第367話 第五世代


 とてつもなくめんどくさい状況であった。

 人知を超えた超高性能AIでさえ解決を投げ出す問題。フォーランドに住まう人々に自主性を取り戻させるにはどうすればいいか……。


「よし。どうせ考えても思いつかないから後回しにしよう」

「潔いですわね!!??」


 ユイトはこの問題は持ち帰って仲間も巻き込むことにした。

 どうせ解決には皆の協力も必要だし、三人寄れば文殊の知恵ともいう。誰か一人ぐらいいい案を出してくれるに違いない。頼むから妙策を出してほしい。他力本願であった。RS‐Ⅱを笑えない。

 とりあえず問題は後回しにして、分かりやすい問題から片付けることにする。


「オーラ。俺達マスターズは未だにフォーランドの現地人と遭遇していない。

 なぜだ?」


 ドローンを投入して索敵をしているし、銃を使って戦っている。

 存在を察しているはずだ。なのにいまだに未接触なのは身を隠しているからではないか? 

 だがその質問に答えたのはオーラではない。ウーヌスのほうだ。彼は冷ややかな敵対の意志を両目に込め、その武器の切っ先を遥か彼方……深い木々の奥からでも見えるほどに巨大な……『壁』に向ける。


「アレを見ろ」


 憎しみが喉奥から迸るようだ。


「俺達、ずっとあの壁を見て育った。

 本土人が我々を見殺しにした証。そんな連中が海を渡ってやってくる。

 歓迎、されると思うか?」 


 思わない。

 思わないが……ウーヌスの理解も完全ではない。

 ユイトたちマスターズの構成員はほとんどがヴァルキリー。あるいはスラムで生活していた底辺の人間らばかり。『壁』を建造した連中とはなんら関わりがない。彼ら現地人が憎しみを向けるべき権力者は……そもそも絶対に前線になど出てこない。

 その憎しみは向けるべき相手を間違えている――が、今それを説明したところで受け入れられるはずもないだろう。

 オーラが仲裁するようにいう。


「現地人はお前らの襲来を知って現在は本拠地に引っ込んで様子見さ」

「彼らと交渉が持ちたいが、可能か?」


 企業の目的は彼ら『フォーランド』の現地人を組織化し、来るべき『スタンピード』の生きた肉壁として利用するためだ。

 


 ……実のところ、企業の目的を果たすだけならそこまで難しくはないのではないか? 

 彼らフォーランド人がRS-Ⅱを女神として信奉しているなら、サンにその代役をやらせればいい。唯々諾々と従ってくれるだろう……が、そんな手段は絶対に取れない。

 オーラがこの島の事情を教えてくれたのは、恐らく彼女らだけではにっちもさっちもいかないからだ。その信頼を裏切ったなら、今度こそRS-Ⅱを完璧に敵に回す。


 そして何より、自分自身の良心がそれを許さない。



 オーラはユイトの言葉に首を横に振る。


「ダメだな。まずお前らは自分らが防人サキモリであると証明しなきゃならねぇ」

防人サキモリ? 」

「この『フォーランド』よりさらに西、《破局》の爆心地『ナインステイド』から押し寄せるモンスターと戦う役割を持った……この島での戦士階級の名称さ。剣一つ、槍一つでモンスターを一人で倒す。

 中東の戦士が武器一つ身一つで獅子を狩ったのと同じようなもんだ。

 逆に言うとな、コレができねぇと真っ当な人扱いされねぇ」

「お言葉ですけど……わたくしたち『マスターズ』はすでに何十匹も始末していますわよ?」


 だが、レオナの言葉にウーヌスがせせら笑う。


「銃を使って、だろう? ……いでっ!」


 そんな彼の言葉に、オーラは『ビッグ・ジョー』の残骸から飛び降りてウーヌスの頭を叩く。

 そのまま彼をヘッドロックしながらオーラが仲裁に入った。


「わりぃな。本土と違ってこの『フォーランド』じゃ銃は……というより弾薬自体が大変な貴重品なんだ。

 《破局》当時は山積みにあった弾薬も補給するすべはなかったしRS-Ⅱも少量は密輸で回してくれたが、しょせん密輸だ。お前らみたいに潤沢な火砲の運用なんて夢のまた夢なんだ。

 だから現地人にとっちゃ、銃なんてチート使っておきながらその程度の戦果しかあげられないのか、となっちまう」


 ごんごんごん、とウーヌスの頭を軽く殴っていたオーラ。ウーヌスが涙目になるまで苛めてからようやく解放する。

 ユイトは困った風になる。

 自分は問題ない。ブレード一つでモンスターを狩るなど朝飯前だ。

 だが『マスターズ』の隊員は全員銃を使う前提で訓練している。彼女らに銃剣やダガーナイフ一つで白兵戦をやれなんて言えるわけがない。

 そんなユイトの考えを見透かしたようにオーラは、手で『ビッグ・ジョー』の残骸を叩いた。


「だから。まず防人サキモリと認められたきゃ何人使ってもいいから……『ビッグ・ジョー』を倒せ。

 こいつの精強さは現地人の祖父母の世代が子供らに伝えている。例え銃を使えようとも倒せない強敵。それが現地人における『ビッグ・ジョー』の認識だ」

「了解した」


 もちろん簡単ではないだろう。『ビッグ・ジョー』のスペックは眩暈がするほどに強力だ。しかし……自主性を失った現地人に自分で考え判断する力を取り戻させるという難題に比べれば……何とシンプルでわかりやすい目標なのだろう。冷静に考えれば困難な目標のはずなのだが、ユイトは育てた弟子たちを信じることにした。



「あの……ちょっといいかしら」

「おう」


 今まで相槌を打つ程度だったレオナが挙手する。鷹揚に頷くオーラに質問を始めた。


「この『フォーランド』の現地人は、銃が貴重だから、ウーヌスさんのお使いになってる槍や剣で戦っている……そうですわよね?」

「ああ」

「見たところ強化スーツも使ってないご様子……どうしてそのような超人的な真似が可能ですの?」


 ……そうだった。

 ユイトはここに来る以前、クゼ議員とユマ議員経由で見せられた映像を思い出す。『フォーランド』の現地人は槍の投擲で遠距離にあったドローンを撃墜する離れ業を見せていた。目の前にいるウーヌスがそれと同等の事ができるとして……その秘密はなんだろう?


「ふぅん、いい機会だ。ユイト、ウーヌス。ちょいと一勝負してくれ」


 なんでだよ、と訝しむユイトだが……そこで、拡張現実を介してコール音が鳴り響く。

 このクソ重要なタイミングで誰から……と思えば、差出人は目の前のオーラから、だった。

 いぶかしみながら視線を向ければオーラはウインクする。……これはつまり、ウーヌスには聞かせたくない話があるという意味だろう。


『わりぃな。……ウーヌスはこの『フォーランド』の中でも若手一番の腕利きだが、本土人に対して隔意を抱いてる。そのうえ慢心しているからな。一度鼻っ柱折ってほしいんだよ』

『……急だな。だが、わかった』


 直に現地人の戦闘力がどの程度のものか、把握するいい機会でもある。一

 ユイトは……目を爛々と輝かせるウーヌスを見た。どうもオーラから直々に命令を受け、巫女様に良いところを見せる機会だと喜んでいるらしい。腰から下げた尻尾型のユニットが左右に揺れている。なんだかわんわんのようだ。

 ぶるん、と槍を構えて睨んでくる。


(……槍法で言うなら岳家神槍が一番高名だが……)


「俺、巫女様と違ってお前ら信じていない」

「初対面のはずだがつっかかるな」

「お前ら、コロンブスでないとどうして言い切れる?」


 ……彼の懸念も理解できる。

 今まで自分たちを見殺しにしてきた本土人。そんな連中が今更助けに来るはずがない。だって彼らは100年見殺しにされてきたのだから、その一件善意に見える救いの手も、悪辣な搾取と支配の罠にしか見えないだろう。 


「俺達も言いたいことは山ほどあるが……そうだな。

 お前を負かせれば、対等の防人サキモリと扱って話を聞く気になるか?」

「できるものなら」


 言質は取った。

 ユイトはブレードを引き抜き、青眼に構える。オーラが二人の中央に立ち、審判の代わりを務めるように前に出る。


「よぉし、お互い遺恨は残さず。殺しはご法度だ。

 いい機会だから味わっていけ、ユイト=トールマン」


 にぃ、とオーラは笑った。


「ヴァルキリー、そのの性能をな」

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