第355話 試金石



「バカバカしい」


 ユイト=トールマンが吐き捨てるように言った言葉だが、ユマ議員もクゼ議員もどちらも窘めるようなことはなかった。

 世界の指導者層である企業のトップは今まで嵐の騎手ストームライダーに対モンスター戦争を一任させてきた。たった一人に全人類の存亡にまつわる戦いを任せっきりだった。

 それを兄レイジは文句一つ言わず、私人としての普通の生活を投げ捨てて答え続けていた。

 だがここで企業も、どれだけ強大な力と公正無私の人格を持っていようが、好悪の感情がある人間だと思い出したようだ。


 だから今まで見捨ててきた『壁』向こうの『フォーランド』の現地人にいまさら手を差し伸べて利用しようと考えている。

 どれだけ面の皮が厚いのだろう。


 ただ、今は立て込んでいる。

『シスターズ』は先の爆弾事件で悪評が立っている。それでも人員は多く企業としては侮れない。

 彼女たちをどうにかして叩き潰さない限り、そういう依頼を受けられる余裕がないのだ。人員的にも、精神的にも、だ。


 だがそこでユイトは思い出す。クゼ議員に視線を向けた。


「……クゼ議員、そういえばあなた。さっき言ってたな。この依頼が助けになるって。

 どういう意味なんだ」

「ええ。ユイトさん。

 我々はあなたの許諾を得られるなら、この『フォーランド』に住む現地人への教導の仕事を『シスターズ』にも依頼する準備があります」


 ん? とユイトは思わず相手の顔を不審げに見つめた。


「説明を頼むよ」

「ええ。

 あなた方『マスターズ』と『シスターズ』が戦争状態であることは存じ上げています。当事者でしたからね」

「あの日、あなたが参加していたことは俺たちにとって不幸中の幸いだったよ」


 クゼ議員がいなかったら、無為に命が一つ失われていただろう。ユイトにクゼ議員は言葉を続ける。


「この『フォーランド』全体には一か所のみならず、多数の生活圏があることが推測されます。

 ですが、その最中でなら、『シスターズ』の兵士とも接触する機会を多く持てるのではないでしょうか」


 ユイトはその言葉に思案を重ねる。

 ……『シスターズ』で訓練を積んだヴァルキリーは、先の一件で離反したメンバーもいるが……一定数以上はやはり残り続けている。

 恵まれない第四世代のヴァルキリーを救ったのは外ならぬ『シスターズ』。組織への忠誠心や恩義を受けたからだろう……同胞を爆弾にしたという映像証拠を見せられてもまだ半信半疑――あるいは、恩義のある組織が悪辣外道と信じたくないのか。


 だが彼女らと接触する機会が増えれば説得もしやすい。

 なんといっても『マスターズ』は待遇面で『シスターズ』を上回っている。ブロッサムたちの小隊を爆弾にしたあの事件も実際に目撃したメンバーだって多い。

 考え込んでいるユイトにクゼ議員がプロジェクターを走査して新しく情報を表示する。

 

「それともう一つ、伝えるべき情報があります。

 ……この『フォーランド』北部なのですが……」

「北部が?」

「……ここに、ドラッグマフィア、薬死ヤクシの麻薬生産の畑、精製施設があります」


 ユイトはちょっと黙った。横にいるミラ=ミカガミもミラ=ランもどっちも沈黙していた。

 ……今まで『フォーランド』は人間が誰も住んでいない魔境扱いだったはずだ。その魔境に犯罪組織が堂々と施設を立てている……ユイトは思わず叫んだ。


「と、いう事は、企業も都市会議も犯罪組織の温床があると知りながら……『フォーランドには誰も住んでいない』という建前を守る為だけに……放置していたのかよ!!」

「ええ。……残念ですが」


 思わず立ち上がって怒鳴るユイトに、クゼ議員も失望と落胆を隠せない様子で頷く。

 

「クゼ議員。それにな。あの……ブロッサムの小隊が爆弾にされた件を俺たちは忘れちゃいない。

 あの時に使用されていたのは薬死ヤクシの連中が生産した特殊な代物なんだぞ。『シスターズ』と『薬死ヤクシ』の連中が繋がっている恐れがあるのに」

「ええ。ですから――使えませんか。誰が切除すべき悪根なのか、そうでないのか判断するために」


 何が?! と苛立ち交じりに応えようとしたユイトは……ふと冷静さを取り戻し、クゼ議員の言葉の意味に思い至る。


「……なぁ、ミラ。ブロッサムは確か、『シスターズ』で非合法ウェットビジネスに関わっているのは『カーミラ』部隊のような

ごく一部で。それ以外はほとんどが関係ないって話だったな」

「へぅ?! ……あ、うん。そ、だったと思う」


 突然水を向けられて驚いたミラだったが、彼女にとっても以前の事件は痛恨事として今も頭にこびりついている。肯定の頷きを受け、ユイトは頭の中を回転させた。


(……確かに、ブロッサムの小隊に仕込まれた人間を爆弾にするあの薬物は薬死ヤクシが絡んでいる。

 だが麻薬関係の施設に『シスターズ』の兵士を使えるか? 使える訳がない。彼女達の大半は麻薬密売のような非合法ウェットビジネスに無関係だ。だったら、彼女たちを説き伏せて麻薬工場に一緒に攻め込んでそこで動かぬ証拠をほかならぬ彼女ら自身の手で掴ませれば。

 それは『シスターズ』に残留するヴァルキリーたちに組織を見限らせる最大の一手になる。

 ……仲間と協議する必要はあるが、『シスターズ』に引導を渡せるかもしれない)


 ユイトは溜息を吐いて、クゼ議員とユマ議員に視線を向けた。


「確かに、試金石には使えるな」


 横ではよく分かってなさげなミラに、電子画面の中で納得顔のランが事情を説明している。それを横目にしながらユイトは頷いた。

 企業の思惑通りに動くのは正直言って面白くない。しかし今抱え込んでいる大きな問題を解決する一助になる。人助けにもなる。


「……鮮やかに口車に乗せられたよ。政治家には口論で勝てんな」

「ま~仕事ですからねぇ」


 ユマ議員は特に笑いもせずに頷いた。少し前までユイトの頭を埋め尽くしていた企業への嫌悪と反抗意識は静まっている。

 そんな自分に利益、メリットを提示しつつ、企業や他の都市会議の連中の代わりに『マスターズ』のトップを説き伏せた。

 そしてユマ議員は難物と目されている自分に仕事を受けさせたことで発言力を高めるのだろう。


 これだから政治家というやつは怖いのだ。

 ユマ議員は言う。

 

「もし仕事を引き受けてくださった場合は、RS‐Ⅲに、と伝えてくださいな」

「さて。含みのある言葉だな。……ミラ、ラン。そろそろ出よう」

「う、うん」『了解。会話の内容をデータにまとめて主要メンバーに送信しておこう』


 ユイトは地上に降りるためのエレベーターに乗り込みながら考え込む。

 企業はせいぜい『フォーランド』に住む現地人をある程度強くして《スタンピード》に対する防波堤、あるいは時間稼ぎにするつもりにしか考えていない。

 そのためならば、ある程度の整備や海岸線の要塞化だって許可される。

 

 なにせ出る杭を打つのが常の企業からされたのだ。

 

 ユマ議員はRS-Ⅲに期待している。

 何せRS‐Ⅲの本来の用途は工作艦だ。内部に食料品や建築資材の生産工場などを搭載し、《破局》後の世界でインフラを復旧させることを目的の一つとして生産されたのだから、この状況での運用は本来の目的に叶っていた。


 めらめらと、燃える音がする。


 これはユイトの腹の底から燃え上がる野心の炎だ。

 企業の連中が手出しを控える状況で力を溜め、容易に手を出せないようにする。

 一国に比肩すると言われた企業。

 その企業の目を盗み、現地の人々と共同して、モンスターにも企業にも容易に飲まれない国を作る。


 男児としてはなかなかお目にかかれない欣快事に、ユイトは胸が高鳴るような思いだった。

 


 

 

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