第356話 そういえば仲介役がいたよな


 アズマミヤ都庁ビルを出て無人タクシーに乗り、帰る途中でミラ=ミカガミを連れて行く先は『マスターズ』を卒業したヴァルキリーたちの就職先である『ブラックリボン』の施設だ。


「ここでいいか、ミラ」

「うん。ありがとねっ、マスター。アズサには合わなくても?」

「いや、いいさ。忙しいだろうし、よろしく言っといてくれ」


 当初はアズサに突っかかられ、喧嘩を売られたりしたミラも、今ではすっかりと打ち解け合っている。

 そこの事に不思議な感慨を覚えながらも、ユイトは無人タクシーの座席から『ブラックリボン』の社屋に少しだけ懐かしい目を向けた。かつてはロナルド・ローのいた『ブラッドワークス』の社屋。アズサ、マコ=ウララ、ミラ=ミカガミをはじめとする第二期メンバーの元が今はその社屋をわがものにしている。

 

「思えばあいつらも見事に立身出世を果たしたもんだ」


 車両が『マスターズ』の社屋である『ブルー』へのルートを走り始める中で、ユイトはネットワークを確認。

 先ほどミラ=ランがメールにまとめて送信したユマ議員の話の内容を聞いて、主要メンバーに『既読』がついていくのを確認し、ユイトは考えをまとめるように呟いた。


「……RS‐Ⅱの目的は西からの避難民の保護。それは間違いない。

 なら、あの衛星軌道からの投下物サテライトドロップは企業の連中に、『フォーランド』に生きた人間が残されている事を知りつつ隠していた……その事実をごまかす口実に使える」


 落下物に対して調査ドローンを派遣したら、現地人を発見したので今までの常識は過ちでした……という形でこれまで生存者の存在を知りながら黙認していたのを誤魔化せる。

 ユイトの本心としては、こんな誤魔化しを長年続けていた企業のCEOの連中全員が謎の寄生虫に襲われて苦しみ悶えてくれないかな、というあたりだが。

 

 企業や都市会議トップの連中に仏罰が下りますように、とお祈りをしながらユイトは考え込む。

 そしてこの独り言を聞いているであろう、長年の相棒に呟いた。


「サン。RS-Ⅱとコンタクトを取りたい。なるべく手札を増やしたいんだ」

『アレは戦闘と兵器開発を専門とする空中都市艦です。本気で姿をくらまされると補足は困難ですが』

「そこを何とか」


 前回のアズマミヤ大争乱では敵だったが、しかしそれはユイゼン前市長ら旧悪に対する報復が一番の目的だった。

 そして変わらず西の避難民の保護、救助を目的とするなら……今回ユイト達はRS-Ⅱと共闘できるはずだ。問題はどうやってコンタクトを取ればいいのか皆目見当がつかない点である。

 サンに視線を向け――。


「その人知を超えたスーパーなハッキング能力でなんとかならないかな……なにそれ」

『ご要望の人知を超えたスーパーハッキング能力を持っている方です』


 そこで……今までにない妙なものに気づいた。

 サン――電子の海に存在する空中都市艦三番艦『ブルー』の統合制御AI。

 人間とのコミュニケーションのため、かりそめの姿を取るサンは、一つ新しいものを背負っていた。


 幼女である。

 頭に大きな帽子、どこかの制服。銀色の髪にツインテ―ル。頭にはヘッドギア。口をへの字に結んだ無表情ロリを背中におんぶしている。

 ……もし幼女をおんぶしているのが道を行くご婦人であれば「あらかわいい」と思ってそれきりだし。

 もし友人知人が幼女をおんぶしていたらお名前を聞いてちょっとお話をするだろう。子供は宝だ。


 しかし仏頂面の幼女をおんぶしているのは世界最高峰のAIシステムであるサンだ。ならばこの無表情ロリもまた電脳空間に住む人ならざる存在である。

 ユイトの質問に幼女は口を開き――


「&%$##」

「なんて?」


 しゃべりはするものの……少しも分からない。

 意思疎通する気はあるようだが、発した言語が特異すぎて……人間には永遠に理解できなさそうな感じの言葉だった。

 困ったようにユイトは幼女をおんぶするサンへと助けを求めるように見つめる。


『ユイト。ガーディは『また会いましたねこの人間?(強めの疑問形) 今度こそリベンジマッチですよ』と言ってます』

「……いやまて、ガーディ? おまえ、まさか『スカイネスト』の統合制御AIか」


 サンが応えた名前はユイトにもはっきりと聞き覚えがあった。

 あのアズマミヤ大争乱の最終局面に姿を現したレーザー要塞、一都市を壊滅寸前まで追い込んだ空の化け物だ。だが……今では親戚のお姉さんに面倒を見てもらっている風の幼女である。よく見れば来ている服は空軍の制服。胸に航空徽章をつけていた。

 女性型AIが幼女型AIをおんぶするほのぼのした風景にユイトはほほえましい気持ちになったが、質問を続ける。


「それで……なんでおんぶしているんだよ」

『ユイト。ガーディは《破局》以前に想定されていた終末戦争期にミサイル迎撃を目的として生産された空中要塞です。

 この子の思考速度は速すぎて人間には理解不能ですし、言語野も完全ではないため、こうして私が翻訳を務めています』

「なるほど……俺はてっきりお前が自分をもとにした新型の人工知能でも生産したのかと思ったよ」


 そんな風に考えていると、サンにガーディがひそひそ耳打ちする。

 ……この二体のどちらも本体が空中都市艦だったり空中要塞だったりするので、本来情報伝達は一瞬で終わっているはずだ。目の前で幼女がおねえさんに耳打ちするほのぼのとしたわかりやすい意志疎通の光景は、その思考能力についていけない人間に対する気遣いの一種だろうか。


『それでガーディはこう言っています。『まずは前回やられた屈辱を晴らすためにマインスイーパーで勝負です』と』

「お前らAIに計算と予想のゲームで勝てると思えるほど己惚れてないんだが。

 いや、それはまた今度だ。頼む、ガーディ。

 お前の生産工場だったRS-Ⅱとコンタクトを取りたい。なんとか仲介を頼めないか?」


 

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