第11話 なんで おまえだけが

「……ユイト。あれこそが私たちのお父さんを殺めたんだぞ」

「ヴァルキリーは護衛対象を守るように設定されている。親父は兄さんに銃を向けなかったか?」


 レイジは心の中で狂暴な思念が渦巻くのを抑え込んだ。

 思念の力で雷撃を生み出すがゆえに、自制するのに必死になる。スーツに設置させた抑制器を稼働させ、力を抑え込む。


「ああ。確かに」


 トバはレイジに拳銃を向けた。それは彼が生涯を賭けて完成させようとした研究のためだ。

 弟を守るためではない……と、そうわかっていても、妬み嫉みを覚えてしまう。


「だが、私はあいつに撃つな、と命じたにも関わらずお父さんを射殺した。

 だから……私はあいつにどこへなりと消え失せろ、と命じた」

「なっ……なんてこと……を!」


 レイジの言葉にユイトは顔色を失い、その襟首をつかみ上げる。

 弟の激怒にレイジは喜悦で口元がゆがむのを感じた。


「アウラ姉さんはヴァルキリーで、しかも半人間、半機械というべき存在だ!

 兄さんを守るように命じられた彼女が、兄さんから捨てられたら存在意義を失い精神が砕け散りかねないのに……! どうしてそんなにも残酷なことをするんだ!」

「……あいつのことは嫌いだったんだよ、ユイト」

「なに?」


 レイジは双子の弟を見つめながら……ずっと昔を思い出す。

 双子の弟だったユイトとは仲が良かった。

 日々、電撃能力ボルトキネシスの力を増していくレイジは周りの大人なら腫物を扱うように接されていた。変わらなかったのはアウラと、弟であるユイトだけだった。


「お前とお父さんが一緒に消えて……私は住まいや都市の中、心当たりのすべてを探し回った。

 大人たちは口を濁し、最後の望みとしてアウラに泣きながら叫んだ。

 ……ぼくの弟とお父さんはどこに消えてしまったの……? と」


 ユイトは息を呑んだ。

 凶相というより他ない。

 兄の両目からむき出しの憎悪が涙となってあふれている。


「あいつは……何と言ったと思う?

『そのような人は、最初からおりません』……と。

 お、弟を、お前のことを……あいつは、あの機械人形は、なかったことにしたのだぞ!! 嫌いにもなるだろう!」


 人は怒りが頂点を極めても涙を流すのだ。

 兄にとって弟は何より大事で、愛していたからこそ……それを無為に扱ったアウラに底知れぬ不信感を抱えていたのだ。

 ユイトは言葉を飲み込んだ。

 幼い頃に自分を守ってくれたアウラ。幼い頃に恋心を抱いていた彼女の心にはもう自分はいないのか……ユイトは落胆のあまりに床に膝をつく。

 レイジは、静かに笑う。

 それは少しずつ自分自身を嘲るような自虐の哄笑へと変化していく。弟の恋を切り捨てたアウラの機械的な反応を、自分を拒絶した父の無関心さを……そして、お互い報われぬ相手からの愛を求めた自分たち兄弟の姿を嗤ったのだ。


「は……はは。

 ははははははっ……ユイト、私たちはなんて似た者兄弟なんだ!

 私はお父さんからの愛を欲し、お前はアウラの愛を欲したのか……! お互いの隣にいた相手から愛されたいと欲していた、けれどそれは相手のことを深く知らないから……真実を知ってしまえば幻滅するより他ない相手を愛していたのか……!」

「に、兄さん……」

「お前はアウラのそばにいた私を……私はお父さんと一緒にいたお前を、ともに羨んでいた。

 ……双子とは、こんなにも同じ筋道をたどるものか……」


 ユイトは兄を見た。

 自分もひどく落ち込み、落胆しているけれど傷心の兄をほおってはおけない。

 近づこうと立ち上がった瞬間だった――ユイトは、町の外でモンスターと出会った時と同じ、明確な危機感に急き立てられて後ろに飛び退すさる。

 レイジはゆっくりと立ち上がった。目は泣きはらして兎のように赤らんでいるが、その目は涙では隠し切れない憎悪のひかりでにじんでいる。


「……ああ。もう手遅れだ、何もかも。

 だがな……だが。何もかも同じ我々だが決定的に違う点がある。

 私が強くて……お前は弱いということだ……!」


 ユイトは無意識のうちに、ブレードを引きぬこうとして……一瞬ためらった。

 長年危険な地上で生活している間に培った危機感が訴えている。ここから逃げろ、あるいは殺せ、と。


 だが逃げようとしても、ここは浮遊する飛行艇の上だし……相手は幼い頃仲の良かった実の兄だ。

 そんなことできるわけがない。

 その考えが明暗を分けた。


「私を拒絶した冥府の父に対して最後に一つ、してやれる意趣返しがある。

 ユイト……お前を、殺し、父の研究のすべてを水の泡にしてやることだ……!」


 兄より吹き付ける殺意にユイトは一瞬で腹を括った。


「冗談じゃ……ねぇ! あんなクソ親父のために殺されるなんて!」


 兄は自分を殺す気だ、ここで仕掛けねば自分が殺される。迷いを断ち切りブレードを平構えに、そのまま刺突を放とうとする。

 しかし切っ先は、目に見えない分厚い壁に阻まれたかの如く空中で静止する。いかに渾身の力を籠めようとも、まるで微動だにしない。理由は分かる――電磁力だ。レイジの電撃能力ボルトキネシスによって制御された電磁力が、強大な反発力となって切っ先を押しのけ続けている。

 

「……お前のことは好きだったよ、弟よ。本当だ」


 次の瞬間にはユイトの五体は激烈な反発力によって飛行艇から跳ね飛ばされ、雷光渦巻く黒雲の下へと放り出されていた。


「だが……好きだったが、同時に憎くて仕方ない!



 なんで……なんで!!!???



 なんで…………おまえだけが?!」




「う、う   わ      あ ?!」


 足元に何もないという恐怖感。

 肌身に叩きつけられる雨の冷たさも、空中で間近にはじける稲光も、落ちて死ぬという圧倒的な現実を前にしては感じるいとまもない。体が竦んで両足は捕まるものを求めて振り回される。

 

「死ねぇーーーーー!!」


 兄さん。


 飛行艇の中で片手を振り上げ、周囲の雷雲に号令を繰り出すレイジの姿を遠目にしながら落下していく。

 堕ちる。堕ちて死ぬ――だがそれよりも早く。

 黒雲を住処とする紫の雷鳴が、自分の肉体に潜り込もうと迫る姿を見た。

 臨死の集中力、走馬灯の中で、ユイトは己に迫る10億ボルトの雷竜と目が合ったと――そう感じた。

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