第342話 OPEN WAR(中)
「んふふぅ。……ご招待されてませんけどぉ、通してくれてありがとうございますねぇ」
「……まぁ、客ならな」
ブロッサムと彼女の小隊員はユイトの前に立つと丁寧に頭を下げてくれている。こっちと友好的な関係を気づこうという意志は伝わってきた。
まだ彼女の腹の底は見えない。
シスターズの仲間が、マスターズの傭兵に対して銃を向けたことを知っているなら多少はうしろめたさを感じるだろうが、それは見られない。ただ彼女だって海千山千の傭兵だ。敵対した組織や相手に本心を悟らせずに友好的に振舞うぐらいはして見せるだろう。
ただブロッサムはいつもの人を喰ったような笑顔をいったんやめてきょろきょろと左右を見回す。
「カレンお姉さまは?」
「お婆ちゃんのご機嫌取り」
「……???」
今の『シスターズ』がどのような組織なのか、どういう行動をしているのか。
内部の人間であるブロッサムなら詳しい内部事情に通じているはずだ。それに曲がりなりにもシスターズの看板を背負ってきた相手である。あんまりおかしなことはやるまい。
武装解除にも素直に応じた。周りには100人単位のヴァルキリーに、生体強化学の達人ユイト、そして幾万打功を極めたクゼ議員、スーパーお婆ちゃんのアルイー。この三名がいれば、よほどの相手でもない限り制圧は簡単だ。
ブロッサムは少しだけ残念そうな顔をする。
「お姉さまに言伝を預かったんですけどねぇ。それでスピーチはどこで?」
「あそこの少し上、台があるだろ? 案内するよ」
「お願いしますねぇ」
ブロッサムの頭髪に似た色の、薄桃桜色の強化スーツは目立つ。
バッテリーを除かれ、筋力補正が働いていない状態だから危険はない。大勢の卒業生たちが興味深げな視線で見る。もちろん焼肉を焼く手は止まらないが。
「傾聴するように言おうか?」
「かまいませんよぉ。あたくし様だって、見知らぬ誰かが話すのを黙って聞くよりご飯を優先するですよぉ」
『シスターズ』の代表としてスピーチはするが、食事を優先しても咎めるつもりはないようだ。
かつてはブロッサム自身も食事を腹一杯食べられなかった時代を送ったのだろうか、声には労わりや気遣いがある。やはり彼女らは普通の人間や男性には冷淡であっても、同胞であるヴァルキリーに対しては殊の外優しいようだった。
と、壇上に進む途中でブロッサムがいう。
「あ。仲間が三方からあたくし様がスピーチするところを写真に撮ります。マスターズとシスターズの関係改善を内部向けの広報に使うそうですけどぉ」
「了解した」
その言葉に頷き、ブロッサムの小隊員がそれぞれの角度に散る。
そうして彼女が壇上に向かい、全員へと視線を向けた。
「みなさん、あたくしさ……あたしはシスターズの代表として皆さんの新しい門出を祝福に来ました。
シスターズのブロッサムと言います」
さすがに自分を『あたくし様』と呼ぶ特徴的な一人称は今回は控えたらしい。
シスターズ……その名前を聞き、卒業生たちの飯を食う手が止まった。シスターズとマスターズはお互い競合相手。両者の中に穏やかならざる空気が立ち込めている事を彼女たちも知っている。
だがブロッサムはそんな空気を肌で感じながらも笑顔を浮かべる。
「恐らく『シスターズ』と聞いて身構えたかもしれません。ですが今日は今まで生まれのせいで満足な生活ができなかったみなさんが……独り立ちできるだけの知識や力を身に着け、幸せになれる足掛かりを得たことを純粋に祝福にきました。
この『マスターズ』での教えは『強いものは弱いものを助け、弱いものはより弱いものを助けること』と聞いています。
あたしはこの言葉を聞き、それはとても実践することが難しいと思いました。
食事を減らされ、殴られ、蹴られ、罵倒された経験は骨身に染みつき、夜眠る時には悪夢になって責めさいなんでくる。
怒りや恨みが、人に優しくすることを邪魔する。
怒りを捨てきれないあたしには、この教えは……ほんとうに、難しい。
けれど、『マスターズ』の面々に優しくしてもらった皆さんが、この教えを胸に自分より弱い人に優しくしたら。次の世代には誰かに優しくされた幸せな記憶しか持っていない子が生まれてくる。そしたら誰もが優しくしてくれる未来が生まれるかもしれない。
皆さんが、この教えを守り、素晴らしい未来を築く始まりに立ち会えたこ……と……お?」
途中までは――ユイトも黙って聞いていた。
恐らくは世間によって冷遇されてきたブロッサムだが、彼女はしかし甘ちゃんと取られがちな『マスターズ』の戒律を否定はしなかった。自分は冷遇してきた世間を許せないが、『マスターズ』に優しくされたあなたたちなら、この恨みの連鎖から自由でいられるかもしれないと、励ましの言葉を送ってくれたのだろう。
だが、ブロッサムの突然の体調不良の様子に、崩れ落ち、膝を突く姿に卒業生たちがざわざわとざわめき始める。
その状況を見て――ユイトはこの会場にいる全員に聞こえるように音功を用い、怒鳴った。
「クゼ議員! お婆ちゃん! 手伝え!」
その言葉に閃電の勢いで――会場脇にいた二人が事態を察知して動いた。
壇上にいるブロッサムに疾走しながら……ユイトはばくばくと暴れだす心臓を自覚した。
(うそだろうそだろうそだろ……シスターズ、お前らうそだろっ!!)
ブロッサム、そして撮影のために会場の四方に散っていた彼女の小隊員全員の体から……煙が上がっている。顔ははっきりとわかるほどに紅潮し、強烈な高熱に苛まれているようだ。
この症例はこれまで、二回見た。
一度目は風車村で出会ったカレン=イスルギがマンハンター部隊に薬剤を投与された時。
二度目はユイト達が鍛えようとして、結局は自分の物語のために爆死してしまったベルツの時。
間違いない。
人間を爆弾にする、
武装解除をした。
だから安全だと思っていたのだ。
いくら『シスターズ』が『マスターズ』と利害関係において敵対しているとはいえ……『シスターズ』の目的は同胞であるヴァルキリーの保護なのだ。
幾らなんでも、同胞に『あの』薬物を与えて――仲間であるはずの彼女たちを犠牲前提で送り付けてくるなんて……いくらなんでも、いくらなんでも……ありえるはずがない。そこまで畜生に堕ちていなはずだ。
そこまで無慈悲な事をするはずがないと……!
心の中でそう信じていたのだ……!!
……信じて……いたのに……!!
やつらは……仲間だけは大切にするという信頼さえも、平気で踏みにじった……!!
(男を、世間を……敵視するのはまだわかる、あんたたちにとって自分たちを害し続けた連中だ!
だが、ブロッサムたちは仲間じゃないのか……同胞じゃないのか……!!
なぜここまで冷酷に振舞える?! お前たちにとっては目的達成のためなら仲間などどれだけ犠牲にしてもいいのか?!
そんなの、あんたたちがもっとも嫌っていた世間と何が違う! どこが違う!
裏切ったのか……!! ただの祝辞を述べにきただけのブロッサムたちさえも裏切ったのか!!
仲間さえも人間爆弾にして、道具として利用したのか……!!
この悪魔ども……どこまで見下げ果てたことをするんだ、シスターズ!!)
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