第329話 踏みにじる番


 お互い独楽のように回転したアウラと冷血魔はそのまま地面へと激突する。

 上がアウラ、下は冷血魔の位置で落下したわけだが、冷血魔は特に苦痛の色さえも見せることはない。むしろ瞬時に跳ね起きその腕を広げて――アウラの背中に背負った空戦パックの左右に設置された推進ユニットを鷲掴みにした。


「うっ……?!」


 びしり、と凍り付く音が響く。

 冷血魔の手指より発される極陰の内功が、凄まじい寒波となって推進ユニットを侵食している……! アウラは即座に推力を噴射して空中への逃走を試みた。だが内部を循環するジェット燃料フェイルが凍結か、詰まったのか、片方が機能不全を引き起こした。

 アウラはその状況で飛ぶことに固執はしない。即座に空間圧縮機能で空戦パックを格納し、レーザーSMGの『射手座サジタリウス』を呼び出し至近距離から両手持ちで一斉に射撃する。

 

「いい反応だ、さすが我々の後継機」

 

 冷血魔は銃口が己に向いていると悟るや否や、まるでブレイクダンスでも踊るかのような低い姿勢に移行し、回避しつつ足を延ばして振り回しアウラの銃を蹴り飛ばしにかかった。

 アウラはそれを飛びのいて回避。お互いに再び距離が開いた。


「100年前に生産された古いタイプとは思えない、動きの切れですね」

「当然だ、自負している」


 人間を超える反射速度を得るために遺伝子レベルで改造された二人にとっては、この程度の距離は目と鼻の先になる。

 以前、アウラはカレンと喧嘩をしたが、その際アウラは高度な反射神経速度でカレンの攻めを寄せ付けない鉄壁の防御を見せた。

 冷血魔は第一世代オリジンとしてはアウラより旧式なのだろうが……反応速度ではアウラが圧倒できるほどではない。


「……ラスヴェイダ。数十年前から『上』や一部の企業人などの護衛を専属で受ける流れの戦闘屋、護衛。

 ですが、あなたは雇い主であるローズウィルを裏切りました。主人に手を噛んだ以上、あなたが元の仕事に戻れる可能性はありません」

「大金を稼いで残り生涯を安楽に過ごす……ローズウィルお嬢様はこの世のすべての人間がそうであると思っていたかもしれないが。

 私が預金の残高にならぶゼロを見ながら満足してバカンスをする女に見えるか」


 アウラは首を横に振った。

 そして、痛まし気な視線を冷血魔の腹に向けた。

 一見すればなだらかで引き締まった腹。しかし……内功を持ち、かつて『ブルー』内部で閉門修練を経たアウラはその子宮に陰氣が渦巻いているのを見る。


「……緊急停止コードを撃ち込まれたのですか」

「安心しろ。すでに始末している」


 個人で超人的な戦闘力を有する第一世代オリジン

《破局》が終わり、そのほとんどがただの一個人として戦いの中で愛情を育んだ男性と普通の恋をして普通の人になり、生きて死んだと聞く。

 最強だった彼女らに、望まぬ受胎を強制できるなど……それしかない。

 かつてレイジと共に相対したトバ=トールマン博士。アウラはその時、彼によって緊急停止コードを撃ち込まれ、自分自身の五体さえ満足に動かせなかった。それを知る人間がいれば……そういう、口に出すのも穢らわしい悪用だってできただろう。

 だが冷血魔はくつくつと面白そうに笑った。


「なかなか傑作だったぞ。両手足を氷漬けにされた奴が、指を、手足を、一本ずつハンマーで粉砕され。

 ガラスのように赤い氷片になって散らばる五体を見てあげた悲鳴は」

「そうですか」

「……責めないか」

「因果応報かと」


 先ほど、冷血魔がユイトに向けて言った、男性という存在に対する憎悪の籠った言葉を聞けば何が起こったか察しはつく。責める気はなかった。


「ですが、あなたが連れてきた傭兵たちは違うでしょう」


 アウラは目を細めて言う。

 あのシスターズのヴァルキリーたちは獰猛な笑顔で『上』の軍隊相手に戦闘を続けていた。その様子も……戦意をなくして逃げる相手を遊び半分で殺す姿も見えていた。

 冷血魔は首を振った。


「アレは違う。確かに私は『今の』シスターズになるように手助けもした。

 しかし戦闘とはそういうもの。生死の境目、極限状態では人間は本能をむき出しにして戦う……にもかかわらず非戦闘員は殺すな、や、捕虜は虐待するな……など言う。

 、戦場で獣になれと言いながら、それが終われば獣になるな……ひどい矛盾だ」

「ですが、そのルールを守らねば後に残るのはルールもない最悪の殺し合いです」

「……ふ」


 冷血魔は笑った。


「……おまえの大事なユイト=トールマン。

 奴の提唱するルールはたしか……『自分の命に危機が及ばないなら、みだりに殺めるな。誰かを欺き騙すな。強いものは弱いものを助け、弱いものはより弱いものを助けること』……だったか」

「? ……ええ、いい訓示です」

「そうだ。いい訓示だ。だが……この情け無い世でそんな道徳と良心を持っている人間がどれだけいる。

 殺めろ。誰かを欺き騙せ、強いものは弱いものを踏み躙り、弱いものはより弱いものを踏み躙る。

 それがこの世だ」


 冷血魔はなおも笑う。

 ただし目の前のアウラに対する冷笑ではない。その笑みは、この情け無い世すべてに対する冷笑だ。


「そんな情け無い世で生き延びた強い子ら。それが彼女達シスターズの傭兵だ。

 今まで踏み躙られた人間が強くなったのだ。ならば今度は彼女たちが踏みにじる番だろう」


 アウラは銃を構えた。

 言いたいことは分かったが……その意見を認めてはならない。

 空間圧縮機能から手榴弾を取りだし手早くピンを引きぬきながら投擲し、後方へと飛ぶ。

 冷血魔が手を翻せば虚空摂物の力場が手榴弾を空中で絡め取り、安全バーを目に見えない力で掴んで爆発を防いでいる。

 その手榴弾の真ん中を、レーザーの高熱が貫通して誘爆を引き起こす。


「踏みにじられた娘らが、今度は自分たちを踏み躙った世間に報復する番だ。

 この弱肉強食の世で、なぜ彼女たちだけが咎められる」


 爆風と破片効果による殺傷の渦にいたのに冷血魔は無傷だ。

 アウラは唇を噛んだ。

 間違っている、そんなやり方は間違っている……だがなんと言えば、この冷血魔の心に慈悲や慈愛の心を取り戻させることができるのか。今はただこの凶行を止めるために武力に訴えるしかない己の無力を呪うしかできなかった。


「レイジ様に、『彼』の意識を映してもうまく行きません! 

 最悪あの方は命を落とす……そうすれば、嵐の騎手ストームライダーの力で抑圧された企業間闘争が発生する……そんな事、認められません!」

「だがそのカオスは……社会の底辺で踏みにじられたヴァルキリーの価値を著しく高めてくれる!」


 危険だ。

 冷血魔を止めなければならない。アウラは新たな決意と共に引き金を引いた。

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