第341話 OPEN WAR(上)



「ついにここまで来たなぁ……」

「みんな、お疲れ様……」

「ちょっと感動しますわねぇ……」


 ユイトとカレンとレオナ、マスターズの主要メンバーたちは眼前の光景に、やり遂げたという達成感と、子が親元を離れるのに似たちょっとした寂しさを覚えた。

 かつてアズマミヤ都に巣食っていたユイゼン前市長とその走狗たちによる食料品の不当な値上げ。それに伴う、各傭兵組織から追放されたヴァルキリーの娘たち。

 大勢の彼女らの何割かはユマ議員の救済プログラムによって働きだし。

 そして100名近くの娘らはヴァルキリーのハンターとして訓練を積み重ね続け……今日、ようやく訓練課程をすべて終え、晴れて合格、卒業となったのだ。

 マスターズの定位置となっている河川敷では元東侠連のメンバーたちが彼女達を先導して会場に案内している。

 こういう場合は普通なら有難い訓示やらお偉い方やらが挨拶をしたりするんだろう。

 だが、貧民だった彼女らが一番喜ぶのは、まず誇らしげに身に着けている、卒業の証であるブラックリボン。


「ご飯だー!!」

「肉だ―!!」

「すごい! お肉が山になってる!」

「え? ……これ全部食べていいの?!」


 そして普通よりお高めのご馳走になる。

 もはや卒業式というよりただの河川敷でやるバーベキューパーティーと言ったほうが正確だが、まぁ構うまい。格式なんか言えるほど歴史もないし。

 肉も、もちろん天然もの……ではなく、合成肉にちょっとお高めの牛脂を混ぜ込んだ高級合成肉でしかない。この日に備えて『ブルー』内部の食糧生産施設はひたすら肉一色だった。

 いつかこいつらに風車村のヤギ肉食わせてみたいなぁ……と思うものの、もりもりもりもりもりと凄い勢いで消費される肉を見ると迂闊には言えないのだった。


「でもまぁ、ようやくここまで来たな」

「ええ。……ちょっとはこの情け無い世も少しは澄んだでしょ」

 

 ユイトの言葉にカレンも頷く。

 めでたい事だ。

 今まで搾取されるのみだった彼女らはようやく、いっぱしの戦士となる。ハンターズオフィスにおけるB級相当の使い手が、100名。ちょっとしたものだ。

 こうやって彼女達を鍛えるのと同時並行して『上』の軍隊と戦ったりしていたのだ。ヘトヘトにもなる。


 さて。


 こういう卒業式となると、どこかからお偉いさんを呼んでスピーチしてもらうところだが……幾ら順調に実績を積んでいてもマスターズは新興企業。あまり来客はないが……ただ、一人、来ている来客はこのアズマミヤでもかなりの名士であった。

 逞しい筋骨をスーツに包んだ巨漢、クゼ議員はこちらに来て軽く会釈する。


「ユイトさん。カレンさん、レオナさん。お久しぶりです。

 お助けできず申し訳ありませんでした」


 そう丁寧に頭を下げてくる。

 ……彼が言っているのは先日の『上』との一件だ。ユイトは気にするなよ、と応える。


「相手が相手だ。ユマ議員も下手に手出しはできないだろう」

「ありがとうございます。ただそれでも頭は下げさせてください。……ユマ議員も今回は詫びを申しておりました」

「まー、そんなわけであたしたちはちょっと育成業を休みたいんだけど」


 カレンはぼやいた。

 ……東侠連を吸収し、ある程度大きくなったマスターズだがその組織は中小企業の域を出ない。ここ数か月は明らかにオーバーワークである。大勢の放り出されたヴァルキリーを助けるために下した決断だし、誰一人として後悔はないが……それはそれとして疲れたのだ。


 だがその言葉にクゼ議員は眼鏡を抑える。

 あ、なんか嫌な予感がする……と全員が黙った。


「実は……ユマ議員が何か別の仕事を依頼しようとしているようでして」

「……一か月ほど休暇するからまた来てくれ」

「て、ゆーか。……今でさえ新入生希望がメールをじゃんじゃか送って来てるのよ」

「このままではわたくしたちが過労死ですわよ……」


 最近はユマ議員が福祉を充実させ、戦い以外の仕事でも食べていけるように取り計らっている。いくらヴァルキリーが戦闘に向いた遺伝子を持つといっても……やはり生死を賭けた戦場に性格が向かない子もいるのだ。

 そして、そんな子はごく少数。

 ヴァルキリーが立身出世の望みをかけるのはシスターズとマスターズの二社しか存在しない。最貧民の立場からのし上がろうとする彼女らは熱意の化け物だ。教える側としては、これほどやりがいのある相手はいない。


 

 つまり問題は教員側のキャパオーバー。

 結局はこれに尽きる。ここでさらにユマ議員が仕事を頼んできても受けられまい。

 

 それでも事業を手放したりやめたりする気はない。

 この育成業はユイトとカレンがやりたくて始めたこと。しかし生体強化学に関して知識を持っている人は少ない。どうにかして知識のある人を育てるか、引っ張ってくるかしかないのだ。


 育てる……一番確実な方法だが、しかしユーヒやマイゴ、アズサたちを臨時教師として採用しても到底手が足りてないのだ。

 であれば、即戦力となる人材をどこかからヘッドハントするしかないのだが、生体強化学は公に知られる知識ではない。求人広告を出しても応募が来るような代物ではないのだ。



 だが。

 この教員不足を解決に導く数少ない人材が、今日ここに来る。




「おおぉ……この氣の練りよう……輝くような笑顔……いいもの見たのぅ。

 ……じゃけどちょっと肉臭強すぎん? ええ光景なんじゃがわし腹減ってきたのじゃ……ビールないかの」


 小柄な童女が感動の声をこぼしている。

 ユイト達の同盟組織、『ナイトオーダー』の指導者にして『シスターズ』の創始者。

 そして血魔卿の兄妹であり宿敵であるロリババアのアルイーは、今日の慶事を祝いにやってきたのだ。

 かつて『シスターズ』で成し遂げていた光景が、時代も場所も異なるこの地でまた再現されている。社会の弱者である彼女達が幸福の笑顔を浮かべ、美味しそうにご飯を頬張っていたのだ。喜ばしい。

 アルイーはこの光景を作った『マスターズ』のメンバーをたたえてやろうとユイト達に視線を向け。


「おお、青二才、若人たちよ、ようやったのぅ……あの、なんでわしのこと獲物見るような目で見とるんじゃ。怖いんじゃが……」


 アルイー……このロリババアはユイトやサンよりも生体強化学の造詣が深い、数少ない達人である。

 彼女以外であれば達人と呼べるのはせいぜい血魔卿か冷血魔ぐらいだろうが、あいにくと敵なので最初から論外だ。で、あればこのロリババアを逃がすわけには絶対にいかない。

 にがさん、お前だけは――そんな気持ちがちょっと両目からあふれ出ていたかもしれない。 

 ユイトは一歩進んで歓待の言葉を発そうとして……秘匿通信に気づいて、アルイーおばあちゃんをカレンとレオナに任せて通信に出る。連絡相手はアズサからだ。


『マスター』

「アズサか、どうした?」


 ちょっとだけ、ためらうような沈黙の後でアズサは言う。


『ブロッサムと彼女の小隊が来た。シスターズを代表してお祝いの言葉を述べるそうだけど』

「……武装解除させろ。応じなかった場合は追い出していい」

『了解』


 ブロッサム、少し前のアズマミヤの一件でシスターズから派遣されてきたヴァルキリーにして通称『カレンのパチモン』。

 彼女個人にはアズサたちを助けてもらった恩義もあるし、ナインの怪我の応急処置を手伝ってもらった。ブロッサム個人は信頼できるとユイトたちも思っている。

 だが『シスターズ』のエンブレムを身に着けた傭兵と交戦した以上、警戒態勢は欠かせない。

 

『解除要請に応じたよ』

「わかった。警戒はしてくれ」

『了解、警備を続行する。お肉大目に残してね』

「約束はできない」


 通信を切り、ユイトは多少の緊張と共にブロッサムたちを出迎えることにした。

 そういえば、シスターズの創始者と変容したシスターズの今の隊員がこうして一堂に会するわけか。

 何か悪いことが起きなければいいが……ユイトは、そう思った。

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