第345話 まだ生きとるん?!

『ブルー』内部にある医療室は最近劇的なアップグレードを遂げた。

 サモンジ博士がこっちに移籍する際、ローズウィルの軍隊用に用意された専用の医療バスの中身をそっくりそのまま持ってきたせいだ。

 今ではサンの操縦する医療機械と合わせてサモンジ博士はここの長めいた雰囲気で顕微鏡を確認している。


「ええ。ですのでここの細胞片から考えると……」

『了解しました、サンプルを提示します』


 二人が会話しながら解析調査を進める中、ユイトとアルイーの二人はどうにも進捗が気になってこの医務室にずっと詰めていた。

 サモンジ博士からすれば見張られているような、プレッシャーでも与えられているような環境のはずだが当人はどこ吹く風である。そんな時ドアが開いた。

 豪奢な金髪の女性、レオナは室内に入ると……左右を見回す。


「あら、カレンは?」

「病室のべッドでブロッサムとその仲間の面倒を見ているよ。積もる話もあるようだからな。

 それにアンジェロ君も今回は主義を破って『パフューマー』インプラントを起動して看病を手伝ってる。

 ……レオナ、何かあったか」


 彼女の体にわずかに感じられる血のにおい、戦闘後の昂りを示すアドレナリンのにおい、発砲に伴う硝煙のにおい。

 戦のにおいが染み付いていた。

 レオナは乱雑に結い上げた髪を解くとため息を吐きながら近くの椅子に腰を下ろした。

 片方の手に持っていた装置をテーブルに置く。


「うぬ? なんじゃそれ」

「……スイッチか」


 アルイーの不信げな言葉にユイトは答えるように吐き捨てる。

 レオナも頷いた。


「ブロッサム小隊の体内にあるあの薬物を起動させるためのスイッチですわね。

 皆が彼女たちを助けている最中、わたくしは怪しい挙動をする連中を探してましたの」

「そっか……レオナ。君の仕事は元々は身辺警護だったな」


 考えてみると、彼女は元々嵐の騎手ストームライダーの身辺警護を務めていた。

 暗殺者がいたと確実になったら、次は怪しい動きを取る奴を探るのは当然の動きだ。レオナはしかし……ため息を吐く。


「このスイッチで彼女達を爆破した犯人は、東侠連の元メンバーだった男性でしたの。

 スカイネストの事件が終わる前には在籍していたみたいですわね。足を撃ち抜いて制圧までは良かったんですけど」

「けど?」

「心臓を止められましたの。インプラントの遠隔停止ですわね」


 敵の証拠隠滅の徹底性にユイトもアルイーもため息を吐いた。


「……爆弾テロをやる際は実行犯と共に見届け役、という名の監視者がいると聞いたな。それと同じか」

「同胞を爆破することさえ厭わぬ魔道の徒じゃ。今更新たに血を流すことも平気じゃろう」


 ユイトは大きくため息を吐きながら訪ねる。


「アズサたちはどんなぐあいだ?」

「『お肉大目に残してって頼んだけど、こんなのは……』と仰ってましたわね、マコも吐いてましたわ」

「わしらも同じ気持ちじゃ。飯を食う気にはなれんの」

「仰ることは分かりますわよ。けれどね、無理でもおなかに入れておきましょう?」


 そう言いながらレオナが放り投げてくるのはゼリーチューブ飲料だ。味気ないがとりあえず栄養だけは補給できる戦場レーションの不人気な代物を受け取り、ユイトもアルイーも中身を啜る。

 そんな最中にサモンジ博士は突如両手を上げ、万歳しながら椅子ごと回転してこっちに振り向いた。


「ひとまず完成ですぞー!」

「マジか、でかした」「胴上げでもしてやろかの」


 あの爆破から一時間程度しか経過はしていないが、驚きの速さで形になったらしい解毒剤に思わず声をあげる。

 だがサモンジ博士は、輝くほどにまばゆく発光していた義眼を……すん……という感じのほの暗い色に沈めた。なんか問題があるらしいと色彩パターンでわかってしまう。


「そのカラフル義眼の具合から察するに。問題点があるのか」

「ええ、まぁ」


 そう言いながらサモンジ博士は一同の前に二つのアンプルを出す。


「一個目は『解毒剤(仮)』ですぞ」

「……(仮)?」

「科学者としてはちょっと不満の残る出来栄えでしたので。 

 こっちの用途はあの『薬』を投与されたと疑わしき人の体内に作用し毒効を無効化しますぞ。スイッチを押された場合、体調不良はありますが、そこは勘弁。


 それでこちらなんですが『抑制剤』になりますぞ」


 どういう意味なのだろう? 疑問を顔に浮かべる一堂に博士は説明を続ける。


「スイッチを入れられ、起爆するまでおおよそ8秒から10秒。

 その間に投与することで効果を発揮する超即効性の薬剤になります。この薬剤を投与する事で爆発までの時間を20分から30分に延長させることができますぞ。爆発の兆候が見られたら、可能な限り早く投与することが推奨されます。

 ただ……完全な解毒は未だできておりませんねー。

 効果はあくまで『抑制』。ユイトさんやそちらのアルイーさんのような、生体強化学に通じた人が氣の暴走を抑え込むまでの姑息的な時間稼ぎですな……」

「いや、十分すぎる」

「そうですわよ。博士」


 医師としては完ぺきな効能を発揮する薬を完成させたく思い、内心遂次たるサモンジ博士だったがユイトとレオナは彼の出した結果を讃えた。完璧ではなくとも、命を救う可能性がある程度上昇したのだから。

 アルイーも拍手して博士の功績をたたえながら……真剣な面持ちで尋ねる。


「完璧なものはやはり完成させられぬか」


 サモンジ博士も真剣な顔で頷いた。


「ええ。やはり残滓から生産できるのはこのあたりが限界です」

「うむ、なら完全な解毒剤(真)を作るには何がいるのじゃ?」

「未使用の薬剤を手に入れてくだされば後は我輩がどうにかしますぞ!!」


 アルイーは頷いた。


「うむ……うさん臭くて正直キモいとか思ってマジすまんかったのじゃ。お主はめちゃ頼りになる医者よ」

「本業は生体強化学関係の研究者なんですけどねー」


 その言葉にアルイーは、ほぅ、と感心したような顔をする。


「ほう、あの系統は専門家など希少じゃが、どなたに師事したのじゃ?」

「トバ博士ですねー。そこのユイトさんの義父になります」


 だが……その言葉を受けてアルイーは一瞬黙り込み、上手く飲み込めない事実を前に試行錯誤し……そして、心中に湧き上がる驚愕を思いっきり口にした。





「と、トバ博士?! あいつ?!」






 アルイーは驚きで叫ぶ。

 まるで余り愉快な関係ではない旧知の存命を知り、苛立ちと驚きをないまぜにしたような声だった。

 ユイトは眉を寄せる。まぁ確かにアルイーが養父トバと顔見知りだったのは驚いたがそれだけだ。年代的にも不思議ではない。


「そんなに驚くことなのか、アルイーお婆ちゃん」

「驚くも何も……わしが以前話して聞かせたであろう!!

 当時、意識を機械に移すテクノロジーで永遠を手に入れるはずだった老人たちに呪いをかけた科学者!」



――しかし、そのあとに残るのは、あなたのすべての記憶と人格を備えた――


「その『呪い』を発し!!

 永遠を求める科学者たちの統括者であり、そしてわしらに生体強化学を伝授したのが!

 


 まさにトバ=トールマン博士じゃ! 」

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