第326話 その誘いに乗るしかなく




 ナインは、ゆっくりと立ち上がった。

 ……悲しみや絶望が胸を突き抜ける。昔は悲しい事や苦しいことがあった時は、他人の優しい思い出に触れることで自分を慰めてきた。

 ナインがもう名前も思い出せないぐらいに昔、誰かからコピーしたテレパシー能力は強力で、人の記憶や暖かな思い出に触れるたび、いいなぁ……と指を銜えていた。

 

 そんな自分の人生で得た初めての友人である『彼』。

 世間知らずのナインでも……『彼』の友人に当たる人が、とても重大な立場の人間であるとうすうす察してはいた。

 

「ユイト……」

「ナイン?」


 ユイトは疲労困憊している。

 実際のところ……ユイトは己に目覚めた新たな力、雷撃能力ボルトキネシスによる雷撃を己の経脈へと流し、呼吸と共に氣を運功させ体力回復を図っていた。

 目の前の冷血魔が血魔卿と同格の達人であるなら、分が悪い。

 その時に声をかけてくるナインの言葉と眼差しに……ぞくり、と嫌な予感が湧き上がってくるのを感じた。


「君は……君らは……『彼』を殺すつもりなんだな」

「……他に方法がないか考えているよ」


 ユイトの言葉は紛れもなく本心だが……しかし叶わない願いだと分かっている。

 兄レイジの脳神経分布図ニューロンマップ。解析すればあの桁外れの超能力を模倣できるかもしれないのだから。

 ナインはその視線を冷血魔に向けた。


「あのジャミングタワーをすべて破壊すれば、電波封鎖は解かれて『彼』の意識を転送できる! そしたら『彼』の意識をダウンロードして、オリジナルに転送する!! そう約束したな!!」


 あまりにも率直なナインの叫び声に冷血魔は失策を悟り顔を顰めるが……次いで笑った。考えの足りない若者に「しょうがないなぁ」と苦笑するような表情が浮かんでいる。


「ユイトを後ろから刺してくれればそれでいいと考えたが。

 これは我が失策だ。そういう小癪な世知を持たない無垢な若者だったか」


 ナインは、ブレードを抜いた。

 その切っ先をユイトに向ける。その様子を見ていたカレン達から驚きと狼狽の声があがる。今まで『マスターズ』で修行をつけられ、仲間だと思っていたナインに視線が集中した。


 だが彼の眼差しには、卑怯卑劣な裏切り者特有の姑息な空気がない。

 どうしても受け入れがたい結末を前に、命を賭けて戦うことを決心した――ユイト達とは違う、別の正義を信じる本物の漢の顔をした、堂々たる敵の姿をしていた。


「ユイト。彼女らからブレードを」

「おー!! そ。それならこれ使うッス! 渡したけど一回も使ってないって聞いてたから持ってきたっすよ!」


 ミツバ社員が背中に背負っていた包みを解けば、ブレードが一本。古めかしくも荘厳な装飾を施されたいにしえの刀が姿を現す。

 先の一件で報酬として得た万年寒鉄製の刀は血魔卿との戦いに備えて温存するつもりであったが、確かに今が使い時だろう。虚空摂物の力で刀身が宙に浮き、ユイトの手のひらに飛び込んでいく。


「ユイト! 手は貸す?!」

「いや、いい! そっちは逃げてくれ!!」



 カレンの言葉に気にするな、と答えておく。

 意識を機械に転送され、暗闇の中で孤独に過ごしてきた兄の魂にずっと寄り添ってくれた大切な友人。

『上』をはじめとするこの世のすべての勢力が『彼』の死を願う中、この世のすべてを敵に回してでも戦うと決めてくれた。『兄』の写し身のかけがえのない友として。それが……どうしようもないほどに有難い。



 空中で爆発音が響き渡る。

 冷血魔が送りこんだ戦闘ヘリだが、空戦パックを装備した第一世代オリジンのアウラを相手にいつまでも戦えるはずがない。

 アウラはそのままヘリを穴だらけにした電磁加速機関砲レールマシンガンの銃口を冷血魔に向け――ようとして、発砲に伴う衝撃波の危険性を考慮して武装を対装甲破断用実体剣――洗練された形状のチェーンソーに切り替えて斬りかかる。

 強烈な寒波がアウラの突撃を拒むように襲い掛かったが……彼女もまた一年間の閉門修練を経ている。氣血を巡らせ、そのまま推進力に任せて全身で突き込んだ。


「同胞と戦うのはおおよそ100年ぶりか、いいぞ」


 だが冷血魔はその音速で打ち込まれる切っ先を……神業じみた反射速度で持って応える。

 氣血を纏った手の甲で受け流し、そのまま腕を掴んで純粋な体術で推進ベクトルを捻じ曲げ、もろとも独楽のように空中へと回転しながら舞い上がった。

 


 二人の第一世代オリジンが地面に激突する轟音と衝撃の中。

 ユイトとナインの二人は静かな面持ちで剣を構えた。

 ナインはこの数か月、ユイトの指導を受けている。時間は短いとはいえ師弟の間柄と言ってもいい。


「ユイト……君には、恩も借りもある。いい友人になれるとも思っている。できるなら戦いたくはない。

 ないが……これは……これだけは……『彼』の命を奪うこれだけは……どうしても我慢できないんだ」

「いや……いい。ナイン、あんたがそう考えるのは当然だし、兄さんの弟として感謝しか感じないよ。

 それでも……兄さんのオリジナルに害が加わる事態を見過ごせない」


 犠牲なき解決の機会は、もう遥か昔に失われた。

 ここから先は血を以て決さねばならない。

 苦しみ、もがき、それでもなお良い未来を掴もうと、あがき、挑むかのように二人は剣を構えた。 



 最後の戦いが始まる。

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