第327話 墜ちたのか、古巣よ



「全員、後退準備よ」


 カレンの判断はこの場合、的確だった。

 ヘリから降下したシスターズの傭兵。空中でヘリと戦闘を繰り広げているアウラは狂暴な冷気を発する冷血魔と取っ組み合いの肉弾戦を繰り広げている。


 目の前で起こった事を見ていなければ信じられないほどの寒さ。

 彼女達マスターズのハンターはまだいい。強化スーツは寒冷地帯での戦闘に備えてヒーター機能は万全に準備されている。


「さささ寒いっすねぇ~」

「う、う……」

「……裏切り? ……ラスヴェイダが、わたしを?」


 ミツバ社員、アンジェロ、そしてほんの少し前までは明確に敵だったローズウィルの三人だ。

 戦闘員でない彼女ら(?)は強化スーツなどは着用していない。非戦闘員だから快適さを重視した普通の服であり……こんな急激な気温の変化などは想定の範囲外だ。

 カレンは、ユイトと相対する冷血魔に油断なく視線を向けたまま言う。


「ねぇ、ユイトの前カノ」

「……おまえ、とんでもないこと言ってるわね。何よ、下品乳」


 カレンの適当な台詞にローズウィルでさえ呆れたような言葉を発するが、まなじりを釣り上げて言い返す。

 

「アタシたちは目下、連中の狙いじゃない。アンタの兵士がどんぱちやってる最中にいったん護衛対象を安全な場所まで送る。それからユイトの加勢に向かうけど。

 いくらか払ってくれるなら一緒に護衛するわ。それとも自前の兵士に頼む?」

「おまえたちの手を借りるまでもないわ。部下に……」


 だが、その言葉に対して近くに控えていた兵士は首を横に振る。


「お嬢様、彼らと」

「……は? 何を言ってるの。お前たちはわたしが揃えた精鋭よ、あんな生物兵器の末裔にてこずる練度と装備ではないわ」

「ええ。必ずや打ち倒して見せますが……敵は事の他、強力です。お嬢様に万が一の事はあってはなりません。どうか」


 兵士はそうと告げると、そのまま――シスターズの傭兵が降下してきたポイントへと急行していった。


「金は払ってよ」

「ええ、いいわ……わたしが手塩にかけた兵がああいうのなら、本当にあの女たちは危険なのね」


 ローズウィルは忌々し気に息を吐く。

 ジャミング下でも問題なく連携が取れるように、兵士達はハンドサインで十分に動ける。練度も装備も一級の彼らが、そうまで警戒する相手かもしれない。

 一同はお互いに切っ先をぶつけ合い、火花を散らして戦いを始めたユイトとナインの二人に不安と心配の目を向けたが――ここにいても足手まといだと走り出した。



 中心の位置に護衛対象。一番最初をカレンが進み、後方の安全警戒をレオナがやる。

 一つの戦闘ユニットとしてお互いの死角をカバーし合う一行は――進んだ先、建物の向こう側で這いつくばる中年の女性を見た。


「あれは……」


 ローズウィルが訝しむ。

 その中年女性の姿を見ればわかる。戦闘員ではない。『上』の軍隊は食事にも金をかけている。ローズウィルの兵士たちに食事を振舞う、食事栄養士等の資格を持ったサポートチームの人間なのだろう。


「や、やめてぇ、撃たないでください!!」


 必死に懇願する中年女性。彼女に銃を突き付けている女たちがいる。

 先ほどヘリから降下したシスターズの傭兵たちだ。冷血魔の手引きで『上』の軍隊の装備を横流しされたのだろう。その装備に加え、ヴァルキリーとしての練度があれば『上』の正規兵だってやり合える。

 こんないかにも素人丸出しの女性を殺すはずがない。弾丸がもったいないと判断するに決まっている……。



 そんな当たり前の予想を裏切って、放たれた弾丸が中年女性の頭を吹き飛ばした。



「あ……あいつら……!」


 その憎悪の呻きは誰のものだっただろうか。先頭に立つカレン自身だったかもしれないし、後ろで援護していた『ブラックリボン』の誰かだったかもしれない。あるいはローズウィルだろうか。

 先頭を進むカレンは、己の背筋で燃え上がる冷徹な憎悪を感じた。

 あの中年女性が這いつくばっていたのを遠目に見た時……単に銃を突きつけられて無力化されたのだと思った。

 だが、E M Dアイマウントディスプレイを介して拡大した時、違うと気づく。


 両足がひどい状態だった。


 多分、先に両足を銃で吹き飛ばされた。激痛と恐怖で泣き叫ぶ相手を逃げられなくしてから……とどめをさした。

 はっきり戦闘員ではないとわかる、無力な女性を――嬲り殺しにしたのだ。


(あいつら……殺しを愉しんでいる……!)


 ……ヴァルキリーは確かに社会の最底辺、今まで差別されてきた。しかし『シスターズ』は無力な人にあそこまで残酷に振舞えるほどではなかったはずだ。

 レオナはいくばくかの恐怖と共に言う。


「……両足を吹き飛ばして……命ごいさせてから殺した……? はっきりと確信犯ですわよ。

 ねぇカレン。離れて久しいあなたに聴くのはなんですけど……シスターズってあんな……あんな冷酷な……!」

「あんなにひどくなかったわよ、昔は……!」


 この時……レオナやカレン達は敵のシスターズと距離がだいぶ離れている。

 ヘリボーン戦術に参加できる兵士は例外なく戦闘のエリートだ。カレン達の目的は護衛対象を安全な位置まで送ること。ここで無用な戦闘を行うメリットはない。  

 だが……その護衛対象であるローズウィルが金切り声を上げた。


「なんてことするのよ!! お前たち!! 彼女は……」


 ローズウィルは地上の人間に対しては冷淡だ。だが自分が人間と認識できる『上』の相手には驚くほど公正で誠実に振舞う。

 そんな彼女からすれば、無力で戦闘力もない部下を惨たらしく殺されたことで、一瞬で我慢が効かず叫んでしまったのだろう。だがシスターズの傭兵はその叫びに面白そうな目を向け、銃をこっちに向けてきた。


「カバー! アズサァ!」

「ッ!!」 


 カレンの言葉で一番ローズウィルの近くにいたアズサが、護衛対象を掴んで強化スーツのパワーで引っ張り物陰に隠れる。

 そのあとを追いかけるように弾丸の豪雨が降り注いだ。


「あ……ありがと」

「別にいい。正直……あたしも同じ気分」


 さすがにローズウィルも、引っ張られなければ死んでいたとわかる。だから地上の人間であるアズサに反射的に礼を述べ。アズサはぶっきらぼうに答えるのみだった。

 この状況、本来ならカレンはローズウィルを「このバカ」と叱責するべき場面である。

 だが正直、一番はらわたが煮えくり返っていたのはカレンだった。

 

 彼女を育てたのはシスターズだ。

 組織として完璧だったわけではないし、理不尽な目に遭った経験も多い。それでも寄る辺ない自分を育て、戦いの技を仕込んだ母親のように感じていた。師だったマギー教官をはじめとする大勢の仲間たちの思い出は今も残っている。

 その大事なエンブレムをつけた兵士が……無力な人を面白半分に殺害する。昔から敬慕していた組織の看板に最悪の形で汚物を擦り付けられたのだ。

 

「お前ら……!」


 以前、ユイトを介してシスターズの傭兵であるブロッサムという少女が、どうも普通の人間に対する排他的な言動が目立っていたと聞いていた。他者に対して攻撃的な言動をするようになったのか、と内心落胆もしていた。


 だがいくら何でも、ここまでひどいとは思っていなかった。


 カレンは腹を決める。殺す。

 かつて恩義を受けた古巣の名誉を穢す外道どもを殺さねばならない。

 だが、そう考えつつも一抹の不安を感じる。今の『シスターズ』はこんな奴に組織のエンブレムをつけるほど……最悪の組織になったのか? 


(……冷血魔が変な催眠術とかで無理やり洗脳してるとか、そっちのほうがまだマシよ!)


 歯噛みしながらも銃を構える。

 細かな事情を尋問して吐かせたいが、相手の生死など時の運。今は目の前を切り抜けなければならない。

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