第343話 OPEN WAR(下)
ブロッサムの部隊は平均的な編成だ。
戦闘の最小単位はツーマンセル。二人一組。お互いに死角をカバーし合える。その最小単位を二つ揃えて小隊は編成される。
スピーチをしたブロッサム、そして皆と混じって卒業生たちの中から携帯端末のカメラでブロッサムを撮影する彼女の小隊員が三名。
――あ。仲間が三方からあたくし様がスピーチするところを写真に撮ります。マスターズとシスターズの関係改善を内部向けの広報に使うそうですけど――
先ほどのブロッサムの言葉を思い出す。
なんの皮肉、嫌がらせの類か。これのどこが関係改善の広報に使う、だ……!!
ブロッサムに命令を下した連中がこのような指示を出した意図は明白だ。メンバーを分散させることで、殺傷範囲を広げて犠牲者を増やす考えだったのだろう。
(ば……馬鹿にしやがって!)
噛みしめた歯の隙間から怒りが溢れそうになる。
連中のやろうとしたのは全て最悪だ。そう考えながらユイトは演説台の上で崩れ落ちるブロッサムの腕を掴み、そのまま点穴を施して
他の連中は?!
ユイトは卒業生たちの中で崩れ落ちた小隊員たちに視線を向けた。
彼女たちは最悪の体調で膝立ちの状態だった。そんな彼女たちを気遣って、卒業生たちが慌てた様子で体調を確認し、救護班を呼ぼうとしている。助けようとしていた。ユイトたちマスターズの教え通りに。
それこそ、ブロッサムたちを利用した連中の狙い通りだろう。
爆弾テロで被害が出たところに救急隊員が駆け付け、救命活動を行おうとした瞬間に再度爆発を起こして被害を増やすテロの手口と同じだ。
人間の良心を悪用した、唾棄すべき行為だ。
「のけてください! 手を!」
クゼ議員が卒業生たちに叫んで、一番手近な小隊員の手を掴み、点穴を施して氣の誘引を開始する。
溢れ出た氣の勢いが激しく、彼の着衣が熱気で弾け飛び、肌にやけどを負っているが……外功を極限まで鍛えた彼なら平気のはずだ。一人救った。
ならアルイーは?!
視線を中央に向ければ、彼女の手からは火柱が立ち、上空へと飛散している。
さすがは200年に迫る研鑽を生きた返老還童の頂に達する達人。
その氣に関する制御、知識、技術、すべてユイトよりもはるかな高みにあり、己の体に誘引した爆発寸前の内氣をそのまま空中へと流して無力化させたのだ。
ユイトが見たのはその残滓。ブロッサムを治療するユイトより後で救命に動き、ユイトより早く命を助けて最後の一人も助けるべく動いている。
だが。
(だ、だめだ……! わずか一手足らない……!)
(足らぬ……あの娘を助けるには……少しだけ足らぬ!)
ユイトも、そして軽功の限りを尽くして疾走するアルイーも気づいてしまった。
三人から一番遠くにいる小隊員、すでに臨界に達しつつある彼女を助けるにはわずかに足らない。
最悪の予想が、ユイト、クゼ議員、アルイーの三名の脳裏によぎった。
最後の一人の周りには他と同様に心配げに駆け寄る卒業生たちがいる。生体強化学の知識はあれども、人間を爆弾に変えるあの忌まわしい薬を無効化できるほどの使い手はいない。
このままでは最後の一人が爆発を起こし……三か月間の過酷な訓練を経た卒業生たちが大勢死ぬ。
ユイトも以氣御剣でナイフを操り、柄頭で遠距離から点穴を施す技術があるが――今はブロッサムの爆発を抑え込むので精いっぱいだった。
間に合わない。
そして――アルイーは。
はらわたのねじ切れるような断腸の思いで、残酷な決断を下す。
体の何処に隠していたのかと思うほどの長大な軟鞭を振るい、それを一閃させる。
その鞭は彼女の腰にぐるりと巻き付き――その体を空中へと放り投げたのだ。
見捨てた――いや、見捨てる以外になかったのだ。
血の凍るような感覚がユイトの五感を貫く。
そして空中へと投げ出され、近くの川のほうへと飛んでいく小隊員の視線と――ユイトの視線が重なる。
いや、違う。
肉体が臨界に達する寸前の彼女は、自分たちのリーダーであるブロッサムを見つめたのだ。
その唇が動く。助けを求める声だったのか、友人の無事に安堵する声だったのか。あまりに遠くて何も聞こえない。
一瞬目があったかのような感覚が、永遠に続くかのように引き延ばされ。
どぼん、とその彼女が川に落ち、水柱が立つ。
次の瞬間
耳を劈くほどの大爆発が起きた。
鼓膜を突き破るかと思うほど激しく炸裂した轟音は、先ほどの水柱よりもはるかに大量に川の水を空中へと巻き上げて――……
よろよろと、一歩、二歩進み、とうとう……己の罪深さに耐えきれなくなって崩れ落ちたアルイーの上に降り注いだ。
「あ。
ああ、ああああ。
あぁぁっー!!
あーーーーーーーーーー!!
あああああああぁぁぁーーーーー!!
わーーーーーーーーー!!!」
ほとんど半狂乱の様子でブロッサムが立ち上がり川に向かって叫ぶ。
爆弾化の治療は終わっても、今の体調は最悪もいいところだろう。だが、よろめきながら。耐えきれず嘔吐しながら。それでもふらつく体を無理やり進ませて川に飛び込んだ。
流れに足を取られながらも半ば溺れるような足取りで川の中腹に進んでいく。
両手を伸ばして四方を掴む。まるで亡くなった部下であり友人だった人のばらばらになった肉片の一かけら、遺髪の一つまみでも探そうとするようだった。
「なんでー!! なんでなんですかー!!
あ、たくし様たち、シスターズでの訓練を全部終わらせてぇ……やっとこれからじゃないですかー!!
ダリア、なんで……なんでぇ! なんで……なんでよりによって『シスターズ』がぁー!!」
ブロッサムも、馬鹿ではない。
扱いなれた武装の中でこれほどの爆発を引き起こすものはない。マスターズとシスターズの軋轢も知っている。
この爆発を起こす動機と利益、両方当てはまるのは『シスターズ』しかない。
「ブロッサム……岸にあがれ、このままだと体を冷やすぞ」
ユイトは地獄のような気持ちで気遣いの言葉をかける。
……ベルツの時だって肉片一つさえ残らなかった。たぶん、ダリアという彼女も同様だ。
……彼女を陸に上げる。遠くで医療鞄をもってサモンジ博士がひぃひぃ言いながら走っているのが遠くに見えた。ブロッサムは膝をつき、ぼろぼろと涙をこぼして。支えを求めるようにユイトの体を掴んだ。
「あ、あたくし様たちは……同胞の……ヴァルキリーの未来のためなら命だって投げ出す覚悟だったんですよぉ……!」
「ああ」
「あたくし様たち、みんなシスターズに拾い上げられて……だから、だから……なのに!
納得できる理由があるなら命をかけて戦ったのに……! 何も言わず、勝手に爆弾を仕込んで兵器にしたぁ……!」
「ああ……!」
強化スーツが作動していないのに、ユイトの肩に食い込むブロッサムの指先は痛いほどだ。
その悲しみと絶望が深すぎて。ユイトもただ頷きながら涙をこぼすしかできなかった。
「あたくし様たちは人間よ……仲間のために戦う人間……だったのにぃ!
よりによって……忠誠を捧げた組織が、あたくし様たちを一番人間として扱ってくれなかったなんてぇ……!」
これほど無惨な裏切りが他にあるのか。
ユイトは己の体から湧き上がる怒りに歯ぎしりの音を立てた。
「戦う理由も教えてもらえず……祝福すべき同胞の巣立ちの日に、あ、あいつらはあたくし様たちを……ダリアを……自爆ドローンみたいに扱った……!!
人間なのに……道具じゃないのに……どうして……どうして……こんなひどいことができるんですかぁ……!!
どうして……同胞を殺す道具にされなきゃいけないんですかぁーー……!」
今の彼女に……いったい、どんな言葉をかければいいのだ。ユイトは何も言えない。
涙を流すブロッサムを、あとからやってきたカレン達に任せて。
ユイトは呆然とへたり込んだままのアルイーに近寄った。
軟鞭は地上に放り出され、まるで今死んだダリアという小隊員の返り血のような川の水で、ずぶ濡れになったアルイーが震えている。
すでに寒暑不侵の極みを通ったアルイーは、いまさら水にぬれて寒気など覚えるはずがない。
必要だったとはいえ……助けるはずだった相手を切り捨てたその罪悪感に震えているのだ。
「わしが……わしが……」
「アルイー」
「……なにも言うでないわ、青二才。
あと一歩。あとわずか早く動けるように武功を極めておれば……。
いや……50年以上も前、わしが……生体強化学を余すことなくすべて伝授しておれば……あの娘は死なずに……!!
わしが……わしが、やるべきことを怠ったせいで……あの娘は……死んだ、わしが殺めたのだ……」
「それは違う……あんたはその時々に正しいと思った事を選択したんだろう……!」
「いいや……これが、この結末が間違いでなくて何だというんじゃ!!??
仲間殺しすら辞さぬ外道ども、今の『シスターズ』の何が間違いでないと抜かす、青二才!!」
アルイーは地に跪き、慟哭しながら頭を地面に叩きつけた。
水面の底で弾け飛んだ、見捨てるより他無かったダリアに詫びるように、ごんごんと額を地面に叩きつけて泣き叫んだ。
「わしが……マギーや他の弟子と共に、青春を捧げて結成した『シスターズ』は……!!
もはや血も涙もない魔道に堕ちた……!! 設立当初の理念は堕落し、見る影もない……!!
こ、これが……こんな無残な結末が、仲間殺しも厭わぬ末弟子たちが、わしの夢と理想の残骸よ……」
かつて夢見た理想は、最悪の形で彼女の目の前に現れた。
アルイーは……だがそれでも、と立ち上がる。
その小柄な体には絶望が渦巻いていたが、しかしそれに倍する怒りが肉体を支えていた。
彼女は……小さく、怒りを込めて言う。
「……『シスターズ』は、もう滅ぼすしかない。
彼女らを産んだ、母であるわしの手で引導を渡してやるのが……最後の務めじゃ」
ユイトは黙って頷いた。
奴らは最悪の一線を超えた。
ヴァルキリーの娘らが自分で生きていける力を身に着けた、その証である卒業式。
言祝ぐべき祝祭の日に……同胞を爆弾にして大量虐殺を目論んだのだ。
流血なき対話で解決できる望みは、もはや完全に潰えた。
望み通りにしてやる。
戦争だ。
「手伝ってくれるか、ユイトちゃん」
「ああ。あいつら……ぶち殺してやる」
狂暴な気持ちのまま。
ユイトはアルイーに頷いた。
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