第362話 血の代わりに財




 水面に白い波を刻み付け、船体が進む。まるで潜水艦のように巨体の大半を水中に沈めながらそれは『フォーランド』を目指していた。

 空中都市三番艦『ブルー』、統合制御AIの『サン』によって進む巨大船舶は、空間圧縮機能のその大半を解除し数百メートルの大型船の威容をさらけ出しながら海面近くをゆっくりと前進する。

 船体のあちこちには今回のミッションに備えて増設された火器類。

 今回の仕事には危険が伴う。『マスターズ』はこのミッションに備えて企業の金で『ブルー』に大幅な火力を増設していた。

 ゆっくりと海岸線に近づくにつれ、『ブルー』は減速する。


 ハッチが開き、ユイトはゆっくりと姿を現した。


「海のにおいは強烈だな」

『まだ慣れませんの?』


 通信越しに聞こえるレオナの声に、頷きながらユイトはこれから目指すべき『フォーランド』の海岸線に視線を移す。

 

『慣れるとそれほどじゃありませんわよ。……海岸線に到着しましたわ』

「わかってると思うが、俺たち二人は調査を行うみんなの火消し役、緊急時の増援だ。

 頼むぞ」


 もちろん、と通信向こうのレオナは頷く。


『カレンの分まで頑張りますわよ!』

「ああ。高脅威を確認次第、こっちからも流星剣を撃ち込んでいく」

『ミサイルはモンスターの神経を逆なでする可能性がありますものね』


 同時に、大型の巨大ハッチが開き、中から大きな装甲に身を包む強化外骨格エグゾスケルトンが姿を現す。

 腕には人型兵器コロッサス・モジュール用の20ミリ機関砲をひっさげ、背中から延びる副腕には弾倉と大型のヒートマチェットを引っ提げている。


『フォーランド』の開拓業務を受け、ユイト達が密やかに連絡を取ったGATの創始者一族の娘、ローズウィル。

 彼女の私兵部隊が運用していた最新鋭の強化外骨格エグゾスケルトン、ヘカトンケイルは背部に搭載した追加の推進ユニットの具合を確かめるように三次元偏向ベクタードノズルを稼働させる。


『発進準備よろし。ユイト、先行して索敵を続けるキリヤ装甲歩哨からの連絡は?』

「攻撃的なモンスターと遭遇はしているが、現地人との接触はまだだ」

『了解。彼らが接触してきた際は会談するようにするとして……イデ〇ンの白旗みたいにならないといいですわね』

「不吉なこと言わないでくれる?!」


 ユイトは本気で嫌そうな顔をして叫んだ。

 講和や会談のために掲げた、降伏を意図する白旗もまったく異なる文化や文明の相手にとって同じ意味だとは限らない。

 もちろんイデ〇ンの白旗の時と違い、この『フォーランド』に住まう人々は100年前まで本土と同じ文化を共有していたはずだから、さすがにそんな事はないだろ、と思うものの……これから進むのはろくに調査の進んでいない未開の地だ。不安は残る。



 未知の島を手探りで進む危険は避けたかったからこそ、恐らくこの地に対して情報を持つRS-Ⅱとコンタクトを取りたかったが、ガーディの指示通り、インテリジェント・テクニカ社のCEOへと面談を要求したものの連絡はなかった。


 ただ、まるで無反応だったわけではない。


 衛星軌道から撮影したと思しき『フォーランド』の地図。その中にある……文明の光。恐らくは生存域らしき小さな都市。

 そしてインテリジェント・テクニカ社製の強力な無人兵器や武器などが無償で供給されている。

 どうやらこのミッションが成功することをRS-Ⅱは望んでいるようだ。ローズウィルにRS-Ⅱ、銃器最大手のGATに、ドローンとAI技術最高峰のインテリジェント・テクニカ社。二社の強力なバックアップを受けている。

 

 事前にできる手はすべて打っておいた。

 サンの電子音声が聞こえてくる。 


『聞こえますか、ユイト、レオナ。自走ドローンコンテナ、射出位置へ。圧力カタパルト、正常加圧中。射出までのカウントを開始』


 その言葉を受けながらユイトは頷く。


「支払いは企業持ちだ。贅沢に行こう。

 ……では、キリヤ装甲歩哨のドローンオペレーターの皆さん。手はず通りに」

『了解!』


 ここから遠く離れた安全な都市で、空調の聞いた室内から遠隔でドローンを操縦するオフィスワーカー達。

 以前、アズマミヤ都の争乱で共同戦線を張ったキリヤ装甲歩哨は今回の作戦にも参加していた。

 

 ばうんっ! と強烈な衝撃音と共に空中へと跳ね飛ばされるコンテナ。


 海上から海岸に投擲されたコンテナは空中でパラシュートを開いてふわふわと軟着陸。

 圧力バルブが解放され、コンテナの蓋が開けば――内部にみっしりと詰まった円盤型ドローンが姿を現す。待機状態だったそれらは一斉にオレンジからグリーンの電子光を煌めかせ、稼働する。

 

『探索を開始する』


 ドローンオペレーターの声と共に、内蔵されていた円盤型ドローンがタイヤのように回転しながら疾走を始める。

 中心部分にひょこっとカメラアイを展開して周辺の光景を撮影しながらそれぞれ四方へと散会。

 この『フォーランド』は深い密林に覆われたトリプルキャノピー。空撮では察知できない地形情報は直に撮影して確かめる必要がある。


「サン、どうだ?」

『《破局》以前の地形データと照会中。36%の割合で食い違いがあります』

『それだけ戦闘が激しかったという事ですわね。

 ……それにしても。わたくしたちも随分と贅沢になりましたわねぇ……』


 レオナは自分の拡張現実に流れ込んでくる膨大なデータを見ながら呆れたように笑う。

 先行して射出された円盤型ドローン、通称『ガンルンバ』は探査性能と最低限の戦闘力を搭載した安価なドローンだ。それでも一台20万円はする。

 ……ユイトは横目で、今もなお連続してドローンコンテナを射出する圧力カタパルトを見た。

 先行するドローンはインテリジェント・テクニカ社製の量産型。

 これらは『フォーランド』に生息するモンスターの情報、戦法などを威力偵察して暴き立て、その情報などをデータとして回収するための使い捨て前提。ここで得た情報をもとに、アズサたち『ブラックリボン』のヴァルキリーに有効な戦術、武装を確立してから投入する予定だ。


 ドローンの消耗を前提とした戦法は、本来なら実現できない。コストがかかりすぎる。普通なら強化スーツを着込んだ兵士を投入し、生き残れば良し、戦死したなら次を出す、だろう。企業にとって一番安いのは外注の人命だ。

 こんな金に任せた戦法など、バックが巨大な企業の戦闘部隊ぐらいだろう。

 先ほどのレオナの呟きにはユイトも同感だ。中小企業である『マスターズ』がこんな採算を度外視した戦い方をできるなんて隔世の感がある。だがそれでもユイトは穏やかに笑う。

 

「血を流すことを機械に肩代わりさせられるならどんどんやるべきさ。

 どうせ俺たちの金じゃない。ガンガン行こう」

『血を金で贖うほうが健康的だし心にも優しいですものねぇ』


 そうこうしているうちに、遠方で銃声が響き始める。


「始まったか」

『まだ小規模のようですわね』


 銃声――ただ戦っているのは遠隔操縦の無人兵器。見知らぬところで育てた弟子が傷ついている――などと心配する必要もない。

 戦闘に対応するドローンオペレーターを除いてユイト達は気楽なものだ。

 


 少なくとも、今はまだ気楽でいられた。

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