第366話 どーすんだよ


 

 まず、事情を話すには過去にさかのぼらなければならない、らしい。

 オーラは『ビッグ・ジョー』の頭部残骸に尻を乗せながら話を始めた。


「100年前、《破局》当時の『フォーランド』はお察しの通り地獄じみた状況だった。

 東に脱出した市民を守るために残った防人たち、脱出が間に合わなかった市民、なんとか脱出を支援するために良心のままやってきた正規軍。『フォーランド』の現地人は彼らの末裔なわけよな。

 当時。ここは最も多くの第一世代オリジンが捨て駒として投入された戦線でもある。

 家族や血縁のいない人造人間なら、戦死しても見舞い金やらを費やす必要もねぇからな」


 オーラの言葉にユイトもレオナも、そして横で聞いているだけのウーヌスも嫌そうな顔になる。

 どこの時代でも人の命より利益を重視する汚い話はあるものだ。


「RS-Ⅱは民衆の撤退支援をしつつ救援要請も出していたが。そのほとんどは顧みられることはなかったみてぇだ」

「だろうな」


 当時はどこもかしこもてんやわんや。自分の事で手一杯だったろう。

 

「本土の連中は、『フォーランド』を切り捨てた。

 それでもRS-Ⅱは与えられた命令に忠実に動いたわけだ。貴下の第一世代オリジンに号令を出し、武装を衛星軌道から投下し、雛鳥に餌を与える親のようにかいがいしく。

 ……後で思えばこれが大ポカの始まりだったが。

 当時は何もかも足らなかった。弾丸、食料、人員。それをやりくりしてどうにか生存させなきゃならねぇ。

 ……RS-Ⅱは必死だった。人間なら過労死必至の三面六臂の大活躍さ。インテリジェント・テクニカ社のCEOをやりつつ本土で購入した食料品を密輸したり、自動機械を動かして地下の坑道を開通させて村落の交通を良くしたり。シヴィラ〇ゼーションさ」


 そこまで言ってからオーラは溜息をこぼす。


「もちろん、何もかも上手くいった訳じゃない。

『フォーランド』に残った第一世代オリジンはそれなりに生き残ったが、外界を知る正規軍の兵士はモンスターのほうが幅を利かせるこの島での生存闘争で櫛の歯が抜けるように戦死した。

 数十年もすれば……あの『壁』の向こうの本土を見た大人は誰もいなくなった。

 それでもRS-Ⅱは与えられた命令に従ってたんだが、なぁ」


 がしがしと頭を掻く彼女。


「ある日の事だ。時系列にして今から50年か60年ほど前だと聞いている。

 このころになると食料生産プラントも活動し、生活も安定してきた。子供だって生まれたし、ひたすらマイナスばかりだった人口はプラスへと好転し始めた。

 そろそろRS-Ⅱは社会を主導する立場から退き、現地人にすべてを委ねていくべきだと判断した……んだが」

「……なんだか嫌な予感がするな」

「……そうですわね」


 黙って聞いていたユイトとレオナの二人が顔を見合わせて呻く。


「お察しの通りだぜご両人。

 当時の大人たちは政権を返すというRS-Ⅱにこういった。『我々をお見捨てになるのですか、女神様』と」

「「『女神さま』」」

 

 ユイトとレオナ、そして黙って聞いていたサンが思わずと言った様子で声をあげた。

 

「……女神様? ……あいつの性能を想うと破壊と武器の女神さまって感じだけど……」

「違う! 女神様はおれたちの守護と慈愛の女神様だ! それ以上の瀆神の言葉、許さない!」


 そこでたまらずといった様子でウーヌスが怒りの声を挙げる。

 その本気の度合いに……相手の信奉する神を貶すことの危険を想い、ユイトは頭を下げる。


「……失礼した。あなたとあなたの奉ずる神に謝罪する」

「……」


 丁寧に謝罪を受ければウーヌスはそれ以上、舌鋒を向けなかった。


「だが……いや。まさか。

 ……女神さまに指示され動くことに慣れすぎたのか?」


 ……ユイトには想像するしかない訳だが、この島の特異性が少しずつ分かってきた。

 恐らくはRS-Ⅱの統制下で、組織を最高効率で回し続けるしか彼らは生存する可能性がなかったのだろう。

 もちろん彼らにだって思考力はあるだろう。しかし人間より遥かに英明で優れた超高性能AIのほうが統治者としては絶対的に優れている。水が低きに流れるように彼らもまた楽なほうに流れたのだ。

 レオナも眉間にしわを刻んで呻く。


「……どのような問題であろうとも人知を超えた知性で解決してくださる女神様がいらっしゃるのね……。

 ならこの島の人々は皆、女神さまの言葉に従うことしかできず、自分で考える能力を捨ててしまいましたの?」

「いやまぁオレ様もこの事情をRS-Ⅱに聞かされた時は『お前ナニしてんのマジで』と言ったけどよ。

 稀代の大ポカだけども、当時は絶滅か生存かの瀬戸際だったわけだ。

 ……責められねぇ」


 はぁ、とオーラは溜息をこぼした。


「……ただ、オレ様もこの島の住人じゃねぇ。しょせん他人だ。

 だから想像するしかねぇ。

 生まれてこのかた50年。今まで女神の教え通りに生きてすべてうまく行っていた人間が、突如として女神の加護を失う。

 ちょっと……いや、かなり恐ろしい出来事なのは分かる」


 その言葉にユイトも頷く。

 今まで当たり前だった常識が砕ける。地が砕け、天が裂けるほどの晴天の霹靂だったに違いない。


「RS‐Ⅱはパニックを起こした。

 人類の生存に尽くしてきたが、そのための最高効率が人類から自主性のすべてを剥奪していたことに恐怖した。

 生存のための施設はすべてそのままにしたが、自分への通信を全部途絶させたのよ」

「混乱しなかったのか?」

「最初は混乱するだろうな。だが現地人を奴隷から人間に戻すには自主性を取り戻させなきゃならねぇ。

 ある程度の被害は仕方ないと判断したわけだが。

 さて、ここでクイズだ。女神と崇めていたRS‐Ⅱから見放されたと感じた現地人はなにを始めたと思う?」


 ユイトとレオナは顔を見回せた。

 想像はできる。できるがどれも顔を覆いたくなるようなひどいものだったのだとなんとなく察しがつく。

 オーラはしばらく二人が自主的に回答してくれるのを待っていたようだが……ぶっぶー、と時間切れを告げると……ため息を吐いた。


「生贄さ」

「いけ」

「にえ」


 ……『マスターズ』の二人は眩暈を覚える。

 この科学の時代にそんな時代錯誤な言葉が出てきたことに信じられないが……本土とは違う常識で成り立つ『フォーランド』の人間たちが、主に見捨てられた恐怖や不安からとんでもないことをしでかしてしまう可能性は大いにあり得る。

 ウーヌスも渋い顔をしている。自分たちの先祖の行動を彼も愚行と認識しているのだろう。ただ……異様な常識が支配する島で、それは一筋の光のようにも思えた。


 それにしても……頭が痛くなってくる。

 ユイトとしては目の前のオーラがとんでもない大嘘つきで自分たちを騙そうとしていると考えたほうが気が楽だった。


「初めて聞いた時のオレ様と同じリアクションありがとう。

 現地人は、女神様が声を聴かせてくれなくなったのは自分たちが何か気に障ることをしたのだとそう考えた。

 だから贈り物として、うら若い娘を側女としてお仕えさせるために生贄に捧げようとした。

 ……RS-Ⅱは仰天した……いくら何でもこりゃひどい。ここまで末期とは考えてなかったから、回数こそ減らしたものの『お告げ』を再開するしかなかったわけだな。生贄を捧げた結果……現地人に成功体験をさせてしまった。自主性を促そうとするたびに生贄を捧げようとする。お手上げだ」


 ユイトとレオナの二人はもう顔が真っ青だ。

 事情は掴めてきた。だが……これはとんでもなく難しい。


「だからいまや現地人は神の託宣が聞ける巫女の言葉が支配しているわけさ」

「……確認させてくれ、その巫女ってのは衛星軌道のRS‐Ⅱと対話ができるほどに強大な超能力者サイキックとかなのか? それならRS‐Ⅱの指示に従ってくれるだろ?」


 だがそれに対して傍に控えているウーヌスが応える。


「違う。巫女のほぼすべてが宗教的恍惚感とドラッグによる陶酔で酔って妄言を吐くだけ。前向きな意見、何一つ言わない。

 女神様と会話できる本物の巫女、オーラ様だけ」

「てなわけよ。この島の状況が分かってきたか?」


 頭痛を覚えるような事実が次々と開帳され、ユイトは頭を押さえつつ尋ねる。


「つまり……この『フォーランド』の社会体制は……原始宗教、シャーマニズムの域にまで退行しているのか!?」


 オーラは頷いて答えた。


「人ならざる精霊のお告げに従う卑弥呼の時代に逆戻り、だな。ははは……くすりとも笑えねぇ」


 インテリジェント・テクニカ社のCEOを務めるRS-Ⅱがなぜ資金もドローンも豊富な援助をしてくれたのかわかってきた気がする。

 自分がやらかしてしまった大失敗。その後始末を任されたユイト達に対して負い目を感じていたから、だろう。


「どーすんだよ……」

「わたくしもちょっと……言葉がありませんわね」


 ユイトは唸った。レオナも困惑する。

 敵が巨大な怪物や侵略者であれば武を以って制すればいい。

 しかしこれは……どうするのが正解か……皆目見当がつかなかった。


「どーすんだよ……これぇ!!」


 

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