第330話 力比べ?


 カレン達は敵のヴァルキリーと交戦を始める訳なのだが、同時に退路の確保を忘れるほど前のめりでもない。

 前方へと銃をぶっ放しながら、憤怒で脳からアドレナリンが分泌されるのを感じつつも――冷静な立ち回りを忘れない。


「ヘリは……目立つわね」

「なら車両ですわよ。こういう時は最上位権限の持ち主がいるから助かりますわね」


 先ほどまで上空を制圧していたヘリはアウラが撃墜してくれた。

 ただ敵のシスターズが携帯式の対空ミサイルランチャーや、対戦車兵器の類を有する可能性がある。ローズウィルの瞳孔、指紋など生体認証で自由に動かせるシステムはこういう場合は便利だ。

 だがそのカレンの言葉に、ローズウィル当人から待ったがかかった。


「お前たち、ここから先に倉庫があるの」

「へぇ」

「ヘカトンケイルがあるわ」

「……それは悪くない話かな。レオナ、使える?」

「ええ。『上』産のヘカトンケイルでしたら、何度かあの方の護衛部隊にいたころに」


 で、とカレンは言う。


「そしてあたしはあんたがそんな台詞を代償無しで言ってくれるほどとは思ってないわ。

 何が望み?」

「わたしの部下を助けなさい」

「あんたたちの安全を確保してからよ」


 まずは目の前の相手を対処する必要がある。今だって遮蔽物の影からびゅんびゅんと風切り音を響かせながら弾丸が飛んでくるのだ。

 ……普通に手ごわい。

 武装は『上』のもので、兵士は完成したヴァルキリーだ。今もこっちに半包囲を仕掛けようと積極的に動いてくる。


「くっそ……止まらない!」

「あの足に硬さとか反則やん!!」


 同じく銃を構えてアズサとマコが突出した相手に銃撃を叩き込むが、相手も電磁装甲ヴォーテックスシールドの強みを良く理解している。全力疾走している相手は滅茶苦茶に早い。それでも正確に照準をつけて弾丸を叩き込む腕前はカレンに鍛えられた訓練の成果が出ていた。

 だが、不可視の障壁に阻まれ致命傷には至らない。そのまま別の遮蔽物に飛び込んで、腕だけ出して狙いの雑な銃撃でこっちの安全圏を狭めにかかる。


「マイゴ!」

「うん……ちょっと待ってね。……狙いが合わない、こっちを警戒してるね」


 連中以上の脚力を持つ、軽功の達人ユーヒが突出しようとするが、それは仲間達が止めた。

 代わりにのそり、とマイゴの大砲、巨人殺しコロッサスバスターが起き上がるが……重い銃だけに高速で移動する相手に対しては不向きだった。

 それでも三点バーストでぶち込んでやれば――遮蔽物を一撃、二撃で砕かれ、三撃目が相手の片腕を吹き飛ばす。

 やった、と思ったのもつかの間。他の敵ヴァルキリーから報復じみた熱狂的な弾幕を叩き込まれる。顔を出す隙間もない弾幕に一同は再び釘付けだ。

 近くに『ヘカトンケイル』があるなら、起動させられれば状況を好転させるきっかけになる。


「ねぇカレン……ちょっと妙に思いませんこと?」

「なに?」

「敵は手ごわいけど……戦術が正統派というか、無茶をしないというか」


 レオナの意見にカレンは少し考え込んだ。

 言わんとすることは分かる。『上』産の高度な強化スーツに銃器の性能。あの性能ならもっと強引な攻め方もできるはず。

 電磁装甲ヴォーテックスシールドで強引に弾幕を突破して仕掛けてくる戦術を警戒したが、それがない。カレンは少し考え込む。


「新しい装備をまだ使い慣れてない。シールドの電力切れを警戒している。あとは……」

「あとは、なんですの?」


 カレンは肩をすくめるのみ。

 ……ライバル意識ではないか? と推測はした。シスターズとマスターズのヴァルキリーの戦闘力の差を実戦で証明しようとしているのではないか?

 ある程度のスーツや銃の性能差は仕方ないが、性能に任せたゴリ押しを嫌っているのでは? そんな感覚を覚えた。だがこれはただの直感。口に出すほどの推測ではないと思い、黙っておく。

 

「お嬢様! ご無事ですか!!」


 だが、そこで『上』の何人もの兵士が一斉にこっちになだれ込んでくる。

 高性能の強化スーツに身を包んだ『上』の兵士たちが、ローズウィルの援護のために次々と現れたのだ。


「お嬢様の安全を確保しろ、撃てぇ!」

「こっちはいい! 早く連れていけ!」

 

 凄まじい量の弾丸がシスターズの傭兵に降り注ぐが、さすがに相手も手慣れている。即座に遮蔽物に姿を隠した。

 カレン達は指示を受けて即座にヘカトンケイルや車両のある区画を目指す。

 だがそこでカレンは『上』の兵士の不可解な動きを見た。

 これほど練度の高い彼らは正面の敵だけではなく、上空のほうにも銃を向けて警戒の姿勢を取っている。

 誰かいるのか? とカレンは視線を上に向ける。

 拘束射撃で動きを封じたと思ったのもつかの間――垂直の壁面を駆け上がる動きで、『上』の軍隊の意識の外、斜め上に敵が移動している。光学迷彩で姿を隠していたせいで反応が遅れた。

 シスターズの傭兵たちが構えたのは、銃ではなかった。

 この銃の時代に似つかわしくない古代の遺物……滑車とワイヤーで構成された最新技術製の弓を手に、構え、矢をつがえ、射出の態勢にうつっている。 

 まるでここだけ古代を題材にした舞台を見ているかのようだ。


 電磁装甲ヴォーテックスシールドは高速で飛翔する物体には有効だが、弓矢のような低速の攻撃には通用しない。

 相手の古式ゆかしい武器は、最新鋭の防御装置に対抗するための工夫だ。


「動け、避けろ、当たるな!」


 だがそうだとしても『上』の兵士たちの、滲む恐怖と警戒はいったいなんなのだ。

 カレンは思わず叫ぶ。


「あいつら弓矢に毒でも縫ってんの?!」


 即死するような猛毒でも矢に縫っているのか? だから警戒をしているのか? そんなカレンの予想を『上』の兵士は一言で肯定する。


だ!」

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