第365話 オーラ


 指定された座標は、『マスターズ』のヴァルキリーたちが探索した範囲より少し先に進んだ位置にあった。

 完全な安全が確保された訳ではないし、相応に危険は残っているはずだが、レオナの操る20ミリ機関砲を抱えたヘカトンケイルと、その肩のハンドルを掴んでぶら下がるユイトの二人がそろっている。むしろ危険のほうが白旗をあげて逃げていくだろう。


『ユイト。そろそろ到着しますわよ。……大型の金属反応を検知』

「事前に連絡のあった砲台か。……サン、指定された友軍コードは出してるな」

『送信済みです。攻撃照準波もありません』


 であれば、アズサと接触した相手にはこっちと戦う意思はなさそうだ。

 この『フォーランド』を訪れてから初めて出会う現地人。ここの交渉が今後にとって大きな影響をもたらすのは間違いない。

 木々で覆い隠され、航空機からは地表部が見えない『フォーランド』は植物の繁茂する緑のジャングルといった風情だが……時折、木々の蔦に覆われた戦車や戦闘ドローンが散乱しているところを見ると、《破局》当時の爪痕を実感する。


 そうして進んでいった先。森の中で木々がなく開けた広場らしき場所にでた。


「ここは……」


 中央に座する代物に思わず唸り声が出る。

 先日アズサたちと遭遇した危険極まるモンスター『ビッグ・ジョー』の同型機が、まるでオブジェのように存在していた。

 まるで古代の狩猟民族が大きな獲物の遺骨を誉れとして飾ったようだ。サンが『ヘカトンケイル』のセンサーを介してスキャンする。


『撃破された推定年数は70年前。胴体内部にあったと思しき核融合炉は抜き取られています』

「首筋から出てるケーブル群はなんだ?」

『エネルギー供給用だと思われます』

『……あら、もしかして生きてますの? これ』


 そのようだ。

 苔むした怪物の遺骨はまるで死から蘇ったように身を震わせて、カメラアイからスキャン光を伸ばすと……興味を失ったように再び動きを止める。声の主から贈られてきた友軍コードのおかげだろう。


「……核融合炉は失ったが。低出力でもコイツの荷電粒子砲は十分脅威だ。改造して固定タレットに使っているんだな。あるいは、こいつの脅威を知るモンスターへの威嚇か。

 なぁ、それで会ってるか?」


 そうユイトが声をかければゆっくりと近くの茂みから、二つの人影が出ていた。

 一人は中性的な髪の短い少年。眼鏡をかけているが、それがかなり年式の古いウェアラブルコンピューターであることを思い出した。小柄で肌は浅黒く焼けている。だがもともと色白い肌なのだろう。眼鏡の周りにくっきりと跡がついている。

 身に着けているのは迷彩塗料を塗られた強化スーツだが……本来バッテリーを装着するべき脊椎部分が空だ。代わりに尻には見慣れない追加パーツと……先端にダガーナイフを設置した尻尾のようなユニットを増設している。

 強化スーツにパワーアシスト機能は失われているが、防具としても優秀だから身に着けているんだろう。

 肩に天秤棒のように乗せているものも同様だ。先端にはヒートブレードを溶接したと思しき棒。たぶん建築資材を手ごろな大きさに切ったものを手作業で槍に改造している。


 物資の不足を、現地改修でどうにか補おうとした腐心の跡が見られた。

 その彼とその後ろから出た姿に……ユイトとレオナは思わず声を上げる。


「……アウラ姉さん?」『アウラ隊長?』


 見間違えるはずがない。

 かつてユイトの護衛であり初恋の相手。

 レオナの元上官であり嵐の騎手ストームライダーの護衛。

 

 ……ひらひらした白と赤色の巫女服らしきものに身を包んだ、アウラとうり二つの彼女は嫌そうな顔をしながら応える。


「ちげーよタコ、オレ様はオリジナルとは別モンだ」

「……確かに、アウラ姉さんとは違うな」

『隊長はもうすこし大人しくてお上品ですものね』

「そのとーり! だがそれはそうとして腹立つなぁ!」


 大口を開けてケラケラ笑うアウラのそっくりさん。

 その会話を眼鏡の彼は面白くなさそうなむっつりした顔で黙って聞いている。

 ふと……そこでレオナは何かを思い出したようだった。ヘカトンケイルの風防キャノピーが解放され、中からレオナが出てきて言う。


「……あなたは、《スカイネスト》の保管されていたRS-Ⅱの秘密基地内で生まれた。アウラ隊長のデータをもとに生み出された第一世代オリジンですわね?」

「へぇ、気づいたか」


 アウラとうり二つの顔。頭から突き出たインプラントはRS-Ⅱによる最新技術によるものか、髪の間からかすかに見えるほどまでに小型化されているようだ。

 彼女は頷く。


「ああ。オレ様の名前は『オーラ』。アウラのデータを基本に新規生産された最新鋭の第一世代オリジンだ。

 そんでこっちのは」

「ウーヌス」


 オーラを名乗る、アウラの瓜二つの彼女と共にいる相手。声からして少年だろう。

 腰部より伸びる増設された尻尾のユニットが警戒と猜疑を表現するように鎌首をもたげる。その視線はユイトとレオナに定められ微動だにしない。ユイト達を明確に敵とみなしているようだった。ウーヌス、そう名乗った少年が言う。


「巫女様、なんでおれ、連れてきた? こいつらを殺るため?」

「剣呑はよせよせ。オマエが自分で物を考えられるからさ。

 ま、下がってな。オレ様はこれから大事な話がある。……さてと。

 ユイトとレオナだな。オレ様の元になったプロトデータとは因縁があるみてぇだが」


 ユイトは頷いた。


「ああ。……それで俺達をここに呼び出したのはなんの為だ?」

「まずはこの『フォーランド』の事を話さなきゃならんのよ。オレ様はまず、RS-Ⅱによって生産された最新の超強いヴァルキリーだったが……まぁ欠陥があってな。こっちに移住した」


 欠陥? ユイトは首を傾げる。

 肉体的にも精神的にも、アウラをもとに生み出された第一世代オリジンのオーラは安定しているように見える。だがオーラは指をユイトに向けた。


「オマエだよ。ユイト=トールマン。

 RS-Ⅱの野郎はやっぱり機械だからか人間様の細かいところまで気づけねぇんだよなぁ~」

「どういう意味だ」


 オーラは目を細めて皮肉気に嗤った。


「オレ様はアウラの戦闘知識、経験などをフィードバックしている。アイツの使う戦闘技術、知識、なんでも活用できる……が、なぁ。

 戦闘技術と当人の記憶人格ってのは、完全に別物なんてありえるか?

 アウラの戦闘データを引き継いだ際に余計なものまでついて来たんだよ」

「それは、なんですの?」

「罪悪感さ。なぁ、『レイジ』くん」

「やめろ」


 ……ユイトは思い出す。

 あの時、アウラ姉さんはユイトを『レイジ』と呼んでしまったことに対して激しい罪悪感を抱いていた。《スカイネスト》が保管されていた地下施設から脱出し、そのあとでアズマミヤ都の地下施設で回収したオリジンの『シリル』の遺品と精神を繋げ、その果てにようやくユイトとの和解を経たが……あの頃の彼女の記憶を引き継いでいるなら、オーラにも影響が出ているかもしれない。

 ユイトは言う。


「……その。大丈夫なのか」

「オレ様がオマエと直接対面したのもそこを確かめたかったからだ。……生まれた時から頭に刻み付けられた他人の罪悪感。

 その対象であるオマエを見て。オレ様は他人の感情に支配されてしまうのか……今んとこは平気だがな。

 まぁ他人の感情に引っ張られるのもおもしろくねーし。接触の可能性はゼロにしたかった。だから人跡未踏のこっちに住んでみるかと思ってきたわけさ」


 ……RS-Ⅱによって生産されたなら、このオーラもまた『フォーランド』に現地人が生きていると伝えられたのだろう。

 他人の記憶痕跡に人生を引っ張られることを厭い、この地に来た彼女がなぜユイトに接触を果たしたのか。新しい疑問がわく。


「はは、悪いと思ってるか? まぁ気にすんな。こうして出会ったが、感じるのは懐かしさと寂しさ。

 それだけだ。オレ様の大本は変わってない。それにだいたい悪いのはRS-Ⅱだし……」


 ふぃー……と。オーラは大きくため息を吐いて言う。


「オレ様の記憶転写のミスなんてまだまだカワイイもんさ。

 この『フォーランド』でRS-Ⅱがやらかした大ポカに比べれば、な」

 

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