第357話 離ればなれはいやだよ



 RS-Ⅱとのコンタクトの方法。

 その質問を受けてガーディは、サンにおんぶされた視線をユイトに向けた。またサンの耳元にひそひそと耳打ちする。


『ガーディは『発言の意図が不明。それよりマインスイーパーが嫌なら何にする?』と』

「どう考えたって人類がボードゲームで勝てる光景が見えないんだが。……ガーディ、おまえならRS-Ⅱと連絡する手段を確保しているんじゃないのか? どうしても奴と連絡を取り合いたいんだ」


 RS-Ⅱとの関係は『スカイネスト』にとっては親子。義理があるから黙っているのだろうか、とも考える。しかし人間より彼女らAIの関係はドライのはずだ。

 教えてくれる交渉の糸口、どこかにとっかかりはないか、と考えるユイトの携帯端末に――着信メッセージが来る。

 見れば差出人の名前がない……つまり非正規な方法で送られたメールだ。


「これは?」


 と思って顔を上げるとガーディがおんぶされたまま両手でピースしている。話の流れからして彼女が送ったものだろう。

 いぶかしみながらユイトはそのメッセージのアドレスを検索する。


「……インテリジェント・テクニカ社へのメールアドレス? こんなものなんで……」

『『インテリジェント・テクニカ社のCEOがRS-Ⅱだから』と、ガーディは言っていますね』

「えっ」


 ユイトは思わず唖然として呟く。

 ドローンやAIシステム、人工知能に制御された高性能の銃器など、高い技術力で大企業の一角として君臨している『インテリジェント・テクニカ』社。

 その大企業のトップが、空中都市艦弐番艦にあたる『スター』の統合制御AI、RS-Ⅱの表向きの顔カバーだというのだろうか。続けてユイトの拡張現実を介して送られる画像はその証拠という意味だろうか。

 ただしユイトが見ても訳の分からない数式や記号が山ほど並んでいるので、何がなにやらだ。

 しかしそれを横目に眺めるサンからすれば一目瞭然なのだろう、顔に納得の色を見せて頷いている。ユイトは縋った。


「サン、あの。もうちょっとわかりやすくしてくれない?」

『これはガーディの本体、『スカイネスト』のドローン制御システムのOSと『インテリジェント・テクニカ』社の攻撃ドローンの制御システムを並べて比較したものです。前者と後者には七割近くの共通した部分が見受けられます。確かにこれは……『インテリジェント・テクニカ』社が関係している証拠でしょう』


 サンが改めて強調表示したOSの中身には、確かにかなりの部分に同一性が見受けられる。

 ユイトは頷いた。


「……驚いた、というよりは、納得だな」


《破局》によって暴走したAIは人類社会に多大な悪影響を及ぼした。

 当然ながら当時の人々は人工知能に対する極度のアレルギーを見せる。今まで無人化されていたシステムに人力を噛ませるようになり、効率は極端に落ちたと聞くが……あの時代は誰彼も親類縁者、友人知人の誰かを人工知能の暴走で失っている。毛嫌いも無理もない。

 

 そんなAI産業は当時から競争者のいないブルーオーシャンだ。

 インテリジェント・テクニカ社は他企業が参入に二の足を踏んでいた時代から地道に実績を重ね、大企業の一角として君臨している。


「その大企業のトップがそもそもAIだった。

 むしろどうして今までその可能性に思い至らなかったのか。……サン、連絡を取っておいてくれ。

 RS-Ⅱに会談を申し込む。彼女の目的が『フォーランド』の現地人保護なら、資金、資材の両方でバックアップを得られるかもしれない。

 それと……なるべく極秘裏に――ローズウィルに話をつけたい」


 GATの創始者一族の娘。その資産は天文学的であり、これから『フォーランド』を企業も容易に手出しできないように成長させるなら、手を貸してもらえれば大きな力になる。ただ、ローズウィルから支援を取り付けていると聞けば、他の大企業から警戒されるだろうから、秘密裏に事を運ばねばならない。


 ユイトはちょっと考えていた。

 かつて自分を好いていた女性に頼み込んで金を出してもらう。


 世間一般的に考えるとヒモっぽいな、と思ったが、それもこれも、企業に支配されない自由な独立のためだと自分をごまかすことにした。




『マスターズ』の全員から返信が来る。同盟企業であるアズサが代表を務める『ブラックリボン』と『ナイトオーダー』からも、だ。

 状況が進めばキリヤ装甲歩哨にも連絡をするだろう。ドローン操縦のエキスパートである彼らがいれば、哨戒業務を肩代わりしてもらえる。

 どのみち企業や各都市会議から依頼をされれば断り切れない。

 ならば自分たちの未来をより明るいものへと結びつけるユイトのプランに全員が乗り気だ。

 

 ユマ議員を介して事前に知った『フォーランド』への探索と、現地人の教導。

 未知の土地だし、そもそも現地人が『マスターズ』に友好的とも限らない。彼らからすれば本土の人間は自分たちを見捨てた人間の一人だ。困難は山ほどあるだろうと予想もできる。

 

 だから一つだけ。

 ユイトには解決すべき難題が控えている。



「カレン」

「ユイト。お帰り」


 先日、書類申請も済んで二人は法的にも結ばれた。

 妊娠してまだ初期だからお腹は目立っていないが、あと数か月もすれば変わってくるだろう。ユイトはおずおずと口を開く。

 

「……なぁ、カレン」

「あたしを残して行こうと考えてる?」


 先手を打たれてユイトは思わず言葉を詰まらせる。

 図星だった。

 

『マスターズ』から卒業したヴァルキリーの娘らは、アズサが代表を務める子会社の『ブラックリボン』に属し、傭兵家業にいそしんでいる。現在『マスターズ』はアルイーお婆ちゃんの連れてきた婆さん軍団が指導教官を務めてくれたおかげで大きく余裕も出来ていた。


 今回の仕事で、訓練中の彼女らは連れて行かない。

 今後妊娠で戦闘に出られないカレンも同様に、本州に置いていくべきではないか、という考えがある。

『ブルー』内部には当然ながらサンが統括する高度な医療施設が稼働している。サモンジ博士も外見は悪の天才科学者だが、医者としての技量も知識もサンが太鼓判を押すレベルで頼もしい。出産に問題はない。

 

 ただ、戦場に近い場所になる。

 こういう状況で絶対に安全という事はない。本心を言うならお腹に赤ちゃんのいる恋人と離れ離れになるのは身を斬られるほどにつらいが、二人の安全を想えば耐えることができた。


 だが、そんな安全策を考えているユイトの誤りを正すようにカレンが言う。


「ねぇユイト」

「ああ」

「と、なると『マスターズ』のアズマミヤ支部に残るのはあたしとお婆ちゃん軍団と、訓練途中のヴァルキリー。

 そしてアズマミヤのごく普通のセキュリティになるわね。

 で、尋ねるんだけど。

 もしあたしの身柄を奪いに血魔卿や冷血魔がやってきたら誰が戦ってくれるの」

「……」


 母体の安全を考えるなら……アズマミヤに置いていくのが最善だろう。

 しかし……もしユイトの子供をカレンが妊娠していると血魔卿が知れば誘拐して人質に取られかねない。もしそうなれば、ユイトは何も出来ぬまま膝を屈する以外にない。

 血魔卿、冷血魔に対抗できるのはユイトとアルイーお婆ちゃんの二名のみ。

 アズマミヤのセキュリティは普通の戦力を相手にするなら十分だが……生体強化学を習得した超人相手にはあまりにも心もとなかった。

 カレンは悔恨の表情を浮かべるユイトを見上げながら、気にするなとでも言いたげに優しく笑った。


「あんたがあたしとこの子の安全を気にかけてるのは分かってるわ。

 けれども、あたしにとってこの世で一番安全なのは、あんたの手が、剣が届く間合い」

「わかったよ。ほんとは俺だって、君と離れ離れになるのは辛いんだ」


 彼女の身の安全を守るために一番有効なのが、一緒に『フォーランド』へと連れて行くことだと思った。

 だがそうでないなら、全身全霊を掛けて彼女と我が子を守る。  

 

 ほんの数か月前まで一番大切なものはカレンだったのに、今では一つ増えている。

 その事実に少し感動を覚えながら、ユイトはカレンの事を抱きしめた。

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