する。

 そして彼らにはなんら心に憂いも残さずに、明るい未来を手にしてもらうのだ。

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