第333話 その護りは意識の外



 アウラは即座に空戦パックを再展開。自己修復機能が効いたか、再度推進炎を噴射できるようになった。

 空中に飛び上がる。

 ユイトは激昂して連携を取れない。ならばと周囲に目を向ける。この場所に敵のヴァルキリーたちが集結しようとしていた。

 まずはそっちの牽制に入らなければならない――と、ふとそこで視線を、こっちにやってくる土煙に向けた。『ヘカトンケイル』だ。アウラは一瞬それにどう対処しようか迷う。

 ローズウィル貴下の『上』の軍隊なら、味方。しかし冷血魔配下のヴァルキリーによって戦場で鹵獲されたならば、ここで撃破したほうが被害が減る。

 だが……『ヘカトンケイル』の肩と腰にある手すりにつかまり、戦場を疾駆するカレンの姿を見て銃口を下ろした。

 味方だ。

 見ればその後方にもアンジェロやミツバ社員を載せた小型車と同行する『マスターズ』の面々がいる。


 通信がつながらず、連絡も取りがたいこの状況では単独で行動することへの危機感から、やはりユイト達と合流するほうを選んだか、あるいはローズウィルが部下を見捨てられぬと無理を言ったか。

 何にせよ、負担が減るのは悪くない。



 ユイトはブレードの刃を打ち込む。

 冷血魔はぞっとするほど静かな表情で万年寒鉄の刃を硬鞭ではねのけ続けていた。


 硬鞭はあまり知られている武器ではない。いにしえでは水滸伝に出る英雄の呼延灼当たりが使い手として知られているだろうか。

 冷血魔の扱うそれは鋼鉄製の鉄芯にモンスターの外皮……装甲ライノの皮を巻き付け、さらにその上から鉄環を嵌めている。棒全体で対象を叩くより、打撃範囲を小さく硬い鉄環に狭めたほうが打撃力が増す原理だ。

 冷血魔は、一人を死に追い詰めた罪悪感などみじんもない、面倒そうな表情で答えた。

 

「もう悪さをする気はないが?」

「ここで……きさまを逃がせば、また同じように人生を狂わされる人が出るかもしれんだろうがぁ!!」


 腹が立つ。

 ユイトは切っ先を叩き付けた。こいつらが余計な事さえしなければ。『彼』はもっとゆっくりと精神を別の器に入れ替えることができた。生身の実体は得られないが、ミラ=ランのように電子生命として、こんな狭いPCに幽閉などされずネットの大海を自由に楽しめたはずなのに。

 だが、冷血魔と血魔卿の目論見のせいで、自分で命を絶つ以外の道が消されてしまった。

 せめてこの憤懣をぶつけなければ我慢できない。


 万年寒鉄の刃が繰り出される。冷血魔の硬鞭はそれを難なくはねのけ続ける。

 激突するたびに壮絶な冷気が爆発するように弾けるが――それもしょせんは『氣』。あらゆる氣をはねのけ、切り裂く特性を持ついにしえの神鋼は冷気さえも例外にせずに断ち切った。

 ならばあとは純粋に力比べ技比べ。

 もし冷血魔の武器が二振りの硬鞭でなければ、一刀でユイトの乱撃に相対していたなら多分どこかで防御は破綻していただろう。

 それでも冷血魔の守りは硬い。


「この!」


 ユイトの苛立つ声が響く。

 相手の硬鞭も決して防御一辺倒ではない。一撃でも浴びれば骨をも砕く剛打が隙を伺い迫ってくる。それに対し、相手の意志を読む雷撃能力ボルトキネシスの才能で見破りはねのける。

 だが決定打ではない。

 冷血魔は呼吸を繰り返し、何度も打撃と刃を打ち合わせる。


 そのたびに弾ける寒氣。

 周囲の大気にばらまかれる極陰の冷気が呼吸に干渉し、全身を凍てつかせ、指をかじかませる。

 内功を循環させ、雷霆神功による電熱でそれに抗するが……さすがは史上最悪の禁産胎魔功……! 雷霆神功に『彼』の電力を足した今の功力でさえ、冥府の冷気を圧倒しきれない。

 


 だが。

 逃しはしない。

 この状況でさえ、ユイトは冷静に罠を張っていた。


 

「冷血魔ぁぁ!」

「それは悪手」

 

 激昂の叫びと共に繰り出す突き。

 冷血魔はそのがむしゃらな一撃に軽侮を覚えながらも的確に対処した。

 硬鞭の片方で切っ先を逸らし。隙だらけのユイトの頭に残ったもう一本で横殴りの一撃を叩き込む。

 強大な内功によって支えられた僧帽筋なら頭へのうちこみさえ耐えるかもしれないが、数秒の失神は避けられまい。

『彼』の死で怒りが冷静さを凌駕し、雑な一撃に成り下がったか。


(まぁそれはそれでよし。楽に終わる)


 横殴りの一撃に気づいたユイトは反射的に強化スーツの肩ホルダー部分に設置されたナイフで受け止めようと肩を持ち上げる。

 だがそれでもいい、と冷血魔は判断する。

 脳天への直撃は防がれるが、しかし硬鞭の打撃は骨をも砕く。肩の骨を破壊され、片腕のみになれば脱出も抹殺も容易になる。これで決着だ、と確信したまま一撃を振り抜こうとして――。



 冷血魔は、硬鞭を握る手に伝わる異様な弾力に気づいた。


 まるで目に見えない巨大なゴム毬の中に腕を突っ込んだような強烈な反発力。

 勢いがついた一撃はその程度で止まるものではないが……しかし予期せぬ力により威力は大幅に減衰する。

 

(なんだこれは、まずい……!)


 冷気をまき散らしながらユイトの肩に激突した一撃。彼の顔半分と肩が極陰の内功によって凍てつくが……しかし骨を砕くには至らない。そして激怒でアドレナリンの漲るユイトの闘志は、その弱まった一撃程度では止まらず――剣光が一閃した。


 冷血魔は己の片腕、指先の感触が喪失したのを感じる。切断された――ぶしゃり、と鮮血が断面から溢れ、片腕が地面に落下しようとした刹那……極陰の冷気が氷として広がり、止血と保持の両方を瞬時に行う。


「く、ぬっ……!」


 この時、冷血魔の戦闘知性は状況を正確に把握していた。

 幾度も繰り出された遮二無二な斬撃の数々を全て硬鞭で跳ねのけた。だがそれらすべて、この一手のための伏線だ。

 斬撃に込められた雷の派生……あの斬撃の連打は、硬鞭の鉄環に磁力を付与するための撒き餌だったのだ。



 そして激怒のまま繰り出したように見せた一撃に冷血魔は釣られた。

 繰り出した一撃は確かにユイトの肩に痛撃を与えたが……電磁力反発でその衝撃をかなり殺され、片腕を戦闘不能に追い込むには至らない。肩が砕けるかと思うほどに痛かっただろうが、やつはそれに耐えた。

 その読み違いが……片腕を切り落とされる結果をもたらしたのだ。

 

 まさに絵に描いたような、肉を斬らせて骨を断つ。

 

 冷気で腕は繋がっているように見えるが……こんな状態では受け太刀などできない。

 事実、斬られた冷血魔の腕は握力を失い、愛用の硬鞭を取り落としてしまっている。 


「白兵戦系招式――吸鉄制圏の派生技、磁弾じはじきだ!! このまま殺すぞ、冷血魔ぁ!」

 

 そして、ユイトはこの状況を見逃す気はない。

 己の剣術が、血魔卿に対抗できる領域に到達できるようになるまで時間がかかる。だから技量不足を罠で補うよう、計算した一手が見事に刺さった。

 ならあとは一気呵成に畳みかける。

 

「くたばれ!」


 どすんと地を割るような強烈な踏み込みを見せる。

 だが最後の一刀を叩き込もうとした瞬間、己の頭にレーザーポインターの光が幾筋も密集するのを感じた。




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