第12話 雷霆神功


 ああ。

 目の前に広がるのはきっと走馬灯の類なのだろう。

 清潔で、浄化された空中都市艦。その中でも重要な区画にあるビルでユイトは生まれた。

 どこかに行くにも首から吊り下げたカードキーが必要だったけど……外に出るのは嫌いじゃない。


『ユイト様』


 外に出る時だけいつも、アウラがそばに仕えてくれている。

 この空中都市艦の中で発見されたヴァルキリー。

 目元はゴーグルで覆い隠してばかりだけど、時折見せてくれるきれいな瞳が好きだった。

 あのやさしいお姉さんが好きで、いつか結婚して欲しい、などと言って困らせた。


 少しずつ大きくなるにつれ、レイジ兄さんと自分との間にできていく扱いの差。

 兄さんは空中都市艦の至宝と評され、自分は兄に才能のすべてを吸い取られた出涸らしだと陰口をたたかれた。

 それでも平気だったのは、仲の良かった兄と、アウラの存在があったおかげだ。


『ねぇアウラ。アウラや兄さんと一緒になるにはどうすればいいかな』

『……左様ですね。……なら、私とユイト様の二人で……レイジ様をお守りできるようになったなら、きっとこのままずっと――三人で暮らしていけますよ』


 そうだった。あのクソ親父の言いつけに従い、無駄にしか思えない武術の研鑽を積んできたのもこの願いが始まりだった。

 強くなりたい気持ちの、一番最初の理由とは自分と兄さん、彼女の三人で――……


『いいか、ユイト。……氣を循環させるのは、昔の書物より学んだ普通のやり方だが、わしが解読したこの武功は外から気を取り込む』


 不思議だ。

 走馬灯の中で過去の思い出が色鮮やかによみがえる。けれどどうして、よりによって嫌いで仕方のないクソ親父の顔が出てくるんだろう。


『それを体内の経絡に導いていく。……この順番だ、覚えておけ』


 現実の視界の中で、雷鳴がとどろいてくる。そのうちの一つがこちらへと鎌首をもたげた。

 ああ、来る、来るぞ――自分を絶命させるに十分な、圧倒的な大自然のパワーが牙を剥こうとしている。

 そう思った瞬間……養父トバとの最後の会話を思い出す。


『ああ。だから安心しろ。お前がレイジの雷で撃たれようとも、それをわがものにする術理はすでにお前の中にある』

「……――――!!」


 もう命を守る術はない。

 このまま地上に堕ちて死ぬか、雷に撃たれて死ぬか――なら、どうせ死ぬならば……父が死の間際に言い残した最後の遺言に、破れかぶれで賭けてみようと思ったのだ。

 ああ。不思議だ。

 光を除けばこの世で最も迅速な雷光が自分へと飛来する様子がなぜかわかる。

 死に瀕したがゆえの臨死の思考力の中で、ユイトは不思議と落ち着きながら――父が生前行った指導を、忠実に実行した。


「―――――――!!!????!!!」


 雷鳴が全身に突き刺さる。

 一瞬で意識が白濁し、心臓が止まり、また再活動する。

 しかしユイトは意識をわずかに保っていた。腕から飛び込んできた雷竜を丹田へと回し経脈の中で循環させる。

 ユイトの肉体は遺伝子レベルでレイジと同じ電撃能力者ボルトキネシスであり、雷電に対する強靭な耐性が肉体の崩壊を食い止めていた。

 そして、レイジがユイトを飛行艇の中に引き寄せた際に投与していた『上』の薬剤の効能はいまだ残っている。焼き尽くされる肉体をギリギリの瀬戸際で再生させ続ける。

 


 大昔の武術家が奇縁を経て強大な武術を得たように。

 たった一つでも取りこぼしていたなら落命していたであろう、偶然の連鎖がユイトに力を得るきっかけをもたらす。



 まるで綱渡りのような運命の成り行きは、この世が彼に、『生きよ』と囁くよう。



 

『この術理を――無意識の中でも続けられるまで繰り返せ』


 無意識の中で循環を続ける。大自然の暴威そのものの雷電を受け続け、次第に経絡チャクラサーキットの中で膨大なエネルギーが蓄積を始める。脳内で眠り続けていた雷撃能力者ボルトキネシスの才能が、肉体に直接いかずちをぶち込まれることで無理やりにたたき起こされ活性化する。

 

『人間は裏切る。

 ……だが知識や経験、技術など、己が血肉となるまで学んだことは裏切らない』


 あのクソ親父の声が、どうして瀕死の今に聞こえるのだろう――今ユイトの命を繋いでいるのは、嫌っていた父が教えた内容で。

 彼が完成させようとした生体強化学の最終形態。今や無意識のうちに運功できるまで繰り返した氣の循環を実行し、大自然の暴威を体内に巣食わせる偉業。

 雷電を自分の肉体に取り込む恐るべき大神功が、今まさに完成しようとしていた。


 あの日、愛しい人と一緒にいたくて始めた武。

 追放され、強くなりたいと思いながらも、強化スーツを使えないことに悔し涙を呑んだ。

 それでもあきらめず、腐らず、できることを地道に繰り返してきた。

 どれだけ頑張ったところで強化スーツを着込んだ素人に負けるとわかっていても、諦められなかった。

 来る日も来る日も、無駄かもしれないと思いながらも修練に縋った。

 強化スーツを使えない半端ものだと、役立たずだとせせら笑うすべてのものに中指を突き立ててきた。


 無駄かもしれないと思いつつも、縋り続けてきた少年に対して、武は。



 武だけは。



 彼を見捨てはしなかった。






 おのが肉体に雷雲を住まわせる大秘術。

 


 雷霆神功が完成する。

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