第368話 集中しきれない(だが勝つ)
※昨日も更新しています。
「ご」
ごめんちょっとタンマ、と言おうとしたユイトの声は当然だが顧みられることはなかった。
ヴァルキリーの第五世代?! これまでヴァルキリーは女性しか生まれないはずだった。その希少な例外が、ごくわずかな確率で生まれてくるクゼ議員だったはず。
だが目の前のウーヌスははっきりと男性なのに……その、瞠目に値する速度は、強化スーツのパワーアシスト機能を使っていないとは思えないほど俊敏で強烈だった。
ぐるん、と独楽のように回転しながら横殴りの一閃。
ユイトの動体視力や反射神経なら伏せる、後ろに下がる、どういうやり方でも問題なく対処できたはずだ。
だが、オーラの言った言葉が衝撃的過ぎて驚きで対処が遅れる。
遠心力の乗った強烈な一撃を……ユイトはブレードを構えて正面から受け止めた。
「なにっ?!」
ウーヌスの顔にはっきりと浮かぶ驚愕。
速度の乗った一撃。受けられてもその衝撃で吹っ飛ぶか、姿勢を崩す程度の事はできると考えていたのだろう。
しかしその手ごたえは盤石そのもの。そのままユイトはブレードの鍔で槍をかち上げ相手の姿勢を崩しに入る。
本来の勝負であればここから蹴りを叩き込んで相手の姿勢をさらに崩し、そのまま切っ先を振り下ろして終い。
だがユイトは胸中に浮かぶ疑念を晴らすために人差し指を繰り出した。
狙うは肩口、点穴術。穴道を封じて腕を一時的に使用不能にせんと指突を放つ。
しかしこの一撃、狙いは戦闘不能ではない。指先に込められた内力はごく少量。それでも内功を持たない一般人では十分な効果をもたらすが……内功を持つ相手ならば気脈を流れる反発力によって跳ね返される。
つまり相手が氣を持つかを試そうとしたのだ。
指先が正確に肩の穴道を貫く。
放った氣が、強烈な反発力を受けた。
「効かない技を!」
(やはり内功がある……!)
ウーヌスが怒りに声を荒げながら槍の石突で払うように槍を振る。そこから後ろ回し蹴りに動作が見えたのでユイトは反応した。
姿勢を低くして避けながらブレードを返す。
(ぬかった!)
二本の足、二本の腕、そういう相手としか戦っていないユイト。
目の前の相手に尻尾がある状況は初めてで慣れていなかった。そのままウーヌスは尾で姿勢を安定させ、そのまま軽く跳躍しながら再び蹴りを撃ち込んでくる。
蹴り足のつま先から発せられるのは明らかに内功。
(……どうなってる、第四世代は換骨奪胎を経て内功を持っていたが、訓練を積んで目覚めなければ使いこなせなかった。
だがウーヌスの動きは確かに内功がある。……血魔卿や冷血魔を介して修練したのか?)
しかしもしあの二人の達人が生体強化学を教えたなら、もっと体系だった武術も伝授しているはずだ。
「ああああっ!!」
そのままウーヌスは怒りの叫びをあげながら手数を増やして斬りかかる。
全速かつ、渾身。氣血を巡らせた斬撃は内功の消耗も増すが、相手をなますにするような鋭さがある。乱舞する剣光、切っ先から剣氣を巡らせれば切断力も増す。凶悪な死の暴風、だが……ユイトはそれを切っ先を立ててことごとく払いのける。まるで目に見えない鋼鉄の障壁が張り巡らされたようにユイトの間合いの先へと踏み込めない。
ウーヌスは激昂じみた声をあげているが……それは次第に自分自身への戦意高揚のためではなく、出す手出す手のすべてを制圧される事態への恐怖をかき消すためだった。
それでいて……目の前の本土人は明らかにこちらに対して手を抜いている。ユイトは完全な未知と遭遇した驚愕で、まず観察と調査に集中したのだが、それが舐められていると相手に思わせてしまった。
彼は生体強化学を学んだわけではない。先天的、生まれついての身体能力だ。
これはいったいなんなんだ。
ヴァルキリーの能力、性能はアウラ姉さんや近くで観戦するオーラのような、直接的に遺伝子改造を受けた
結果的に第四世代は食料を十分に摂取できなければ飢餓状態に陥るし、普通の人間よりも多大なハンデを背負って生きなければならない。
ウーヌスが第五世代なのは時期的にそこまで不自然ではない。
多分この『フォーランド』はモンスターとの戦闘が激しすぎて世代交代も自然と本土より早まったのだろう。
(……そういう、ことなのか?!)
以前、ユマ議員とクゼ議員に見せてもらったフォーランドの現地人は投槍でドローンを破壊した。
クゼ議員のように、男性でありながらヴァルキリーの特性を持った人間が第五世代では普通に生まれてくるのか? そんな事があり得るのか? これは……一度サンプルを回収し、サモンジ博士に調査してもらう必要がある。
「こっちを向けぇぇ!!」
だから、意識が思考に傾いていたユイトに対してウーヌスは侮られていると激昂し。
体ごと突撃する勢いで突っ込んでくる相手にユイトは無意識のまま迎撃した。殺してはいけない。峰打ちも痛いだろう。
白兵戦系招式、吸鉄制圏。
ユイトの体をくるむ電磁の障壁は、ウーヌスのブレードをその電磁反発力で逸らし、はねのけ。
姿勢が崩れる彼の体を掴んで投げ飛ばし……地面に叩きつける直前に制動をかけて、そっと手加減して落とした。
「う……ぐううぅ……」
「わかったな、ウーヌス。世の中上には上がいるだろ? お前には抜き身の刃を許し、しかし相手は峰打ちだった。だがそれでもなお問題なく制圧できるほどの差があったわけだ」
明らかに手加減をされていた。実力があるからこそ、本土人のユイトと自分に覆しようがない差があると理解できたのだろう。無念と屈辱のあまりにくぐもった唸り声が出た。悲し気に尻尾もしょげている。
全力で挑んだのに、ユイトは呼吸さえ乱していないのだ。それがなおさら悔しいようだった。
「ユイト。お疲れ様ですわね。怪我は?」
「ああ。問題はない。そっちより気になることが多すぎる」
ユイトはじっと物言いたげにオーラを見やる。
オーラは肩を竦めた。
「オレ様も詳しいところは知らねぇ。なんせ遺伝子検査なんて暇ねぇからな。だが弾薬が底をつき始め、火器が使えなくなった現地人がそれでも生き延びてるのはこのおかげだよ。
お前らの言う生体強化学。その基礎的な力を生まれながら使える上……食費も常人並みだ」
「なんだって?」
生まれながら換骨奪胎したヴァルキリーの一番のハンデさえも無い?
それでいて訓練を積む必要もなく内功を使える?
それではまるで……第四世代の完全な上位互換ではないか。
唖然とするユイトにオーラが寄ってくる。
「彼らの体に何が起こってるのかオレ様としても知っときたい。ほれ、検査しな。オレ様に従う数名の第五世代の男女から採血したサンプルだ」
「あ、ああ。至れり尽くせりで助かる」
ユイトの言葉にオーラは目を細め、まるで警告するような剣呑な眼光で見据えてくる。
「勘違いすんなよ。オレ様は生まれて一年も経ってねぇが、それでもこの島国に愛着はある。
肩入れするのは……企業のクソ野郎どもと違ってこの『フォーランド』の人間を、まともな友人扱いしてくれそうなのがお前らしかいないからだよ」
「十分さ」
ユイトは感謝と礼を述べて背を向ける。
様々なことがわかった。頭の痛い問題に対する解決策はまるで見当がつかない。この地に住まうヴァルキリーの末裔が想像を超えた状況になっているのもわかった。
だがそれでも戻れば大勢の仲間がいる。
「帰りますわよ、ユイト」
「ああ。ここからだ」
やるべき難問を片付けるために、ユイトとレオナの二人は再びヘカトンケイルに戻り、元来た道を帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます