第336話 激おこの二人(上)
あの日から二日が過ぎた。
「ボクが目覚めるとマスターズ全体がなんだかお通夜の雰囲気なんですけど……!!」
(私が思うに、まぁ仕方ないんじゃないかなー)
ミラ=ミカガミとミラ=ランは医務室で一人ぼやく。
二つの意識を保ったまま一つの肉体を共有する魂の双子は……マスターズ全体に広がっている陰鬱な雰囲気に根をあげそうであった。
サモンジ博士の監視のもとで意識を取り戻し、とりあえず今後は医療施設もそろっている『マスターズ』の本拠地、『ブルー』内部の医療施設で経過観察を受けている。
「ボクの意識も保ったままだし、ランのほうも大丈夫だけど」
(回復記念にパーティーが開かれなくて残念だったかな?)
「ボクそこまで食いしん坊じゃないよ?!」
(ふふ、どうだか)
ナインの主導で、電子生命体だったミラ=ランはミラ=ミカガミの脳内への情報転移を果たした。
二人の意識が一つに溶けるのか、それとも二重人格者のような状態になるのか……まさに神のみぞ知るといったところだが、二人は気にしない。
お互いにもう秘密を持てない間柄だが、父がランのほうを売り飛ばそうとしていた秘密を隠していたミラからすれば、長年の重荷を脱ぎ捨てて羽が生えたかのように軽やかで楽な心持ちであった。
『さ、行こう。サモンジ博士が往診に来るよ』
「うん」
ミラ=ミカガミは今後、『ミラ』、ミラ=ランは今後は『ラン』と名乗ることで周囲とも合意する。
ミラの脳に二重人格のごとく住まうランは、
ゆっくりと歩き始める。
命のかかわる一大事を乗り越えた直後だけあって、過度な運動は控えるように言われていた。
元来怠け癖のあるミラはこっそりと運動中止を喜んでいた。それに今から自分はランと二人三脚の人生だ! 大変な運動トレーニングは変わってもらおう。
『あのねぇ……私は生身の実体を得てまだ二日目なんだよ? 歩けばその辺の壁や柱にぶつかる自信があるし、運動は君の分担。
やればできるさ、カレン教官のしごきを耐えたんだろ?』
「うう、そんなぁ~……」
そんなだらしない目論見は、意識を共有する姉妹の間ではまったく通用しない。
情けない声で長身を縮こませて呻くミラは、大きく嘆息しながら言う。
「ねぇサン。マスターやみんなはどんな感じかなっ」
『落ち込んでますね』
ミラはそっか、と頷く。
ローズウィルには正直な話、あんまりいい思い出はない。銃を向けられ監禁され、そのうえ隠したかった秘密まで明かすぞと脅されて、そして……意識を失っていた間に亡くなったと聞いた。
正直な話、監禁されていた時のご飯は美味しかった……というのが、ローズウィルに対する感想かもしれない。
それと。
あの時、自分を助けるために瞬間移動の超能力を振るったナインという青年は……数日前の一件の時にはいたが、ふと目を離した隙に姿を消したらしい。
大事な友人を失ったという。
その傷心を想えば、どんな言葉も慰めにはならず。今はただそっとしておくように、と言われている。
ミラは歩く。
軽度のウォーキング程度なら推奨されている。監禁から解放されてサンに『適正体重から大幅な超過が見られます』と言われて、カレン教官が『お前……』と言いたげな視線を向けてきたのは心から怖かった。
何とかして地獄の訓練をそこそこ優しい訓練にできないだろうか……そう考えていたミラは、大型の医療車両がこっちにやってくるのを見た。
「来たね」
(ここ数日のカルテやバイタルデータを送信しておくね)
「うん、ありがと」
周囲にコンソールがないとミラは誰もいない虚空と話しているように見えるが、仲間達は事情を知っている。
サモンジ博士の診察次第で訓練再開の時期が決まるだろう。いずれ鍛えなおさなければならないとわかっていても、できるだけ遅くなるといいなぁ……と怠け者そのものの考えをするミラだったが……マスターズの敷地内で停車した医療車両が何やら騒がしい。
ドアが開いたけど、中で誰かがぎったんばったんと暴れたり取っ組み合いをしているようだった。
「……いやよ! 行きません! 戻しなさい!」
「そーは仰いますけど……我輩思うにここできちんと顔出して詫び入れないのは人間としてどうかと思うんですぞ……」
「どう考えても合わす顔なんかないのよ! ただの診察と聞いていたのに勝手に車を出すなんて!」
「ぬぅ……仕方ありませんな。アウラ女史、お嬢様の両脇を頼みますぞ」
「了解しました」
なんだろう? と首を傾げる。
そんな風に考えていると中から誰かが出てきた。サモンジ博士の背中、その向こう側にはアウラ先生が誰かの脇を掴んで持ち上げている。まるで座り込み抗議者をどかす警察官のようなしぐさで誰かを持ち上げて階段を下りてきた。
運ばれるのが心底嫌なのか、じたばたと全力で暴れている――その姿を見て……ミラ=ミカガミは叫んだ。
「……お、お化けェェェ?!」
サモンジ博士とアウラ先生に抱えられて輸送される人。
心の底からバツの悪そうな顔で目を背ける――このお通夜みたいな沈んだ空気の原因。
ローズウィルが抱えられていたのだった。
「……い、生きとったんかワレぇぇ?」
マコ=ウララが全員の代弁をしたような絶叫をあげた。
アンジェロが泣いている。
ユイトは唖然としていた。
カレンをはじめとするメンバーは、両手を専用の手錠で縛られて逃げられないようにされているローズウィルをじー……とみている。
そんな彼女は……切断されたはずの手がそろっている。切断された腕をクローン再生させたにしては早すぎる。生身とそん色ない義手なのだろう。
「つまり……どういう事ですの?」
どうもアンジェロもユイトも……彼女が死んで一番深い心の傷を負っていた二人は衝撃が強すぎて何も言えないらしい。
仕方ないので変わってレオナが口を挟んだ。
「わたくしたちは彼女の応急処置を手掛けた……にも拘わらず、体温の急速低下、心拍の停止……それらを受け、彼女を助けられなかったと判断しましたの。あの後でローズウィルの体はあなた方医療スタッフにお任せしましたわね。
あの……足生えてますわよね? 幽霊じゃありませんの?」
全員が集結したミーティングルームで、さらし者のごとく視線を集めるローズウィルは、ぷい、とそっぽを向いた。
自然と全員の視線は……この状況を説明できる唯一の人物、サモンジ博士に向いている。
「皆さんのご懸念は、そりゃまぁそうですよね……って我輩も思います。
なので何があったのか、説明をさせていただきましょう。
……ローズウィルお嬢様はポロニウムの矢を受けました。
今の時代でも容易に解毒など出来ない、世界屈指の有毒物質ですからねぇ。ただ、初期対応は完ぺきでしたぞ。荒っぽいですが……鏃にある有毒物質が循環器系をめぐって全身を被爆汚染する前に原因を除去できましたから」
サモンジ博士は言う。
もし周りにいたのが『上』の軍隊の兵士であれば、女神の如き至高の人である彼女の腕を斬り飛ばす判断など恐ろしくてできなかっただろう。『上』の権力の恐ろしさを知らない無知が、ローズウィルの命を救った。
「ただ相手がポロニウムである以上……体内循環で汚染被爆を引き起こす可能性はまだあった。
可及的速やかに汚染除去処置を行わねばなりませんが……実行までの間、心臓が動くことで汚染物質が体に回る恐れがありますぞ。
だから……心臓を止める必要がありました。
生命維持インプラントは、suspended anination mode――『仮死状態モード』に移行しましたんですねー。動物の冬眠のように体温を下げ、心拍数を極限まで減らし……循環器系を停止させ、汚染物質の侵食を防ぐ。
今の時代、脳さえ無事ならばあとはどうにかありますからねー」
「……わたくしたちは、どうして気づけなかったんですの?」
サモンジ博士は頷く。
「仮死状態に移行するインプラントは現在では最新鋭のテクノロジーですぞ。診断プログラムが死亡と誤認してもおかしくはありませんなぁ」
なるほど、と頷いてから……レオナは、じとー、とした物言いたげな視線を向けた。
「納得しましたけど……その最新鋭を入れた当人がそれを教えてくれれば、こんな騒動にはならずに済んだのではないかしら」
「いやいや、我輩はちゃんとインプラントの内容を事前に説明をしておりますぞ。
ほら、ここにお嬢様のご署名入り、インプラント手術の同意書がありますぞい。ですから説明はお嬢様当人がしてくださると思っていたんですが。しとらんかったんです、かね……?」
さすがにサモンジ博士も相手の同意なしでそんな事しませんよ、と言いたげにほらほらと手を振って、拡張現実を介して全員の視界に同意書を表示する。
それに当時はサモンジ博士も現地からは姿を消していた。そんな状況で説明など不可能だ。
「説明してませんでしたわね、ローズウィル」
だからきちんとローズウィルが仮死状態の移行を教えてくれれば良かったのだが……。
「わたし、説明書は読まないタイプなの」
そっぽを向いたままのローズウィル。
レオナは唇をもにょもにょさせたまま黙る。
まぁ最新鋭のインプラントの詳細、己の肉体のスペックを完全に把握していなかったのは、ローズウィルの落ち度ではある。
しかしレオナでさえ死ぬほど気を揉んだのだ。あの……今回もっとも衝撃を受けた二人にとっては「ふざけんなばか」であろう。
「…………」
「……あら、質問は終わり?」
ローズウィルは言葉にちょっとだけ安堵を滲ませている。
まぁ彼女も分かっているだろう……自分がインプラントのスペックを把握していなかったせいで、周りに大変なご迷惑をおかけしたことは後ろめたく思っているはずだ。
だからレオナの沈黙を、最初からずっと黙ってるカレンを見て、これで追及は終わったと思って安心しているのだろう。
とんでもない。
一番ヤバいのはここから先だ。
この時、レオナもカレンも……意図的に視線を背けていた場所がある。
さっきからユイトも、アンジェロも……一言も喋ってない。
マスターズの面々が全員、無言を貫く二人を、まるでいつ爆発するかわからない火山でも扱うかのように慎重になっている。
まるで決壊寸前のダム、時限タイマーのいかれた爆弾。
沈黙を続けるユイトとアンジェロの二人は――あきらかに、激おこであった。
普段は温厚で優しいひとがひとたび怒ると手が付けられないように。
全身に般若のオーラを纏い、見ただけで失禁しそうな眼光を放っている。偶然見てしまったミラが「ひええぇ」と怯えていた。
居心地が悪くてそっぽを向いているローズウィルは未だ気づけていない。
早く謝ったほうがいいと全員が思っているが、何がきっかけで二人の怒りが爆発するかわからず下手に言葉を挟めなかったのだ。
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