第363話 対処済の敵と未対処の敵



 妙なにおいがする。真っ白な体毛に全身を覆った褐色肌の大猿たちは鼻腔をひくつかせて左右を見回す。

 彼ら――人間たちがパイナップルエイプと呼ぶモンスター――は嗅ぎなれない匂いがこっちに接近してくることに気づいた。

 きー、きー、と自然界に生息する猿と大差ない鳴き声をあげた彼らは、この『フォーランド』の陸地に多く分布する木々の上を軽快に跳躍し、観察できる距離まで接近した。

 腕を掲げて止まれのサインを群れの仲間へと送る。彼らはこの知性があったからこそ、他のモンスターとの戦いに生き残ったし、この知性があったからこそ、この近くで縄張りを張る『おおあご』のアイツには手を出さなかった。


 小さな円盤がこっちへと迫っている。

 生物兵器でもないし、自律型の機械系が一番近い――しかしあの円盤は、暴走した工場が無作為に生産した殺戮兵器と違い、ある種のスマートさを有している。


「キッキキッ!」


 見慣れない異物に対して、パイナップルエイプは木々にしがみついて揺らしだす。

 木の枝が激しく揺れ動き、ざわざわと音を響かせる。これ以上近づくな、という意志を込めた威嚇行為だ。


 もっとも……円盤状の物体――ガンルンバ――を操縦するキリヤ装甲歩哨のオペレーターはそれが威嚇行為だと理解できるほどモンスターに対する理解はなかった。ついでにいうなら、例え理解していたとしても引き返すほどの殊勝さはない。

 彼らの目的は威力偵察。 

 ドローン数機をまとめてコントロールするオペレーターはいつものように安全な距離から、攻撃命令を下した。



 ガンルンバが横に倒れる。そして外周のタイヤ部分が四つに割れてそのまま地面を歩行するための四脚に変形した。

 内部構造が展開し……中から現れるのは一般的な銃砲店で販売されている普通印のアサルトライフルと、銃身下部に設置された小型のグレネードランチャーだ。

 カメラアイと一体化したスコープがパイナップルエイプを照準。

 一斉にオレンジ色の火箭が解き放たれ、手近なモンスターを射殺する。


「ぎいいいいぃ~~!!」


 当然ながらパイナップルエイプは怒りの声をあげた。

 こっちが威嚇して帰れと言ってるのに……攻撃してきた! 敵だ! とそう判断するが早いか……彼らは肩から突き出た大きな瘤をむんずと掴んで引きちぎり、それを思いっきり投擲したのだ。

 手榴弾猿パイナップルエイプ

 その名前の由来は肩から大きく突き出した瘤が……生体炸薬の塊という点だ。

 それを人間とは次元の違う強肩で、木々の上、高所から投擲してくる。適切な対処を怠ればプロのハンター部隊だって危ういだろう。

 そしてガンルンバは降り注ぐ榴弾の雨を前にあっという間に壊滅する。もともと戦闘用としては最低限の性能しか持たないドローンだ。耐えきれるはずがなかった。


 無礼な侵入者どもを破壊しつくし、彼らの中で好奇心旺盛なものは地面に降りて残骸に近づき……その中からアサルトライフルを回収する。彼らはこれらの武器が、誰が使っても一定の効果を発揮する希少なものだと知っていた。

 同時に彼らパイナップルエイプは不思議がる。

 あの二本足どもにとってもこの武器は大変に希少らしく、いつも投げ槍や弓、接近しての刃物ばかりつかっているのに。

 こんなにもあっさりと手に入ることに驚き訝しんでいた。

 そのままアサルトライフルを抱え上げ……近くのがさごそと音のする茂みに向けて引き金を引く――だが、途中で何かにつっかえたように止まった。


『登録者以外の不正使用を検知しました。トリガーをロックします』

「ウキャキャッ?!」


 突如至近距離で聞こえてくる声に驚いて武器を放り投げ……近くの茂みから顔を出した仲間――危うく射殺されるところだった――と一緒に慌てて逃げ出していく。

 彼らは場所の移動を始めた。投擲した榴弾は彼らが生活する中で蓄えた養分を糧に少しずつ生成される。無駄なカロリーを消耗させた侵入者共に憤懣やるかたない彼らは、もっと大きな餌場を探すことにしたのだ。

 実際には、そんな猶予などなかったのだが。





「目標を発見。戦闘を始めるよ。

 空中炸裂弾頭エアバーストを使う」

 

 マスターズを卒業したヴァルキリーが所属する企業『ブラックリボン』。

 小さいながらも企業トップに祭り上げられたアズサは七面倒臭い書類仕事から解放されて、自ら好んで前線に出ている。

 すでに対象の大まかな位置や戦法などを暴き立てたヴァルキリーたち。彼女らの一人が大型の銃器を構えて進む。

 パイナップルエイプたちは再びこっちに警戒する姿勢を見せたが……大型の銃器、グレネードランチャーの引き金を引いた。

 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっと軽快な発射音と共に噴煙の尾を引きながら発射される榴弾。

 それらは放物線を描きながら――パイナップルエイプへの接近と同時に空中で爆発した。


「ギャアアァツ!」


 至近距離で弾ける爆圧、衝撃。

 彼らの体毛はちょっとした装甲性能を有しているから致命傷ではないだろうが……ばらまかれた破片の効果によって体のあちこちから出血している。だが一番の問題は手傷を負って動きが鈍ったうえ、衝撃で地面に落下している。

 のろのろと起き上がろうとしたタイミングに一斉射撃を浴びれば、ひとたまりもなかった。


「適切な戦術、適切な装備……楽でいいね」


 アズサは呟きながらモンスターの殺気を覚えて銃を構えた。

 一矢報いようと、まだ生体榴弾を残していた一匹が瘤を剥ぎ取り投擲の姿勢に移る。

 それを見ながらアズサはアサルトライフルを咄嗟にフルオートから単射に切り替え。スコープもないアイアンサイトで狙いを定めて指切り発射した弾丸は、こっちに投げ出された榴弾の真芯を撃ち抜き、投擲しようとした相手にそのまま撃ち返す。

 次の瞬間には強烈な爆発に巻き込まれた相手が消し飛んでいた。


「マスターは過保護が過ぎるけど、仕方ないか」


『マスターズ』での経歴も長いアズサ。自分の腕前を鑑みればこの程度のモンスター相手など事前情報なしでも無傷に済ませる自信がある。まぁそれでも……ナイフ一本で躍りかかるユーヒ先輩や、いつものようにマークスマンライフルを構えて打つだけで敵が落ちるマイゴ先輩などに比べればまだまだだ。

 相手が高所だろうと当てやすい空中炸裂弾頭エアバーストで地上に落して一斉射撃でトドメをさす。一番簡単で確実な戦術がこれだ。

 とはいえ……この未開の地に新人も送りこんでいるのだ。心配なのも仕方ないか。

 大事にされている――ちょっとだけむず痒い感覚を覚えたアズサは、周囲に敵影がないことを確認し号令する。


「周辺警戒しつつ、10分の休憩。……サン、他の場所はどう?」

『負傷者、死傷者ゼロ。予定通り進めています』 

 

 そっか、と気を抜こうとしたその時だった。


「アズサ隊長! その……へんなものが」

「変なもの?」

「あれです」


 部下の一人が木々の隙間にあるものを見つけて指差している。

 アズサはそっちに向かい、視線の先にある――何かを、拡張現実を介して拡大表示。


 その正体に気づいて……思わず息を呑んだ。


「……立ち入り禁止の看板? サン、ちょっと……どのぐらい古いかわかる?」

『計測中』


 遠くにある看板が……《破局》以前の、百年の歳月を経てまだ残っている古いものなら、まだいい。

 だが……《破局》より後に建てられた看板であるなら、あの『立ち入り禁止』の文字は、本土から見放され、この『フォーランド』に住まう現地人が立てた警告かもしれない。

 ここはまだまだ無理をする局面ではない。離れる事を即断する。


「マスターに連絡。ここから退……」

『そうそう、それでいいぜ。……そこから先は、『ビッグ・ジョー』の縄張りだ』


 一時退避、そう言おうとしたアズサは――突如通信に割り込んできた女の声に息を呑んだ。

 こっちの周波数に割り込んでいる?! サンの張り巡らせている防壁を掻い潜った相手の声はアズサは、今もなおサンとの通信が確立されたままなのにいぶかしんだ。

 相手が知性のある人間ならこっちの通信を妨害するなど簡単のはず。大量のドローンにWi-Fiを積んでリレー形式でネット回線を確立しているが、それは相手が知性のないモンスターだからだ。ハードウェアを物理的に破壊するだけで妨害できるのに、相手はそれをしていない。


(……敵対の意志はない?)


 アズサは言う。


「あんた誰かな?」

『ひとまず敵じゃねぇが……思ったより近いな。まずは息を潜めて物陰に隠れてからだ。

 いいか、物音一つ立てるなよ。荷電粒子砲の餌食にはなりたかねぇだろ?』


 どういう意味、と尋ねようとしたアズサは――ずしんっ、とその振動音だけで、恐ろしいほどの巨躯、恐ろしいほどの重量物が移動していると悟った。

 言葉を使わず拡張現実を介して全員に隠れるように命令。

 視線を向ける――。



 小山のような大顎のモンスターが、カメラアイから赤い光を発しながら周囲を見回している姿が見えた。

 

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