第359話 それだけは許さない
ネイト。
現在、『シスターズ』内部で権力を掌握したヴァルキリー第四世代。
その詳細な人物評について、ユイトは二名の仲間から説明を受けている。
ネイトに関する評価者、一人目はカレン=イスルギ。
カレンが『シスターズ』の在籍時代からの友人で、明朗活発で努力家。天才肌ではないが、石にかじりつくような執念でどんなハードな修練もこなす。当時はカレンとバディを組んでおり、背中を任せられる優秀な仲間であり友人だった。
当時の訓練途中で、カレンの走火入魔の症状が悪化して暴走した陽の内氣が彼女の顔を焼いてしまう。
それ以降は合わせる顔もなく、『シスターズ』から離れてからはネットを介しても会話をしていない。
ネイトに関する評価者、二人目はブロッサム。
カレン=イスルギによって顔を焼かれ……にも拘わらず振り込まれた治療費で怪我を直すためには使わなかった。送金されて受け取った金銭を『シスターズ』の運営費に寄付した、組織に忠誠を誓う模範的なヴァルキリー。ただしブロッサムはネイトの一見美談に聞こえる寄付を『偽善の極みですよぉ。アレ……そういうタマじゃありませんねぇ』と評している。
正確は高圧的だが、論理に破綻はなく正論で他者を抑圧、支配するタイプ。
兵士としては一級品だが、これまで不得手だったはずの戦闘指揮官としての才能も発揮。まるで『人が変わったようだ』と評される。
現在では20代でありながら『シスターズ』の中でも実権を握りつつある有能な敵だ。
二人からの評価を聞いた時、ユイトはまるで違う内容に首を捻った。
果たしてカレンと仲が良かった時は猫を被っていたのか。
あるいはブロッサムと出会うまでに性格が一変するような出来事があったのか。
ユイトは言う。
「さてと。『マスターズ』と『シスターズ』。
その意思決定に関与する重要人物が角突き合わせているわけだが。
あんたたちは『フォーランド』の北側から侵入し、現地人との折衝に当たる。俺たちは南から、同様に現地人と接触する。
そのあたりで異議や意見は?」
「事前に折衝した通りです。進めてもらって構いません」
もちろんこんな重要な作戦内容をユイトが個人で進めるはずがない。
仲間との協議を重ね、あとは判子を押して終わる段階だ。
両名の了承を受け、音声記録が証拠として記録される。
「カレンは妊娠したのが本当ですか」
「ああ」
「へぇ。あの子が」
ユイトはネイトの目に浮かぶ感情の色に……一瞬懐に忍ばせているスマートナイフをそのまま投擲してやるべきか、と思った。
ネイトにとっては旧友であるはずのカレンの妊娠、そして正式な結婚の情報ぐらいは相手も掴んでいるだろう。ユイトだって隠す気はない。
「妻に手を出すなら殺す」
「わたしをここで殺せば全面戦争になりますが」
だが、カレンが幸せになることを聞いた瞬間に、ネイトが両目に宿す感情は殺意にも見える冷ややかな感情だ。
こんな目をする奴だ、カレンに対してよからぬ感情をもっていても不思議ではない。
ユイトの冷ややかな殺意の言葉に、ネイトの護衛と思しき姿を消したままのヴァルキリーが、銃を構えるかすかな音を聞いた。
「今度はこっちから質問したいが?」
「どうぞ」
はぁ、と小さく呼吸してから尋ねる。
「俺がカレンと最初に出会ったのは……ここからずっと東の僻地。風車村と呼ばれる村だった」
あそこで生体強化学による救いの手が間に合ったのは本当に行幸だった。
そうでなければ
……これは偶然か?
目の前にいる『シスターズ』の中心人物となったネイトは、
その
『シスターズ』にとって不都合な人物を消すついでにカレンを狙った線はないのか?
もしそうなら理由はなんだ――頭に思い浮かぶのは、カレンの父だと判明した熱血魔シゲン=イスルギ。その写真をブロッサムに託した後で自害したベギー事務長。
それにカレンが関係しているから、事を闇に葬るために……『シスターズ』はあの頃から殺し屋を放っていたのか?
「あの時、カレンで人体実験しようとした
「新型の薬物が開発され、人体実験に『シスターズ』の人間を使わせてほしい、と提案されたので。
惜しくない人材を紹介しました」
殺す、の一言で頭の中が満ち溢れた。
ぼぅと下腹、丹田で熱気が渦巻く。
妻の命を、あの頃から狙っていた――そう予想しただけで激情が脳髄で荒れ狂い殺意一色で塗りつぶされそうになる。
走火入魔の予兆、かなりきわどいところに至りつつもユイトは怒り狂いながら……どこかで冷静だった。殺してもいいだろう、こいつは。殺すべきだ。排除するべきだ。足を低く身をかがめ、跳躍の準備動作に至ろうとした瞬間。
ひゅん、と後ろから飛んできた石ころがユイトの頭に後ろから命中した。
意識が前のめりになりすぎて背後からの奇襲にさえ気づけなかった?! だが後ろはユーヒとマイゴ、二人の腕利きがいたはず――驚きながら振り向いた先には……近くの石ころを投擲した直後のままのマイゴがいた。心配げな目でユイトを見つめている。
「ま、マスター! 挑発に乗らないで!」
『連中、カメラ持ってるよっ!』
次いで飛んでくるユーヒの言葉に、そういう手か、と理解する。
先のブロッサムの一件で大きなダメージを受けた連中は、今度は『マスターズ』に対する挑発を仕掛けてきた。
ネイトは非武装。会話をしに来た丸腰の女に襲い掛かる姿を撮影されれば悪評は免れない。
……他ならぬカレンの命を狙っていたと知らされれば、心魔に陥るであろうユイトの事を研究していたか。だとすれば……目を凝らせば見えてくる。
「おまえ……影武者か」
顔をよく見れば、まるで映画の特殊メイクで使う良くできた人面装具のようなマスクだ。
身長、背丈のよく似た人間を見繕い、安全な場所から会話していただけなのだろう。
『3D投影装置を使う事も考えましたが。
あなたは気脈の流れを読む。だから生身を使う必要がありました』
「そのために犠牲者を一人、引っ張ってきたのか」
ならネイトの護衛だと思った、光学迷彩に隠れたままの相手は逃げないようにするための見張り役といったほうが正しい訳か。
どのみち、部下でさえ平気で捨て駒にする輩だ――わかっていたことだが、残念だ。
カレンの古い友人は……今や血も涙もない。
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