第369話 作戦会議中



 サモンジ博士の研究室はブルーの船体内部、その一角にある。

 ローズウィルとの一件以来、スペースを確保した科学者はたいていの場合はここにいた。

 生体強化学の専門家ではあっても、その知性は研究等に向けられている。医者としても『技量はそこそこですぞ』と言っている割に問診からの正確な診断はサンでさえ舌を巻くほど。義眼の発する光が派手でまぶしいのと、外見があまりに胡散臭いという点を除けばあんまり仕事をしない暇そうなオッサンというのが、普通のヴァルキリーたちの認識だった。


 まぁそんな博士だが、知的好奇心を満たす対象を発見すれば寝食を忘れて研究に没頭することもしばしばであった。


 

 ユイトがオーラより託された第五世代の血液サンプル。

 彼はそれを受け取りさっそく分析を済ませて、その内容をマスターズの幹部……カレンやレオナたちなどいつものメンバーへと発信してくれたのだった。


『結果から申し上げますと、確かにこのサンプルは第五世代に当たりますぞ』

『第四世代との差はなんなの?』


 自宅でちょっとずつ目立ち始めるお腹を自覚し、カレン=イスルギはベッドで横になりながら通信越しに質問をする。

 横では手伝いがわりに時間の開いたブロッサムが、彼女の面倒をかいがいしく見ていた。不便はないが、少しぐらいは自分の時間を持つ様子がなく、カレンとしては少し心配気味だった。


『そうですな。

 遺伝子の方面から説明させていただくなら……第一世代オリジンを生み出す際に改変された遺伝子が、世代を経て『馴染む』と申せばよいでしょう』

『そっか……』


 カレンはお腹を撫でた。

 今子宮にいるユイトと自分の間に生まれる子供。その子供も『第五世代』という事になる。

 ただ、果たして普通の子供になるだろうか? とちょっとした不安もあった。

 カレンは生まれながら陽剛の氣が強く、生まれながら走火入魔を不治の病として抱え込んでいた。サモンジ博士によればこういう症状が遺伝子で受け継がれるわけではない、と太鼓判を押してくれたが。

 そして父親にあたるユイトは嵐の騎手ストームライダーと同一の遺伝子を持ち、生体強化学を大いに極めた剣聖人ブレードセイントだ。こんな二人の子として産まれるのだからかなり凄い才能を秘めているのではないだろうか。

 サモンジ博士は言う。


『……ユイトさんが、ここの現地人の巫女、オーラ氏と接触して持ち帰った情報が正しいなら悪いことではありませんぞ』

『ま、それはそうね』


 カレンも生まれながらのヴァルキリーの体質には苦労させられた。

 そういったハンデを持たず、普通人として生まれてくれたなら間違いなく素晴らしいことだ。

 ……カレンはふと、考える。ヴァルキリー第四世代は生まれ持ったハンデのせいで普通の生活を営むのが困難だ。そのせいでユーヒやマイゴは家族を持たない。アズサは母親には恵まれたと話していたが、アレは希少な例外だったろう。

 生まれついての体質のせいで人生を不幸に過ごしたヴァルキリーが、いざ母親になって子供を産んで。

 その我が子が……自分とは違い、食事量に悩まされず、生まれついて超人的な身体能力を持って生まれてきたなら母はどう思うだろう?


 今のカレンのように『良かった良かった』と素直な祝福の言葉をかける……だろうか。

 だが……カレンはユイトと出会う前はともかく出会った後の人生は右肩上がりだ。自分は恵まれているからこそ子供の体質を喜べるのではないか。

 ……生まれた我が子が、自分と違ってなんらハンデも持たず、むしろ人より優れた超人だった。

 自分は、こんなに苦労したのに……この子は……――そんな風に我が子さえ妬む母親がどうしていないと断言できるか。



 心の中に浮かぶ不安をかき消すように言う。


「……ブロッサム、会議に出るわ」

「わかりましたぁっ、あたくし様もそろそろお暇しますねぇ」


 ヘッドマウントディスプレイを装着し、身を横たえたままVR空間へと意識を移す。

 そこでは今も『ビッグ・ジョー』攻略のための作戦会議が行われていた。大勢のヴァルキリーたちが仮想アバターに姿を変えてわちゃわちゃ動き回りながら、どしん、どしんっと重々しく地面を闊歩する『ビッグ・ジョー』の姿を見上げている。

 実態も質量も持たない精緻なだけのホログラフだが、肌の質感と音を聞くだけで、そこに何十トンものモンスターが存在するのだと脳が錯覚しそうになる。

 そうしていると……空中に浮かぶ鏡のアイコン――ミラ=ランが司会進行役を務めているらしい――がキラキラ輝いて『ビッグ。ジョー』の周囲を一周しつつ口を開いた。


『そんな訳でこの鋼の怪物をどうにか破壊しろ……それがマスターからのお題って訳さ』

電磁装甲ヴォーテックスシールドに頑丈な装甲……質問です! 電磁装甲ヴォーテックスシールドの中和弾があるって聞いたけど?』

『あるにはあるよ。けれども中和弾頭搭載ミサイルは非常に高価だし、たった一発じゃこの怪物を倒すなんて到底不可能だ。中和弾頭のミサイルをつるべうちで倒す……ってのは不可能だねっ』

『過去の資料集にアクセスしたいよー。本土で一体も残ってないってことは、過去に撃破された記録があるってことでしょ?』

『せやねんけど、どーも……こいつを撃破した希少な例は荷電粒子砲発射寸前までチャージしたところに飛び込んだ戦車砲弾が命中、誘爆って偶然のコンボみたいやわ』

『それじゃどうやって当時の人類はこれを全滅させたの?』

『ほら、前のアズマミヤの一件で空を飛んでいた奴。『スカイネスト』のレーザー照射で片付けたみたい』

『装甲と火力に優れた相手を、相手以上に装甲と火力に優れたやつで始末したってか。できるかどうかは別として手堅いわ……』

 

 大勢のヴァルキリーたちを収容する会議室はないが、仮想空間で開催するなら全員が参加できる会議を実施するのも難しくない。

 カレンはみんなの会議を横で聞きながら、現実では身をベッドに沈ませた。

 彼女達は半年前までぼろを纏い、ろくな教育も受けられずにいたが……十分な食料と、砂地に水を灌ぐように大量に与えられた知識のおかげで戦術や戦闘に関する座学、知識も得ている。

 ヴァルキリーという種が優れているのは間違いない。だがどんな原石も磨かなければ輝かない。

 

 ユーヒとマイゴの二人から始まった、小さな人材育成企業の『マスターズ』は、今や百数人以上の原石を磨く組織になった。カレンはお腹を撫でて赤ちゃんに語り掛ける。


「ね、あんたのパパとママは、なかなか大したもんでしょ?」

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