第347話 二人の父


 ユイトは天井を仰ぎながら考える。

 もし父がカドケウス・ライフガード社のヘリによって遺体を回収されていたならば、風車村の親切な老人たちはなぜ教えてくれなかったのだろう?

 ……当時、放置されていたモビルフォートの内部にトバの亡骸はあった。

 それを村人たちは回収して埋葬してくれたという。

 もし父の遺体から脳のみが回収されていたり大量の血痕はあっても遺体が消失していたら村人たちはどう思うだろう? モンスターに食い荒らされたと考えるはずだ。

 そしてその息子であるユイトにわざわざ『お前さんの親父の遺体はモンスターに食い荒らされて一かけらも残っていない』と言うだろうか? あの善良で穏やかだった人々がわざわざそんな事をするはずもない。

 ユイトだって父の墓をわざわざ掘り起こして遺体の状態を確かめる訳もなかった。


 それに……もうそろそろ二年近くになる。いまさらわかったところですでに終わった話。

 どこかで養父トバと再会するかもしれない、と覚悟できるだけマシだろう。




「……ユイト」

「カレン?! それにブロッサムも。おい、カレン。あんまり無理をさせるんじゃ」


 サモンジ博士の医務室のドアが開き、中にやってきたカレンとブロッサムに思わず咎めるような声が出る。

 状況を鑑みればブロッサムは絶対安静だ。だがカレンはブロッサムに肩を貸してやりながら室内に入ってくる。「カレンのパチモン」と称されるブロッサムだがこうして並んでみると悲しいほどに乳がなかった、まぁそれはいいが。

 サモンジ博士が椅子をすすめ、それに腰かけるブロッサムにカレンがいう。


「さっき、あたしにしてくれた話。もう一回頼める?」

「はいですよお姉さま。……あたくし様、爆弾にされるような理由に一つ心当たりがあります」


 仲間が死に追いやられ、忠誠を捧げた組織に裏切られた。

 思い起こすことさえ厭わしいはずなのに、今ここで話さなければならないほど重要な話なのか。


「あんたたち『マスターズ』が、『上』の人間と事を構えたと聞いて、あたくし様たちには一時撤収の命令が出ましたぁ。

 けれど、本部に帰還した時……『シスターズ』のベギー事務長に声を掛けられたんです」

「ペギーじゃと? ……そうか、あの子は真面目じゃったが、わしらが去った後も結局は見捨てられなかったんじゃな」


 アルイーのその口ぶりから、恐らくは『シスターズ』の最古参。50年以上昔から組織の中核メンバーとして働いていた第二世代なのだろう。

 

「ペギー事務長は……あたくし様たちがカレン先輩の生存を知らせると、泣いて喜んで。

 その数日後に……拳銃自殺しました」

「なん……じゃと?!」

「……ペギー事務長はあたしも顔見知りだったわ、温厚で、優しくて。

 ただ残念だけど……今重要なのはそこじゃないの」


 アルイーは天を仰いで弟子のひとりの死を悼み……ユイトとレオナも南無阿弥陀仏と唱える。

 ブロッサムは言った。


「ベギー事務長はあたくし様にこう言ったんです。『ごめんなさい、我々は高次人類アセンションヒューマンを心から祝福できなかった』と」

「……おい」


 その言葉には聞き覚えがある。

 アズマミヤ都での戦いのさ中、レオナたちと戦った熱血魔の発した言葉。

 クゼ議員がそれに該当するという謎の性質。男性でありながら先天的に内功を生まれ持った、遺伝子確率100万分の1の男性。

 

「その言葉が最後です。そして……写真を預かりました」

「写真?」

「……カレンお姉さまの父親。

 シゲン=イスルギさんの写真だそうです」


 ユイトは思わずカレンを見た。

 彼女はむっつりと沈黙している。父親の顔写真なんて彼女が一人大切にしまっておけばそれでいいだろうに、わざわざ皆の前に見せる必要があるのか――そう考える。

 ブロッサムは言葉をつづけた。


「……その、シゲン=イスルギという男性の写真はネットワーク、電子端末に残されたデジタルデータはすべて削除され。

 残っているのはペギー事務長が隠し持っていた、現像された一枚だけだったそうですよぉ」

「ネット社会の弊害だな……一度削除すると決めてしまえば、高性能な検索AIが片っ端からすべて消し去ってしまう」


 検索AIの探知から唯一逃れる手段は、物理的に残しておくしかなかったというわけか。

 だが……とユイトは呟く。


「……『シスターズ』内部で一切の情報を削除しなければならず。

 事の真相を知るであろうペギー事務長は、自害してしまった。どうも……『シスターズ』にとっても非常に重要な秘密のようだが」


 ならどうしてカレンはこんなにも暗い顔なのか。

 親の顔が分かったというならただ素直に喜ぶなり、いまさら知っても仕方ないと無関心になるなりありそうなものだが。

 カレンはブロッサムに頷く。見せてやれ、と言うように。


「こちらが……カレンお姉さまの父親、シゲン=イスルギさんの写真になります」


 そして差し出された写真を見て――ユイトとレオナの二人は、思わず、あっ?! と声をあげた。

 アズマミヤ都の争乱の最中に、スラムへと攻撃を仕掛けてきた血魔卿の配下。




 熱血魔の顔が、そこに映っていた。




 以前戦った時のような狂暴さはなく、カレンと似た面影の女性と肩を寄せ合い……同じ指輪を付けて幸せそうに笑っている。




「……子供の頃からずっと不思議だった」


 いつも強気で気丈なカレンの口から出るとは思えないほど、強い苦悩と困惑にあふれた声が響く。


「あたしはシスターズに拾われた孤児で、名前は他の大人たちが付けてくれただけだと思ってた。

 だから……あたしはどうして自分だけ『イスルギ』という名字があるのか不思議だった。何度か『シスターズ』の偉い人に聞いたけど、死ぬほどぶたれて二度と聞く気は起きなかった……何か、かなり良くないことが起きたのね」


 カレンはうつろな目で写真を見る。

 今思い起こせば共通点はあった。カレンも、熱血魔も共に赤い髪、双方とも純陽の氣が多く火功に長けていた。父親だという熱血魔の血を引く証だったのだと今ならわかる。

 写真に写る、父だという男は朗らかに笑っていた。血魔卿の配下として現れた時はスラムの市民を爆弾に変えて殺害したり、市民の殺傷に手を貸したのに。写真の彼と同一人物とは思えないほど幸せに満ちていた。


 血魔卿が言っていたことを思い出す。

 

 

――10年から20年ほど昔に、シスターズの連中に頼まれて気脈を壊し、いずれ走火入魔に陥り死ぬように計らった、――

 


 何かあったのだ。

 熱血魔シゲン=イスルギと、彼の横でほほ笑む、ヴァルキリーではない普通の女性……カレンの母親の二人に、何かあったのだ。

 サモンジ博士が叫ぶ。


「この女性のかた……ヴァルキリーじゃありませんぞ?!  ならどうしてカレンさんはヴァルキリーの体質をもって生まれたのか、うおお我輩すごく気になって……」

「空気読まぬかこのアホタレ」


 確かに冷静に考えるとサモンジ博士の疑問はもっともだ。ヴァルキリーの体質は母親もヴァルキリーであるか否かで決まる。にもかかわらず……この写真が本当ならば母は普通の人なのに、カレンはヴァルキリーの体質を持ったわけだ。

 これまでの前提を覆す話にサモンジ博士は興奮したが。空気を読んだアルイーに締め落とされた。


「わけが……わかんない!!」


 カレンはユイトの胸に顔をうずめながら叫んだ。


「今まで天涯孤独の孤児だと思っていたところで親がいて……育ての親だと思っていた組織は、両親に関して何か重大な秘密を抱えてた! その真相を知るペギー事務長に自ら死を選ばせるような罪深い何かがあった!! 事実を伝え聞いたブロッサムたちまで巻き添えで始末しようとしていた! 

 そして……よりにもよって実の父は……もう死んでる……。

 知らなかったとはいえ、仕方なかったとはいえ……もう殺したあと……」


 ぎゅ、と強く抱き着く。

 理不尽な状況に、訳の分からないところで取り返しがつかなくなった父親の存在に困惑している。

 

「どうして父だっていう男は、血魔卿なんかの手下をやってんのよぉ……!

 なんで、あたし……実の父親なんてひとつも思わず殺したのよぉ……何が、何が一体どうなってるの……!?」


 誰も皆、カレンの疑問に答えられるものはいない。

 ユイトにできることはただ……黙って彼女を強く抱きしめることだけだった。







※ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

 これで『間章』は完結です。予定通り一か月ほどお休みをいただいてから次の章に取り掛かります。

 今まではだいたい都市名を章題に使っていましたが、次回は『建国編』になりそうな感じです。


 それでは、ありがとうございました。次章でお会いできれば幸いです。

 今後もよろしくお願いします。八針来夏でした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る