第364話 目と鼻先の死(お知らせあり)


 


 アズサがまず感じたものは、熱さだった。

 目の前で巨体を見せつけるモンスター。図鑑で見たティラノサウルスをより頑丈に、鋭角的にすればこんな形になるのではないだろうか?

 巨大な大顎は、まるで天性の捕食者。

 捕まればひとたまりもない牙を前に……恐怖と緊張で体が熱くなっているのではないか、と思った。

 だが……聴覚に飛び込んでくる静粛性に富む静かなファンの音が、通信機の向こうにいる誰かが『ビッグ・ジョー』と呼んだモンスターから発せられていると気づく。


(排熱している?)


 大出力のジェネレーターを積んだ兵器であればあるほど高性能の排熱システムを備えている。

 恐らくはこの『ビッグ・ジョー』から周囲にまき散らされた熱量が、はっきりとした体感温度となってアズサに恐怖による冷や汗と熱さによる汗をかかせているのだ。

 この状況だと囁き声一つでこっちを検知するかもしれない。拡張現実を介して通信する。


『サン……なに、あれ』

『データベースを検索中。該当無し。いえ、ちょっと待ってください。ガーディより情報提供を確認。

 ……本土ではすでにすべて駆逐された二足歩行型重機動戦車、通称『ビッグ・ジョー』です。驚きました、まだ稼働している個体が残っていたなんて。カタログスペックを表示』

『いや、表示は省略。撤退に必要な情報のみに選別。……センサーの効果範囲に絞りこんで』


 そうすれば詳細なデータの大半が削除され、相手の赤い光を湛えるカメラアイのみから放たれる視線のみがアズサの視界に表示される。思ったよりもセンサー系は脆弱かもしれない。


『視覚センサーのみ? あのごつさに比べるとセンサーが脆弱すぎない?』


 そんな風に言ってると、アズサの視界にふわふわ浮かんでいるサンの背中に一瞬で銀髪幼女のガーディがおぶさっていた。


『ガーディによると、『肯定アフマーティブ、本来は搭載した小型ドローンによる索敵か、同タイプの機械型モンスターのセンサーをジャックして索敵を行う。戦闘での消耗によるものか、相手にドローンはない』……とのことです』


 ガーディは言語野が未発達で、サンの『通訳』が無いと人間との意思疎通ができないと聞いていたから、まぁ驚きはない。

 しかし拡張現実によるAI同士の行動を見てると、ガーディは一瞬で瞬間移動して相手の背中におぶさる幼女のおんぶ妖怪のように思えてきた。

 まぁ今はそんな感想などどうでもいい。


『全員、いざという時はフラッシュバンがセンサーをごまかす手になる。覚えといて』


 もっとも、相手のカメラアイが一瞬で光量補正を行ってカメラの焼き付きを防ぐ可能性もあったが……アズサの指示は、目の前をうろちょろする命の危機に対抗できる頼もしさを与えた。



 アズサは部下を見やる。

 全員が全員蒼い顔をしているが、口を閉じて木々の向こうを闊歩する怪物を前に貝のように口を噤んでいた。


「キキッ、キィー!!」

 

 だが哀れなのはパイナップルエイプか。

 恐らくは先ほどの交戦のさ中に足を負傷した個体なのだろう。高い知性によるものか、仲間の個体を助けようと近くの木々から手榴弾を投擲して注意を引き付けようとする者たちや、足を怪我した個体を支えて逃げようとするやつがいる。

 その仲間を助けようとする人間的な行動と光景に、アズサをはじめとするヴァルキリーらは次の瞬間を容易に自分たちに投影することができた。


 ずしん、ずしん、ずしん。


『ビッグ・ジョー』が怪我をした個体へと突進する。

 走るたびに地面が揺れ、下腹に重々しく響く振動。背中に積んであった推進ユニットが火を噴くさまに、アズサたちは『あいつブースターもついてるの?!』と悲鳴を上げそうになった。

 

「キャー!! ウキャー!!」


 事此処に至って仲間の救出を諦めたパイナップルエイプが逃げ出していく。

 人間と言語的なコミュニケーション能力がないとはいえ、モンスターも生物。……足を穢したままのパイナップルエイプが発した悲鳴は明らかに恐怖と絶望に彩られていた。

 突進しながら『ビッグ・ジョー』が大顎を開く。

 その名前通りの巨大な顎ビッグ・ジョーを生かした噛み付きに、見捨てられた個体も。逃げようとした個体も――ついでに近くの木々も丸ごと巻き込んで――噛み付く。


「うっわ……」


 肉も、木も、地面の石も丸ごと飲み込んでかみ砕く。

 えぐい。

 噛み付きと共に下顎と上顎から火が噴いた。対象へと噛み付く力を増すためだろう――口蓋部の破砕ユニットによる一撃は恐ろしい威力だった。血肉が、臓腑が爆ぜ飛び、近くの大木が一撃で噛み千切られる。へし折れた木がそのまま『ビッグ・ジョー』に倒れ込むが気にした様子もなかった。

 言葉もなく唖然と立ちすくむアズサたちに、再度音声のみの通信が流れてくる。


『えげつねぇだろ? だがアレでも火力をセーブしてんだよ。《破局》以前のテクノロジーで生産されているアイツは内部に小型核融合炉を積んでる。ナノマシンもあるから時間があれば何度でも再生する怪物だが、内蔵ミサイルは一発撃ったら再生に時間がかかるからな。

 オレ様もお前らに事前に連絡出来りゃ面倒はなかったんだけどよ。

 今じゃ現地人に巫女扱いされてまるで身動きとれねーのよ』

『なんだが重要っぽいこと言ってるけど……待って。あなた、現地人?!』


 この『フォーランド』に住んでいる現地人との交渉チャンネル確立はアズサたちの仕事の中でも最優先事項の一つに当たる。

 もっとも戦闘員である彼女らに権限はないので、マスターやカレン教官に丸投げする方針だが。

 だが、相手からの返答はそっけない。


『おしゃべりは後にしな。『ビッグ・ジョー』は銃声を聞きつけて縄張りから出てきただけだ。

 今はかくれんぼに集中しとけ』

 

 そこに異論はなかった。

 アズサたちの目の前で……排熱音を響かせ、口蓋を鮮血で濡らした『ビッグ・ジョー』の巨体がすぐそばを来た道へと戻っていく。

 強くなったつもりではあるけれど、やはり世にはまだまだ恐ろしいものが存在しているものだ。





 緊急事態につき、本来の作戦プランを一時中断。

 順調に『フォーランド』の調査を続けていたヴァルキリーたちは緊急の帰還命令に訝しみながらも、海岸線に設置された野営場へと帰還する。

 非戦闘員たちが中心になって橋を立て、小さいながらも宿舎を作り、外部をプレートで覆う。

 ガンタレットが四方に睨みを聞かせて安全を確保する中、生還したアズサたちは生存報告の後……緊張を解くとそのまま近くの椅子に崩れ落ちて寝転がっていた。

 カレン=イスルギは少しずつ大きくなっていくお腹の感覚に不思議な気持ちになりながら遠目に弟子を見た。サンの電子音声がする。


『被害ゼロであの高脅威目標の存在を検知できたのは行幸でした』

「ユイトは協力者と対面。レオナはその補助だったわね。はー……」

『全員の安全が確認されてからあなたに連絡をしました。そのことをお詫びします』

「いいの、もうあたし一人の体じゃない。ストレスは避けておくべきだわ」


 今、カレンは『マスターズ』の実戦的な仕事からは離れて、事務作業に専念している。

 とはいえ、妊娠も今はまだ運動に支障のない程度。少し退屈だったので外に出たのだが……。


「お姉さま~! あたくし様のお姉さまぁ~! 椅子持ってきましたですよぉ~!」

「あんたは過保護過ぎない?」


 ちょっと歩いただけでブロッサムが携帯椅子を持って追いかけてくる。 

 カレンは彼女に呆れながらも好意は受け取ることにした。身を椅子に沈ませる。今やマスターズの全員がカレンを手中の玉扱いで、何をするにしても誰かが気を使い、良いようにしてくれる。

 誰もが、そわそわしているのだ。

 赤ちゃんが何か月かしたら生まれてくる。生まれてきたら大事にしよう、と慶事に浮かれる親戚のようだった。

 カレンはブロッサムに視線を向ける。


「あたしほどじゃないかもだけど。あんたたちも大事な身の上でしょ?」

「あたくし様はいいんですよぉ。子供がいるわけじゃないですからぁ」


 ……『シスターズ』に属していたヴァルキリーのブロッサム。

 彼女は今回の作戦では、対『シスターズ』のヴァルキリーたちに対する引きぬき、説得を担当する貴重な人員だ。そんな彼女達ブロッサムは消耗を控えるため待機している。


「それよりお姉さまぁ。出発したメンバーから新しい情報が来たんですよねぇ?」

「そーよ。……ほんと、全員無事でよかったわ」


 拡張現実に表示されたデータをブロッサムへと放り投げるしぐさをすればデータが送信され、彼女の視覚にも表示される。

 それは『ガーディ』が過去のデータから引っ張ってきた『ビッグ・ジョー』のスペックノートだ。


「……小型核融合炉に16基のミサイルランチャー、パルスガン二門に……か、荷電粒子砲?!

 お、お姉さま、これほんとなんですかぁ?」


 ブロッサムの顔が引きつるのも無理はないし、そんな怪物に目と鼻の先を通り過ぎられたアズサの部隊が精神的に疲労困憊しているのも当然だろう。たぶんアズサの部隊の装備では絶対に勝ち目はなかった。

 大量のドローンを投入し、可能な限りの安全策をとってもアクシデントは避け得ない。

 ブロッサムは情けない顔で言う。


「えーとですねぇ、サンさん?

 この化け物を撃破した実例はあるんですかぁ?」

『該当は一件』


 ……スペックを見ればわかるが、あの『ビッグ・ジョー』は人型兵器コロッサス・モジュールを正面からするために設計されたと思しき怪物じみたスペックだ。大量の武装に加えて大出力に任せた桁外れに硬い電磁装甲ヴォーテックスシールドまで搭載している。

 だからこそ、こんな怪物を倒した実例があると聞くと興味が沸く。


「サン。詳細を」

『了解。《破局》当時に出現した『ビッグ・ジョー』に対し、出撃した戦車兵、ジョグ=ラカム一等兵は荷電粒子砲の直撃が避け得ないと覚悟。戦車砲をやけのやんぱちで発射したところ、荷電粒子砲のフルチャージ完了した口蓋部に命中。そのままエネルギーが暴発し、大爆発を引き起こしたそうです。

 なお、ジョグ=ラカム一等兵はその爆発に巻き込まれて戦車ごと蒸発しました』

「さ……参考にならなさすぎ……」


 カレンは顔を引き攣らせて笑う。

 相打ちでは困るのだ。相手を撃墜し、味方の誰一人傷つけずに済むような、都合のいい勝ち筋がいるのだ。

 そんなカレンに、ブロッサムは言う。


「それで……旦那とレオナさんが。

 アズサに通信でコンタクトを取った相手と、接触するために出かけてるんでしたよねぇ」

「何もないといいんだけどね」

 





※お知らせ


 作者です。

 明後日、10月20日の更新は仕事スケジュールがキツキツなことが判明したのでお休みいたします。ご了承ください。






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