第361話 仕方がない


 

 雷霆神功。

 電気エネルギーを吸収し、おのが気脈のうちに取り込む稀代の神功。

 そして、先の天羽あもうサイコラボとの一件を乗り越え、本来持つべきだった雷撃能力ボルトキネシスを取り戻したユイトにとってはこれほど相性のいい武功もない。

 脳髄から思念の力で発生する雷撃はそのままユイトの経脈へと流れ込み、己の中を走る内功へと変換される。

 本来ならこの武功は、会得するのが困難極まるものだった。

 雷霆神功が生み出された時代では雷撃を受ければ必ず死ぬ。

 文字通り必死になって修練する代物。ユイトの武功を聞いて血魔卿が「狂気の沙汰」と言ったのも当たり前だ。


 だが、思念の力で雷撃を生み出せるユイトは、以前よりも遥かに内功の厚みを強めていた。


 それはトレーニングルームの中、対面で修練に励むナインも同様だった。

 

「よくここまでついて来たな、ナイン」

「ああ……」


 以前出会った時は、長年監禁されてきた影響で体格にも恵まれず、世間の常識一般もまるで知らない男であった。

 けれども苛烈な修練を経て筋骨たくましい五体へと成長を遂げている。ユイトの力をコピーした今は雷撃能力ボルトキネシスまで会得し、ユイトと同じく雷霆神功を教えられ修練に励んでいた。……もっとも、兄レイジの放った10億ボルトによって内功を獲得したユイトとは違う。せいぜい雷霆小功と言ったところか。

 だが、これでさらに複数種の超能力まで操るのだ、正直今の彼を相手取ったなら、ユイトでも簡単にはいかないだろう。

 強くなった――それは間違いない。

 ただ、ナインの顔には喜びらしいものはあまり浮かんでは来なかった。


 ナインが、『彼』と呼んでいた大切な親友。

 天羽あもうサイコラボの中にコンピューター内で再現された、幼少期のレイジの人格。

 彼を、あの薄暗い倉庫の奥底から引っ張り出し、助け出し、明るい日差しのもとで共に幸せになるのが、彼の一番の目的だった。

 最初、ユイトと出会った頃のナインは生きる気力、張り合いがあった。強くなるのを楽しんでいた。

 だが、強くなることが『我がまま』を通すことであるなら……ナインはかつて持っていたはずの動機を失っていた。


『彼』自身が、弟のユイトを助けるために決断した、己の命を絶つ決断……あの一件以来、ナインは生きるために必要なものを欠いている。


「なぁ。ナイン」

「……悪い、一緒に行く気にはならないんだ」


 ユイトの心の表層に浮かんだ誘いを超能力で読んだか、あるいは読むまでもないわかりきった問いかけだったか。

 彼の手助けがあれば『フォーランド』での戦いも楽になるが……無理強いはできなかった。

 ナインにはいろいろと手伝ってもらっている。


 その最たるものが……ユイトの腰間に下げている万年寒鉄の刀をサイコメトリーによって――その残留思念を読み取ってもらったことだ。


 万年寒鉄は古代でも希少であり、血魔卿が使っていたあの剣とも遜色ない代物だった。

 当然なら、過去の持ち主は誰もが絶頂を極めた達人であり、その剣筋を読み解くことはユイトの剣技をより洗練させてくれたのだ。

 こればかりは金で贖えない経験だ。


 だからこそ……ユイトもナインの為に骨を折ってやる気ではあったのだが。


「……兄さんに合わせてやるという約束……すぐには果たせそうにない。すまない」

「いいんだ。事情は分かっている」


 ……今のナインにとってのただ一つの望み。

 それは親友だった『彼』のオリジナルであるレイジ=トールマンにどうにか会いたい、というものだった。

 もちろん……レイジにあの事件の真相は明かせない。

 当人の知らないところで脳神経分布図ニューロンマップを作られ、過去の自分の精神と人格がどこかの機械に再現されて幽閉されていたなんて……そんな悍ましいことがあろうものか。

 だから、ユイトは最初、レイジには『俺の友達だよ』とゴリ押しするつもりだったのだが……。


「仕方がない。レイジ=トールマンは力が弱まって、それを補うために練習に励んでいるんだろう?

 外部からの連絡も断って籠っているなら、すぐには出てこないんだろうし。

 仕方ない……仕方ない仕方ない仕方ない……くそ」


 ナインは少し……考え込むようにしてから口を開いた。


「仕方がないわけないだろ……ユイト」

「なんだ」

「……彼、レイジはトレーニングで元の力を取り戻したら。また嵐の騎手ストームライダーとして戦うのか。

 君とカレンさんの結婚式にも参列できないまま」

「それは別にいいんだ、兄さんが参列できないならやる意味も」

「そうじゃない」


 ナインは仕方ない、と諦めて笑うユイトの言葉を遮った。

 かすかな苛立ちはユイトへのものではない。一個人に何もかもを押し付ける機構システムに向けられた、王様は裸だと叫ぶ子供のように単純でまっすぐな疑問の言葉だった。


「双子の弟の一生に一度の祝辞だろ? 

 普通ならどんな大変な仕事があろうとも放り出して参列したいはずだ。誰にだってそういう権利はあるはずだ」

「それは……」

「おかしいじゃないか、どうして弟の結婚式にさえ出てやれないんだ。

 俺は絶対におかしいと思う。なぁ、レイジは……本当に、自由なのか?

 俺には……天羽あもうサイコラボに囚われていた『彼』と同じぐらい不自由な囚人に思える」


 ユイトは、ナインの疑問に返す言葉を持たなかった。

 なぜならユイト自身、兄の事をがんじがらめで自由のない、世界で一番の力と権力を持った囚人のように感じていたからだ。


 少しの沈黙が流れる。

 ナインは嘆息をこぼした。その嘆息を、ユイトは兄にすべてを押し付けて仕方ないとあきらめていた自分への失望のように感じた。仕方ない、俺は確かに失望に値する男かもしれないな、と思いつつ、言う。


「……ナイン。お前はこれからどうするんだ?」

「どうするべき……かなぁ。

 俺はユイトのように愛する人もいない。誰かを鍛え上げて人生をより良くする導きなんてできない。

 やりたいことが……今は何もないんだ」


 ナインの心が弱っているのは分かる。

 しかし幼い頃から励まし合っていた『彼』を失ったナインにどういう慰めの言葉を掛ければいいのか、正直わからないのだ。

 ただ……そこまで言ってから、ナインの顔にほんの少しだが……喜びや楽しみの色が広がる。

 心から待ちわびている事があったと思い出して、思わず笑顔を浮かべたのだ。


「いや……訂正するよ。俺の荒涼とした以降の人生にも、まだ暖かな幸せは残っていた。

 おめでとうがまだだったのを忘れていた。ユイト。カレンさんとのご結婚おめでとう。 


 やりたいことは君たちの間に生まれる、赤ちゃんの顔を見ることだ。


 何が何でも、必ず、絶対に顔を見に来るよ」

「……ああ。待っている」


 今、ナインに必要なものは傷心から立ち直るための時間だろう。

 その彼に、生きる気力を与えてみせたのだから、ユイトとカレンの子は産まれるまでの時点ですでに善行を成していた。大したものだと顔をほころばせる。


「君のような超人なら問題はないだろうが、元気でいてくれ。ユイト」

「あんたの親友の『彼』の命日にはまた集まって弔おう。また酒でも飲もう。元気でな、ナイン」


 お互いに無事を祈りつつ、二人は握手を交わし。肩を叩いて励まし合う。

 そうしてナインは傷ついた心を癒すために『マスターズ』へと別れを告げるのであった。







 ただ。

 また酒を飲む約束が果たされることはなかった。



 永遠に。

 

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