第344話 索敵


 空気が、重かった。

 太陽は未だ空にあり、目の前にはたくさんの山盛りの肉があるのに卒業生たちの誰もが暗い顔をしている。

 彼女たちはまだ細かな事情を知っていた訳ではない。ただブロッサムの小隊員が川に投げ込まれ、爆発を起こしたことで……自分たちの命が脅かされていたことを肌で感じていた。

 どこか陰気で恐怖を纏いだす空気の中、大きな声が響く。


「採血させてくださーい!!」


 運動不足なのか、医療鞄を持って駆けてきたサモンジ博士は……カレンの腕の中で糸が切れるように気絶したブロッサムにそう言った。

 カレンは怪訝そうな顔をしたものの……この胡散臭さ特濃といった感じの博士が案外真っ当な感覚の持ち主だと感じていた。ちょっと不審げに尋ねる。


「目的は?」


 サモンジ博士はぜぇひぃ言いながら膝立ちになって応える。体力なさすぎだった。


「状況はRS-Ⅲから伺いました……彼女たちが特殊な薬剤によってああなったなら……。

 その体にはまだ……その特殊な薬剤の残滓があるかもしれません」

「どうするの?」

「どうするって……分析して解析して、解毒剤作るんですぞ?」


 できるのか、それを、という言葉を飲み込んだ。

 サモンジ博士の言葉に――カレンはちょっと黙った後、頷く。

 

「急いだほうがいい?」

「なるはやでお願いしたく」


 カレンは頷くと、未だ気絶したままのブロッサムに『ごめん』と呟いて、手早く肌から採血を済ませる。

 当人が気絶している間に血を抜くのはあまり褒められた話ではないが……今回ばかりは話が別だ。この血液が、かつてカレンも経験したあの薬剤を打ち消すきっかけになるなら許してくれるだろう。

 そうしているとカレンのそばによろよろと二人、近づいてくる。

 クゼ議員とアルイーの救命措置がギリギリで間に合った二人の小隊員は、そのまま黙って腕を差し出した。会話を聞いていたのだろう。仲間の命を奪った忌まわしい薬物を駆逐できるなら、体を流れる鮮血のすべてを流し尽くしても悔いはなさそうな目をしている。

 サモンジ博士は深々と頭を下げた。


「サンプルは多ければ多いほど助かります。無駄にはしません」




 そうしてサモンジ博士が去っていくのと入れ替わりに、ユイトとアルイーが戻ってくる。


「ユイト。アルイーお婆ちゃん。心に鬼が入ってるわよ。怖がる」


 肉体がまだ殺し合いの感覚から平時の状態にまで回復していない。

 両名が負った心の傷が深すぎる。周りの卒業生たちまで、びくりと怯えたような顔をしていた。

 ただ……カレンはまだ冷静さを装っているが、腹を立てているという一点では二人と似たようなものだ。

 連中は爆弾を仕掛けて、こっちの卒業生を大勢殺害しようとした。これでキレなくてどうする。

 それでも……カレンは言葉を続ける。


 この二人の全身から発せられる凄愴の殺気を思うと、このままシスターズの支部に乗り込んで虐殺でもやりかねない雰囲気だ。

 無差別攻撃を仕掛けられそうになったのだから気持ちは分かる、痛いほどに。

 だが犯人が明るみに出にくい爆弾と、本人が殺して回るのとでは、同じ虐殺であっても社会におけるイメージが違う。


「ユイト」

「なんだよ……」


 カレンの叫びに未だ殺気が収まらないユイトが唸るように答えた。これは「おっぱい揉んでもいいわよ」と言っても効きそうにない。

 ……カレンは矛先を変えることにした。視線を生き残ったブロッサムの小隊員二人に向ける。


「ねぇ、あなたたち。……このタイミングでこういう事を訪ねて悪いんだけど」

「……」「……」


 友人が爆死したショックで未だ心在らずの様子だが、カレンの言葉に虚ろな目で見つめ返してきた。

 

「シスターズの全部が全部……こういう事をやりそうな連中ばかりなの?」


 カレンにしてみれば、もう縁の切れた組織。『シスターズ』においての知識は古いが……それでも古巣だ。目の前にいるアルイーが心血を注いで築き、師であるマギー先生がヴァルキリーを鍛えてきた組織がここまで悪逆非道の組織になっているなどとは考えたくなかった。

 それに、少なくともこのブロッサムの小隊のみは仲間の死を本気で悼み、悲しむ心を持っている。以前のローズウィルとの一件で見た、非戦闘員を命ごいさせてから殺した連中とは流れる血の温かみが違うはずだ。

 生き延びた小隊員たちは首を横に振る。カレンは二人を見た。


「ユイト、アルイー。

 二人が怒髪天を突く勢いで腹が立ってるのはわかるわ。あたしだって同じ気持ちよ。

 ……ただ、だからといってシスターズの全部が全部、ここまで悪質な連中とは限らない。あたしたちはまず、識別をすべきなのよ」

「識別?」

「こういうことをやりそうな連中の、よ」


 ここでユイトとアルイーをそのまま放置しておくと殴り込みに行きかねない怖さがある。もともと善良な心の持ち主二人だ。性根が善だからこそ、悪を以て裏切られれば激情も人一倍だろう。

 そう答えるカレンの腕の中で……ブロッサムが身じろいだ。気付けば目を開けてカレンを見ている。


「カレン……先輩?」

「ブロッサム。よく無事で……」

「さっきのお話に当てはまるの、『カーミラ部隊』です……」


 なに? と訝しむカレン達にブロッサムは言葉を続ける。


「あたくし様の知る限り……こういう冷酷な事をする連中……シスターズ内部で、非合法作戦ウェットワークを専門に行う殺し屋。戦闘能力に加え、血も涙もないことを平気でやれる精神的特質を備えたヴァルキリーで編成されたのが……通称『カーミラ部隊』です」


 少なくともカレンはそんな部隊がいたことを知らない。追放されてから数年の間に新設された部隊ということか。

 カレンは視線をユイトとアルイーに向けた。


「聞いたわね」

「ああ。識別が少し楽になる……女吸血鬼カーミラか」


 戦うべき敵の名前を知ることで、憎しみの矛先が明確化した感覚になる。そうなれば復讐心で煮え滾っていたユイトの心も少しは晴れてきた。

『カーミラ部隊』。

 恐らくは以前、冷血魔と共に姿を現したヴァルキリーたちの部隊だろう。カレンがアウラから受け取った『カーミラ部隊』と思しき遺体の確認もブロッサムに頼まねばならないかもしれない。


「それにしても……」

「なに、ユイト。気になることでも?」


 ユイトはしかめっ面で頷いた。


「若い女性の生き血を啜る女吸血鬼カーミラだろ?

 仲間のはずの乙女を共食いするカーミラ部隊……ネーミングセンスが的確過ぎて嫌気がさす」

「……なるほど、のぅ」


 そこで今までじっと黙って耳を傾けていたアルイーがぼつりと呟く。

 ぱんぱん、と手で自分の顔を叩いて、己の中に宿る凶念にひとまず静まれと告げるようだった。


「……確かにシスターズは外道に堕ちた。しかしすべてがそうとも限らぬ。

 ならば……まずはシスターズという組織そのものを破壊する社会戦ソーシャル攻撃で挑むべきじゃろう。

 内部に飼う『カーミラ部隊』。他にもわしが『ナイトオーナー』として突ける点はあるかの」


 確かに。

 企業の犯罪を暴露して株価を下げ、空売りで利益を出す組織『ナイトオーダー』の指導者、『ナイトオーナー』、それこそが彼女のもう一つの顔だ。その言葉にカレンは頷き……心底最悪なことに気づいた。


「あの……服用した人を爆弾にするクソ薬物なんだけど」

「うむ」

「……生産元は薬死ヤクシだったはずよ」

「ほほぉ、それは確かに突けば株の下落を招けるが……いやちょっと待てぇい!!」


 アルイーが冗談だろ、と言わんばかりに叫ぶ。

 ユイトもカレンの言葉を受けて心底嫌そうに眉を寄せる。

 それはすなわち、シスターズは薬死ヤクシの連中とも大なり小なり繋がりを持っている証でもある。果たして薬物を売買するだけの関係か。あるいはもっとずぶずぶの、結託している関係か。

 だがシスターズの『カーミラ部隊』を率いていたのが冷血魔であるなら、カドケウス・ライフガード社の実働部隊を手足のように使っていた血魔卿を介して深い繋がりを持っていてもおかしくはない。


 つまり、カドケウス・ライフガード社とドラッグマフィアの薬死ヤクシと、シスターズの三つの組織……。

 この三つが、最悪の場合……許されざる結託をしている可能性があるわけだ。


「いろいろと最悪なことになってきたな」

「でも……諦めるなんてなしよ」 

 

 まぁ。そうだ。

 これまで敵対する組織のほとんどが、自分たちとは比べ物にならない巨大な相手ばかりだった。

 だが、一寸の虫にも五分の魂。

 必ず報復は果たされねばならない。




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