第337話 激おこの二人(中)


 


「ところでサモンジ博士」


 レオナが挙手して博士に目を向ける。


「わたくしたちはローズウィルを医療スタッフに預けましたわね。

 その時にご説明いただけなかったのはどうしてかしら」

「そこんとこ突っ込まれると弱いですねー」


 サモンジ博士は義眼から発される光の輝度を下げた。がっくりしたり落ち込んだりする気持ちを光で表現する仕組みでも組み込んでいるのだろうか。

 

「ただ……ちょっとご想像願いたいのですが。

 皆様お嬢様がご逝去なさったと早合点しておいででした。で、そこで我輩が『やっほー♪ 皆さま大丈夫ですぞ~お嬢様は仮死状態で死んでる風に見えてるだけですから気にしなくてオッケ~♪』とか言いだしたら殴りたくなりません?」

「人が死んでるのに何ふざけたこと抜かしてんですのよ、と言って撃ち殺しそうですわね」


 レオナも眉間にしわを寄せてうなった。

 正直、あの時は全員の気持ちが打ち沈んでいた。二日ほど経ったつい先ほどまで心に爪痕を刻み付けるようなショックな出来事だ。そんな時に『実はだいじょうぶだよ』と言っても、素直には信じられなかっただろう。

 だが、そこで黙っていたローズウィルがじたばたと暴れて言う。


「ちょっとサモンジ博士、どうしてその時に説明しなかったの。

 そうすればこんなにも気まずい事態にはならずにすんだのに……!」


 ローズウィル自身が、仮死状態に移行する前にきっちりと説明しておけば問題ない話だったが、もちろん彼女自身は自分の責任を棚に上げての擦り付けであった。

 その言葉を受けてサモンジ博士は心底嫌そうな顔になってこたえる。


「我輩そこまで頑張るほどのお給料は貰ってませんので」


 まぁ誰だって上司の最悪なうっかりミスの責任を取りたくはないだろう。

 サモンジ博士に同情の視線が突き刺さった。


「……と。これが事の顛末になりますぞ。

 で、お嬢様は最初、この大変恥ずかしいうっかりミスに気付くとこのままトンズラをキメようとなさいまして」


 レオナとカレンはサモンジ博士の言葉に一段と唇を強く結んだ。

 視線を背け続けている激おこの二人から発される怒りのオーラがさらに強まった気がする。


「さすがにちょっとどうかと思って我輩とアウラ女史でこっちに連れて参りましたぞ」

「このバカ! どうして雇い主を裏切るの!」


 お給料を払っている相手の便宜を図るのはやとわれ人の常だが、ローズウィルの言葉にサモンジ博士はことのほか真面目な顔で答えた。


「え……そうは仰いますけどねぇお嬢様。

 自分が死んだと思い込んでいる人が心配しているのを知りながら、『合わす顔がない』という自分本位な理由で誤解を解かないままにするのは人としてどうかと思うんですぞ……」

「お前、マッドサイエンティストそのものの外見の癖にどうして反論する余地がひとかけらもない正論で返すの!!」


 あまりにも正しすぎる博士の言葉に、ローズウィルは腹立ちをどうぶつければいいのかわからずとりあえず叫んだ。それしかできなかったとも言える。


「……わたしは、あれが最後だと……今生の別れだと思ったのよ。

 死に際ぐらい最後の思い出にキスしてもらってもいいんじゃないかと思ったのに……」

「『この瞬間だけはわたしのものよ』だったわねー」

「黙ってくれる?!」


 ここでようやく口を挟んだカレン。その恥ずかしい言葉にローズウィルは思わず叫んだ。

 

「お前にわたしの気持ちがわかる?! もうこ、これで満足だと……このまま永遠の眠りにつこうとも構わないと思って目を閉じたら続きがあった時の気持ちが……! 恥ずかしくて情けなくて……合わす顔が無いからもうこのまま逃げ出してしまいたいと思ってそんなに悪いの?!」


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