第358話 秘密会談
カサイ都。
かつては海運業で栄えた港を中心に発展した一大都市だったが、《破局》以降は人類とモンスターとの戦争における最前線の位置づけとなっている。
だからこそ、数十年前までは各企業や他の都市会議から膨大な支援金を得て軍備を整えていた。
その人類文明の守護者である地位を
その最たるものが、都市中央にある複数の巨大な大砲だ。
100年近く前に製造された古い骨董品ではあるものの、当時の技術の粋を結集して作られたそれは、丁寧にメンテナンスを行えば設計当初のように、膨大な榴弾や砲弾を雨あられと打ち込めるだろう。
その光景をモノレールの中から見学していると……今回ユイトの護衛としてついてきたユーヒが大声をあげる。
初めて見る、巨大な建築物に興奮を隠し切れないようだ。
「ね、ねー! マスター? あれってなーに?」
「ユーヒ、あれは『壁』の内側から『フォーランド』を攻撃するための大砲、通称『ヘビーレイン』と呼ばれる兵器だよ」
「そっかー」
ユイトが応える暇もなく、マイゴが相棒の疑問に答えてやっていた。
モノレールで移動中に遥か彼方で見える巨人砲を見て、明るさと好奇心で彩られた声が響いている。
ユーヒとマイゴの二人は、今日は護衛という名目でユイトと同行し、『カサイ』都へと足を運んでいた。
ユーヒの質問と、そんな質問をあらかじめ予想していたらしいマイゴの声が傍で弾けている。
未だに年若く、未来を多く持ってる娘らだが、ユーヒとマイゴの二人は間違いなく『マスターズ』の中でも屈指の使い手に成長していた。
ここは『壁』に面する都市、『カサイ』都。
《破局》時にはここが人類世界を守護する最前線と目され、都市の外周を覆う『壁』やその周りには針鼠のような巨大な兵器群が『フォーランド』から迫る物体を破砕し尽くすようだった。
その『カサイ』都の中心でもっとも目を引くのが、超大型曲射砲である、『ヘビーレイン』と呼ばれる大砲群だ。
都市の真ん中から『フォーランド』全域を焼き尽くせる量の榴弾を雨あられに降らせる戦略兵器であり、《破局》直後に人類が最も注力した巨大兵器を前にユーヒが言う。
「あれぶち壊していいかなっ、マスター!」
「どうしてそう思うんだ」
「だってあたしたちが今から向かうところに向いているんでしょ?」
「……気持ちはわかるが気が早すぎる」
まぁ、ユーヒが何か嫌な顔をするのも分かる。
あの『ヘビーレイン』が狙いを定めているのはユイト達がこれから向かう先、『フォーランド』だ。
企業の冷酷さを知り尽くしている人間からすれば背中に敵を抱えたまま、危険な場所に赴くようなもの。忌避するのも無理はない。
ただ、さすがにそういう訳には行かないだろう。
あの化け物じみた大型砲から砲弾を討つよりも。思念の力で雷鳴を引き起こす
それを断固として拒絶したのは企業の中でも長老格の老人たち。《破局》の恐ろしさを生きて肌身で感じた最後の世代らだ。
このまま埃をかぶった旧世代の遺物は、ここにきて
(……兄さん)
兄、レイジの代役を果たせる数少ない超兵器を見て思う。
レイジ兄さんの健康に不足はなく、命に別状はない、はずだ。
こればかりは他人に説明できるものではない。同じ血を分けた双子の兄弟ゆえの直感、霊感の類なのか、ユイトは兄が元気にしていることを確信している。なぜかはわからないが、わかるのだ。
時間が立てばまた元気になるはずだ。そう考えていると、ユイトと同じくモノレールの窓から外を見ていたマイゴが言う。
「あ、あの。マスター」
「ああ。マイゴ。どうかしたか?」
「……『フォーランド』には
本当ですか?」
「ああ」
マイゴは少しだけ、懐かしそうに言う。
「なら、私たちスラムの人間や、ベルツさんのかたき討ちになるんですね」
「……そうだな」
ユーヒもマイゴも、ユイトとカレンに拾われたあの日以前の事は口にしたことがない。
ただ、たった一丁のアサルトライフルに縋るように生活していた二人だ。想像はつく。
その最底辺の暮らしの中で、麻薬によって人生を台無しにした人々を見てきたのだろう。二人にとって麻薬を憎む心は私憤であり公憤でもある。
モノレールの窓に張り付いて『ヘビーレイン』の威容を観光客のように見続けていたユーヒが言う。
「そだねっ、そしたら。その時はベルツのお墓に、お参りに行こうか、マスター」
「ああ。必ずな」
……ユイトはもし今回のミッションで
だが、人は飯を食えば用を足さねばならない。生きていけば汗も垢も出る。部屋にすめば埃がたまる。生きていけば穢れる。
重要なのは綺麗に保つことを絶やさないことだ。
「ユーヒ、マイゴ。頼むぞ」
「うん、任せといて!」
「ひ、控えておきますから。マスター」
ユイトはモノレールの車両のドアをサンにハッキングさせ開錠させる。本来なら停車の予定がない駅。そこが待ち合わせ場所だ。
走行中の車両から飛び降りる三人は危なげなく転がりながら起き上がり、周囲を見舞わした。
この駅は工事途中に廃棄されており、本体ならどの列車も停車しない。密談にはいろいろ都合が良かった。あるいは……例え戦闘に発展しようとも、お互い死体の始末が楽になる。
後ろでユーヒとマイゴが光学迷彩用のクロークを纏い、姿を隠す。
ユイトは鉄道のレールを挟んで向こう側のホームにいる相手に視線を向けた。
指揮官らしいベレー帽と軍服の女。
顔には焼け爛れた無惨な火傷のあとを、まるで他者を威圧するための化粧のように扱っている。
やけどの傷の中で輝く片方の目は義眼なのだろう、電子光が収縮し、こっちをズームアップして見ているようだ。マイゴから通信が来る。もうすでに位置を変え、全体を見渡せる配置についたようだ。
『マスター、右上と左奥に二人。
『続けて観測を頼む。ユーヒは現状で待機だ』
『おっけー!』
すでに高弟二人は姿を消してそれぞれ交渉決裂に備えて待機している。
火傷の女は言う。
「カレン=イスルギ、カレンはどうしたんです? あなたの共同経営者と聞きましたが」
「昔顔を焼いてしまった友人相手となると虚心でいられないそうでな。
代理で来たんだ。不足か、ネイト指揮官」
「それは残念。旧交を温めようと思っていたのですが」
「俺たちはそんな仲良しか。違うだろう」
ユイトは目を細め、冷ややかな憎悪を目に込める。
ネイト――カレンの旧友であり、彼女が昔、走火入魔に陥った際、気の暴走で顔を焼いてしまった相手。
そして……ブロッサムの小隊を爆弾として扱った……あの事件を主導したと目される敵であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます